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16社の産業医を務める人気産業医のキャリア・仕事の流儀―穂積桜氏

2019年10月28日

近年、産業医求人が医師から人気を集めていますが、どうしたら企業から選ばれる産業医になれるのでしょうか。今回、臨床医として精神科専門医や漢方専門医として活躍し、現在は16社の産業医を務められている穂積桜先生に伺いました。これまで契約先からの紹介を引き受けてきた結果、数多くの企業で産業医活動をしてきた穂積先生のキャリアと仕事観とは――。

病院とは違ったアプローチが必要

――穂積先生が産業医になったきっかけを教えてください。

きっかけは、キャリア設計の見直しです。2001年に大学を卒業してからは臨床医として精神科で10年ほど経験を積み、ずっと常勤医として働いていましたが、2014年に夫の海外転勤を機に、仕事を続けるためにはどうしたらいいか考えるようになりました。

同じぐらいの時期に聴講した、産業医科大学 浜口伝博先生の講演も、きっかけの一つです。先生が産業医は働く人の健康に予防医療として役立てると熱く語るのをお聞きして、本腰を入れて勉強しようと、まずは日本産業衛生学会の専攻医、その後労働衛生コンサルタントになりました。

――産業医として働く魅力やメリットは何でしょう。

臨床よりも一人ひとりに向き合いやすいことです。病院勤務のときは患者さん1人に5分くらいしか時間を取れませんでしたが、産業医では20分、30分かけることができます。臨床医をしていると、目の前の患者さんがどのような環境で働いているのか、職場ではどのような仕事を任されているのか、といったことをほとんどわからずに診療にあたっていましたが、産業医としてはその情報ありきで従業員と向き合えますので、これがとても私のやりがいにつながっていると感じます。
また、健康な時から情報を提供できるなど、予防的に関わることができるのも臨床とは異なるメリットです。

それから、臨床よりも業務時間を調整しやすい点も魅力です。実は現在、夫が海外で単身赴任をしている関係で、私一人で1歳児の子育てをしています。例えば、会社訪問を11時から16時の間に収める、週に1回は午後に訪問の仕事を入れない日をつくって、研修の資料を作ったり、経理作業をしたり、作り置きのご飯を用意したりに充てるなど、育児と仕事のバランスを考慮した計画や働き方を取り入れやすいです。

――産業医として働く中で、臨床現場や病院勤務との違いなど、穂積先生から見ていかがでしょう。

一言でいうなら、健康で働く人たちの興味やニーズが病院に来る人たちと違うことです。臨床現場では、患者さんも医師も疾患に関わる話をします。臨床現場では、病気を治療するというわかりやすいニーズがあります。それに対して、健康で働く人達はいますぐ解決したいニーズがあるわけではないことも多いのです。会社で産業医への橋渡し役をしてくださる人事の方もそうです。
そういった人たちでも興味を示してくれることとしては「食事」「睡眠」「漢方」と言った領域の話題が多いです。

臨床医の時は扱う疾患は限られていましたし、やることがはっきりしていました。待っていれば仕事は大量にありますし、自分に割り当てられた仕事を正確に早く回すことが大事だと考えていました。一方産業医としていい仕事をする上では、自分から相手のニーズや興味関心を探って話題提供や提案をしていく努力が必要です。これは産業医として働いて初めて知ったことでした。

――これまでを振り返った時に、「産業医として最初の頃にしておけば良かった」ということはありましたか。

製造業など危険有害業務がある事業場で、専属産業医としてファーストキャリアを歩む選択肢があると良かったと思います。

ご存知の通り、産業医の成り立ちは、工場における労働者の落下事故、業務中の挟まり事故といった「危険有害業務」から労働者をどのようにして守るかを考えたことにあります。そこには産業保健の基本が詰まっています。

工場などの現場で産業保健の必要性を肌で感じることで、オフィスなどで産業保健の体制をつくるときに自分自身の経験からより生きた言葉を選び、経営者や人事担当者に分かりやすく説明し、産業保健活動に繋げられるのではないかと思います。

人気産業医が大事にしていること

――現在16社の産業医としてご活躍なさっている穂積先生が、働く上で大事にしていることを教えてください。

精神科の現場では、患者さんのご家族や医療従事者、カウンセラーなど様々な人たちと連携しながら一人の患者さんに向き合います。特に地域の中核病院で精神科医をしていた頃は、目の前の患者さんだけでなく、複数の関係者を巻き込んだ調整が必要なことが多くありました。産業医の現場でも、それは同じでした。従業員を取り囲む上司や人事と状況を調整しながら、『複数の関係者にとって最良の落とし所を見つける』こと、これは精神科医として働いていた時の経験が、今でも役立っていると感じます。

――では、人事や企業への対応の中で意識していることは何でしょう。

「この先生なら、すぐに相談しよう」と思われるだけの信頼関係を構築することです。

また、産業医への相談ハードルを下げることも重要です。極端な話に聞こえるかもしれませんが、「産業医への受診を促される=左遷勧告の第一歩」と捉えている人は多いです。

だからこそ、イントラネット内に顔写真付きの産業医自己紹介の記事を掲載してもらう、健康情報の配信を行う、健康診断の結果を相談できることを周知するなど地道な行動を通して、「産業医は怖くない、安心して相談できる」という環境作りを意識しています。

――これまでの仕事を通して、印象に残っているエピソードはありますか。

ある企業で、以前に比べ明らかにミスが増え、非常に怒りやすくなり部下を怒鳴ったり、不注意から落下事故を起こしたり、酒の匂いをさせたまま出社をした方がいました。その方は私からはもちろん、周囲の方から見ても相当具合の悪い方でした。しかし本人と面談をしても、「自分は大丈夫」の一点張り。

恐らくこの方の心の中には、「自身の状況を認めることで、会社にいらない人材と思われる不安感」があったのだと思います。

病院に行ってもらえるよう、人事担当者と一緒に何度も本人を説得しましたし、結果として、その人には長期間かけ人事担当者とともに向き合う事になるのですが、従業員の気持ちに配慮した上で、職務内容、同僚や上司との関係、会社としての安全配慮義務などのバランスを考慮し、年単位で接し続けるというタフさが産業医には求められると感じたエピソードでした。

産業医が企業選びで気をつけるべきこと

――穂積先生は数多くの企業で産業医を務めてきました。新たに企業を担当する際の注意点はありますか。

どのフェーズにいる企業かを認識した方がいいと思います。フェーズによって産業医の取り組むべきことも大きく変わりますから、あらかじめ認識しておくことで業務イメージが湧きます。

企業の産業保健は3フェーズに大別でき、(1)コンプライアンス(法的・社会的ルールの遵守)、(2)未病・予防、(3) 健康経営、社内の活性化(ワークエンゲージメント)―があると考えています。

企業によっては「(1)コンプライアンス」から取り組まないといけない場合があります。具体的には、衛生委員会への関与、健康診断の受診促し・事後措置、ストレスチェックの実施、職場巡視などですね。つまり産業医としては、企業に最低限のルールを守ってもらわないといけない。これは、業種・企業タイプによらず実践していくことが求められる必須事項です。

コンプライアンスが一通りできている企業では、生活習慣の指導や各種検診(乳がん、がん検診)といった「(2)未病・予防の領域」に取り組みます。たとえば、メタボ改善などの生活習慣病対策ですとか、健診内容や事後措置を手厚くするといったことです。この領域が達成できて初めて、次の健康経営や社内活性化に繋がります。

人事労務担当者から「ホワイト500を取得したい」といったご相談をいただいて、詳しく伺うと、その前段階である「(1)コンプライアンス」や「(2)未病・予防」が不十分というケースも実際には多く見られます。急成長したものの、労務、人事、経理をごく少数の方が兼務して担当されている会社などは、リソースの面からもそのようになりがちです。その際に「今、御社はこのフェーズにいます。だからこれをすることが今の御社には一番良いと思われます」と説明して、目線合わせをすることが産業医には求められます。

――たとえば「(1)コンプライアンス」への意識を変えることが難しい企業もありそうですね。

産業医一人の力では月1回〜数回の訪問で、企業全体の健康や安全への意識を変えることはとても困難です。

昔携わった制作会社では、中々、労働環境やそれに向けた取り組みが進展しませんでした。現状が悪くても、変わろうとする意思を持つ企業でしたらいいのですが……業界慣例や組織のあり方として変化を頑なに拒む企業でした。人事部長に判例など紹介しながら説明したのですが、中々ご理解いただけませんでした。こうした経験を経て、産業医として、企業をより良くしていきたいと考える経営者や人事労務担当者と一緒に活動していきたいと強く思います。

「睡眠から健康を整える」穂積先生の新たな挑戦

――穂積先生が、産業医としての指導において睡眠にフォーカスしていると伺いました。その理由を教えてください。

精神科医の頃から、薬に頼り過ぎずに、患者さんの体調を少しでも良くできないかと考えていました。その答えが睡眠だったのです。

睡眠は精神状態に影響すると考えています。睡眠が取れていない状態を放置すると不安になりやすくなるのは研究の裏付けがあります。睡眠というアプローチの良さは、「良く眠りたい」という気持ちは誰にでもあって、お金もいらず、すぐ始められることです。だから話す時間が短くても、病識のない人でも、睡眠に関して話題に取り上げるようにしています。

産業医になって、睡眠改善への思いも高まり、睡眠をフックに、健康への関心をもっと高めてもらいたいと考えるようになりました。

――睡眠改善は相談する従業員が多そうですね。

健康な方々にとっても、寝不足や、昼間の眠気、パフォーマンスの低下は悩みだという点は、産業医にとって大事だと捉えています。従業員にとって、会社は仕事をする場であって、医者に相談する場所ではありません。その中で、ちょっと体調がすぐれない時に産業医を思い出してもらえるためには、誰にとっても興味を持ってもらえて、簡単に取り組んでもらえる話題はとても大切です。そのような働きかけを行わないと、産業医への相談はタブー視されがちです。相談したら退職への第一歩かのように、産業医は最終兵器扱いされてしまうんですね。でも「最近あまり眠れない」という話は切り出しやすいし、私からも「最近よく眠れてますか?」と話しかけやすい話題です。

――睡眠面で悩む方には、どのような指導をするのですか。

ライフスタイルを伺った上で、取り組めそうなことを具体的に伝えるようにしています。例えば、通勤時間が長い人で、朝早く家を出て電車が空いているならば、家を少し早く出て、電車の中では座って眠るようにしましょう」とお伝えします。それから、夕食を寝る直前に食べる人なら「食べる内容を変えて体への負担を減らすことで、眠りやすくしていきましょう」とか、お酒をよく飲む人ならほぼ毎日飲んでいるのを週4回に減らしてみるとか。

生活のさまざまなシーンで睡眠改善への道筋がありますから、その人のライフスタイルに合わせながら改善アプローチの幅を広げていくよう心掛けています。

――最後に、こうした睡眠の取り組みを今後どのような行動へ繋げていきたいか教えてください。

産業医として、「安心して相談できる環境」を作っていくためにも、書籍やセミナーなどを通じてどんどん情報を広めていきたいと考えます。人事労務、場合によっては経営者と連携を取っていくことも、引き続き心がけていきます。

【ウェブサイト『M3 Career 産業医サービス』から転載】

穂積 桜
ほづみ さくら
株式会社MEDICIO 代表取締役。日本医師会認定産業医 、精神科専門医、漢方専門医、臨床心理士

札幌医科大学医学部卒業。札幌医科大学医学部附属病院神経精神科 東京都立松沢病院等において精神科医として勤務。国立病院機構東京医療センター、北里東洋医学総合研究所において、内科、東洋医学の知識を幅広く習得後、2014年より人事労務、法律の知識を併せ持つプロフェッショナル産業医として活動開始。現在16社の産業医を務め、1歳の娘を育てながら仕事に励む。

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