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医師の働き方改革、若き離島医が抱える想い―砂川惇司氏(大原診療所)

2019年10月24日

将来は故郷に貢献したいと考え、医師を志した宮古島出身の砂川惇司氏。離島研修が受けられる沖縄県立中部病院で研さんを積み、2017年より沖縄県西表島の診療所に赴任し、専攻医として日々診療にあたっています。「医師の働き方改革」の渦中にもいる砂川氏に、離島医としての想いや今後の展望についてお話を伺いました。(取材日:2019年7月13日)

家庭医へ舵を切った理由

――医師を志した理由から教えてください。

わたしは宮古島出身で、将来は島に何かしら貢献したいと思っていました。母が臨床検査技師で幼いころから病院が身近な存在だったので、自然と医師を目指すようになりました。

――現在、家庭医療専攻医の砂川先生。診療科はどのように決めたのですか。

学生時代は、臓器別の診療科に進んで、将来的に宮古島の病院で勤務できたらと考えていました。家庭医へと舵を切った大きなターニングポイントは、離島診療所で実習を受けたことです。

宮古島と石垣島の間には、多良間島という人口1200人程度の小さな島があります。大学5年の終わりに、その島唯一の診療所である多良間診療所で実習する機会がありました。出身地の宮古島は人口5万人超の比較的大きな島であるものの、わたしが育った地域が多良間島の雰囲気にとても似ていたんです。例えば、島の風景や人口密度など物理的に似ている他、私自身の「家族で漁をしたこと」「畜産業を営む家に生まれたこと」など育った環境が、多良間島にもありました。そして、多良間診療所の先生がその地に暮らしながら医療を提供している姿を見て、とても楽しそうだと感じました。日中は外来診療や健康講座を行い、夜は友人が釣ってきた魚を捌いて一緒に夕食を楽しむ。自分が生まれ育った地域と似たような環境で働いていることがとても魅力的に映り、離島医療に携わりたいと考えるようになったのです。
大学卒業後は、後期研修プログラムの中に離島研修がある沖縄県立中部病院で研さんを積み、離島研修修了終了後も西表島の東部にある大原診療所に勤務しています。

働き方改革の渦中、西表島の診療所に勤務

――西表島で離島医として働いてみて、いかがですか。

県立中部病院での研修中から先輩方に言われていましたが、自分が提供できる医療レベルがそのまま島の医療レベルになります。島の人たちは、わたしができる治療は受けることができますが、わたしができない治療は島の外に受けに行かなければならない。つまり、わたしのスキルが島の人たちの生活に直結するのです。その責任感の重さを、本島での研修中に頭では理解していましたが、実際に離島の医師として勤務するようになって初めて実感していますね。そのような環境下だからこそ、自分がスキルを磨けば磨くほど、島の人たちに還元することができます。それがやりがいであり、モチベーションになっていますね。

――西表島は2019年7月から、平日夜間の救急患者対応を輪番制にすると発表がありました。(※取材日時点)

これは、西表島に2つの診療所があるからこそ実現したことです。わたしは東部の診療所に勤務していますが、西部にもう1つ診療所(西表西部診療所)があります。昔は道が整備されていなかったため、1つの島に2つの診療所があるという背景があります。片道1時間以上かかるものの、陸路でつながっていて行き来できるので今回の輪番制が実現しました。

――輪番制の背景には「医師の働き方改革」があるそうですが、これについてどうお考えですか。

島の人はみな、それぞれに役割を持っています。例えば、家電を直す人、車の整備をしてくれる人、商店を開いてくれる人。島の中でわたしは、医療を提供する役割を担っています。自宅の電気が壊れたら電気屋さんに営業時間終了後の17時を過ぎてもちょっと相談させてもらうこともあるように、わたし自身も診療時間を過ぎてもちょっとした相談を受ける。相談に乗るのは、一住民として医療を提供するわたしの役割だと思うので、それを時間で線引きしてしまうのは、心苦しく感じています。

24時間365日の勤務環境の良し悪しはさておき、そのような環境であることを知った上で自ら希望して勤務していますし、島の人たちの健康管理を任されているのは、働くうえでの責任感と大きなやりがいにもなっています。そのため、東部地区に住んでいる方のことは、常に自分が診ていたい思いもあります。一方で、これからの離島医療や後輩たちのことを考えると、必ずしも24時間365日体制を維持することが良いとは言えないのも事実。1つの島に2つの診療所がある、このような環境下から何か働き方改革をしていかなければいけないとも思っていたので、島の人たちのことを考えると心苦しいですが、当診療所ともう1つの診療所で役割を分ける必要性はあると思っています。

宮古島の家庭医として、何を還元していきたいか

――今後の展望は、どのように思い描いていますか。

どのようにさらなるスキルアップを図っていくかは、現在模索しているところですが、最終的には、宮古島に戻って医師として島に貢献したいと考えています。
今回、西表島で平日夜間の救急外来対応の輪番制が始まったことで、今後他の離島でも、離島医の働き方に少しずつ変化があるかもしれません。環境の変化にかかわらず、わたしは医療を提供することが役割である一住民としてその土地に暮らし、人や宗教、文化、習慣といった患者さんの生活背景を理解したうえで医療を提供し、必要があれば24時間365日いつでも住民の健康を守る存在でありたいと思います。

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