臨床検査技師や介護ヘルパーを経て、呼吸器内科医となった吉住直子氏。研修先や診療科を選ぶ際は、常に「理想的な高齢者医療」を念頭においていました。実際に診療を始めると、前職の経験がプラスに作用することがあるとか。また、以前は見えなかった新しい課題も浮き彫りになってきたと語ります。(取材日:2020年1月31日)
高齢者医療の前に、「命にこだわる医療」を知らなければならない
──初期研修を自治医科大学附属病院で受けることにしたのはなぜですか?
ご存じの通り、自治医科大は地域医療に従事する医師を各地に派遣しています。専門分野に縛られず、患者全体を診る医師が多いと見学時に聞いていました。たとえば“神経内科医だけれど胃カメラが得意”というような医師が多い印象を受け、興味を持ちました。
地元の栃木県に貢献したい気持ちも、強く持っていました。先ほどお伝えしたように、中高時代には家庭が困窮しており、周りの方々にたくさん助けていただいた経験があります。自分が医師として地元で働くことで、何らかの恩返しをできれば……という思いがありました。
──どのような気持ちで初期研修にあたっていましたか。
上級医の言うことを決して聞き漏らすまいと必死でした。さまざまな診療科をローテートする中でも、救急やICU、麻酔科などは特に気持ちを引き締めて学びましたね。
私は高齢者を診るために医師になりました。それもあって、ゆくゆくは不要な検査はしない、本人の状況によっては挿管もしないような医療を目指しています。しかし、それは「精いっぱい命にこだわる医療」を知ったうえでできること。一律に、「高齢者だから濃厚な医療はしない」というのではなく、救命のためにいろいろな選択肢があるけれど、「この方にはあえて行わない」といった引き算で判断できるようになりたいのです。それができないうちは、高齢者のお看取りに携わらないと決めていました。
──結論ありきの医療をしないということですね。初期研修を終えて、呼吸器内科に進んだのはなぜでしょうか。
当初は、患者さんの全身を診る総合診療内科か、認知症を診る神経内科を専攻しようと考えていました。しかし、いずれは在宅医療に軸足を置きたい気持ちが、今の診療科を選んだ大きな理由です。呼吸器内科は肺がんが診られますし、感染症による肺炎、アレルギー性の喘息など、高齢者に多い疾患を幅広くカバーしています。また、在宅酸素の取り扱い方を身につけられ、医療用麻薬の免許も取得できます。そして、医療用麻薬の使い方も習得することができます。高齢者医療において直接的に役立つと思い、呼吸器内科に決めました。
元ヘルパーだからこそ、患者にできることがある
──2019年1月からはJCHOうつのみや病院(栃木県宇都宮市)に勤めていますね。臨床検査技師やヘルパーの経験は、現在の診療に生かされていますか。
もちろんです。私は今でも、ヘルパー時代に培った介助スキルを活かして、患者さんの移動や入浴を身体的にサポートすることがあります。これは、自分の強みとして捉えていいと考えています。 以前、歩けないと思われていた患者さんが、私と一緒にトイレまで歩けたことがありました。また、終末期の患者さんが「お風呂に入りたい」と言ったとき、スタッフと協力して入浴の介助にあたったこともあります。どちらのケースも、患者さん、ご家族ともに非常に喜んでくださって、やりがいを感じました。
もう一つ、臨床検査技師やヘルパーから医師に意見することがとても大変だと、身をもって実感していることも、診療に生きています。医療は、医師だけでは回りません。医師が横柄な態度をとっていては周囲が声を掛けにくく、チーム医療が成り立たないと思います。 私は、気軽に声をかけてもらえる医師になりたいので、なるべく自分からコミュニケーションを取るようにして、意見を言いやすい雰囲気をつくるように心掛けています。看護のことは看護師さんが、介護のことはヘルパーさんが一番よく知っているので、私がわからないことはしっかり聞くようにしています。元臨床検査技師、元ヘルパーだったことを伝えると、心理的な垣根が取れるのか、皆さんとても応援してくださいますね。
独居、胃ろう、生活保護──行き場のない多くの高齢者たち
──医師として働く中で、何か課題は感じていますか?
行き場のない高齢者が非常に多いことに、医師になってから気づきました。高齢者施設でも看取りはしない、胃ろうのある方や生活保護を受けている方は入所を断る、といった話をよく聞きます。独居の高齢者は、退院しても自宅では暮らせない、家族がいないために施設入所も難しいというケースが少なくありません。このように、施設側が入所者を選んでいることを、知らなかったのです。 私が以前働いていた介護施設は、生活保護の方もいましたし、胃ろうがあっても、認知症が重くても、特に問題になりませんでした。そういう施設に協力する医師になるつもりですが、そもそも、そうした施設がかなり少ないことに課題を感じています。
一方で、ヘルパー時代には高齢者医療のあり方に問題意識を持っていましたが、当時から10年弱がたち、状況はずいぶん改善したと感じています。疾患ばかり診て患者全体を診ないような医師は、少なくなったのではないでしょうか。医学部教育が変わったのか、ここ数年、在宅医療が盛り上がっているためかはわかりませんが、高齢者医療に対する医師の認識はよい方向に変化していると思います。
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