小学生の頃に国境なき医師団に憧れて以来、国際保健の道に進もうと考えてきた坂元晴香氏。医学生となり、途上国の現場を見たことで少し考え方が変わり、現在は日本にいながら国際保健に携わっています。どのような考えを持って、今のキャリアを歩んでいるのでしょうか。
途上国を見て変わったキャリア観
―国際保健の中でも、途上国の健康格差に興味を持ったきっかけを教えてください。
小学生の時に『国境なき医師団』に興味を持って以来、将来はそこで働きたいと思っていました。しかし私は、帰国子女でもなければ海外に行ったこともほとんどありません。そのため、早い段階で一度海外を見てみたいと思い、医学部2年生の時に初めてフィリピンに行ったんです。
途上国といっても、アジア圏だと非常に発展しているエリアもあります。医療に関しても、富裕層が行く病院は日本と変わらないか、むしろそれ以上に綺麗で設備も整っていました。一方で、高層ビルが立ち並んでいるすぐ足元にはスラム街があり、ストリートチルドレンやホームレスが大勢いました。そのような人たちが行くところは、病院と呼べるような施設ではありませんでした。
日本でも格差が広がっていると言われていますが、フィリピンなど途上国のそれは日本と比べものにならないレベルです。富裕層は私たち日本人よりもずっと裕福で、一方の貧困層は日本では想像できないほど貧しい暮らしをしている――そんな劣悪な環境に置かれている人たちのために、何かしたいと思うようになったのです。
―フィリピンでの経験から、国境なき医師団に入る決意を改めて固めたのですか。
最初は国境なき医師団に入って、臨床医として現場で治療することを思い描いていました。しかし、貧困層の現状を目の当たりにして、少し考えが変わりました。私が臨床医として途上国に入ったとしても、1日に診られる患者さんはせいぜい数十人程度。仮に5年住んだとしても、助けられる患者数には限界がありますし、最貧層の人たちのことを考えるとあまりにも無力すぎると感じたのです。
もちろん、臨床医として現地の人たちを直接助けることはとても尊いことです。現場の臨床と政策は国際保健の両輪ですが、より多くの人を助けるためにどちらをやりたいか考えた時に、制度や政策でアプローチしたいと思うようになりました。そして医師4年目にご縁があり、厚生労働省国際課に入省しました。
厚労省、ビル&メリンダ・ゲイツ財団で国際保健に関わる
―どのような経緯で入省に至ったのですか。
途上国の格差是正に制度・政策で取り組みたいと思うようになってから、厚労省の方にも話を聞くなどしていました。医師3年目の時にたまたま厚労省職員の方から、「厚労省国際課のポストが空くから、民間人事交流制度で来ませんか」と声をかけていただいたのです。
当時は、総合診療専門医の資格を取ってから国際保健の道に進もうと考えていたので、タイミングとしては正直早いと思い悩みました。ただ、内科系なら一度臨床を離れても、大変だとは思いますが、キャッチアップしようと思えばできないことはなく、戻ろうと思えば戻れるとも考えました。それに、私の臨床医としてのキャリアはまだ3年。キャリアと呼べるほど経験を積んでいるわけではなかったので、どこに行っても、大きな支障はないと思いました。そして誘われたのが、国際課。こんなに都合よく人事交流の話が来ることもなく、今回のチャンスを逃したら次があるか分からないとも思い、思い切って医師4年目で厚労省国際保健課に入省。2年間を同課で過ごした後は、母子保健課に所属していました。
―その後は、どのようなキャリアパスを歩んできたのですか。
2015年に、ハーバード公衆衛生大学院で修士課程を取得するためにアメリカ・ボストンに留学しました。そして夫の転勤によるイラン暮らしを経て、帰国後もう一度、厚労省国際課に戻りました。現在は東京大学大学院で国際保健政策学教室の特任研究員として博士課程を取る傍ら、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(以下、ゲイツ財団)日本事務所やWHO(世界保健機関)、世界銀行のコンサルタントとして働いています。
-ゲイツ財団でコンサルタントをしている背景とは。
日本政府が行う国際協力のほとんどがインフラへの投資で、国際保健や教育への投資割合が他国よりも大幅に少ないんです。ゲイツ財団も保健分野に多くの投資を行っている一方で、日本政府にもインフラ重視から保健・教育重視へとシフトチェンジしてほしいと考えていました。そのためゲイツ財団日本事務所は、政治家や日本国内の民間企業に対してそのような働きかけをしようとしていたのですが、日本事務所には保健分野の専門家がおらず、人材を探していたそうです。その話が、私が在籍している大学院の教授に持ち込まれ、教授に推薦していただき2018年1月頃からコンサルタントとして働くことになりました。
具体的には、政治家や企業関係者に働きかけるための戦略策定の際に、投資額によって、どのくらいワクチンが購入できて、何人の子ども達が救えるのか。インフラへの投資に比べて、どれくらい費用対効果が高いのか。保健・教育分野のどこに投資をすると他国と差別化できるのか──といった内容の資料作りなどを手伝っています。
「どこの組織で働くか」は考えても意味がない
―坂元先生はこれまで、現地での途上国支援には携わっていません。留学を除き、一貫して日本にいながら国際保健に携わっている点が珍しいキャリアですよね。
そうですね。学生時代には、初期研修が終わったらWHOに行こう、途上国に行こうと考えていました。また、キャリアの相談をすると「逆算して、卒後何年目までにあれをやって、その後これをやってと考えることが大事」「早いうちに現場に出たほうがいい」とのアドバイスをもらい、そのようにキャリアを積んでいこうと考えていました。しかし実際には、人生そんな思い通りにはいかないものです。
私は医師3年目で結婚して現在は子育て中。途中で親の介護もありました。人生のプライオリティーとの兼ね合いで、結果的に今のようなキャリアを歩んできました。今でも、機会があればどこか途上国に住んで支援に携わりたいとは思っていますが、日本でできることはたくさんあります。そして、日本にいながら国際保健分野で活躍されている先生方も大勢いらっしゃるので、学べることはたくさんあります。人生のバランスを考えながら、現在は日本で吸収できることをできる限り吸収しようと思っています。
―今後のキャリアは、どのように思い描いていますか。
例えば10年前、ゲイツ財団は、全く存在感はありませんでした。けれども、パソコンとインターネットが普及したことで急成長しました。また新しいテクノロジーが開発されることで新たな組織が出てくるかもしれませんし、既存の組織がそれまで通りの活動をできているかわかりません。そのため、「どこの組織で働くか」を考えてもあまり意味がないと思っています。それよりは、2~3年先までのプランを見据えて、自分のスキルが活かせそうな場所で、その時に一番やりたい仕事を続けていきたいですね。
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