北海道札幌市から車で1時間という場所にもかかわらず、深刻な医師不足に直面していた余市町。海外医療と縁もゆかりもなかったこの町で今、「海外志向を持った医療者」を受け入れるための挑戦が始まっています。主導しているのは、タイのマヒドン大学熱帯医学部大学院を経てこの地にやってきた森博威氏。グローバルで活躍したいと考える医療者にとって、なぜ余市病院の環境は魅力的なのでしょうか。
海外で活躍する医療者の「働き口」を余市町に
―現在、どのような活動をなさっているのですか。
1年のうち9カ月は北海道社会事業協会 余市病院に勤務し、残り3カ月はタイのマヒドン大学熱帯医学部で講師として働き、北海道とタイを行き来する生活を送っています。
余市病院で力を入れているのが2014年に設立した地域医療国際支援センター長としての取り組みです。
―海外志向を持つ医療者に対する地域医療国際支援センターのサポートを、より具体的に教えてください。
地域医療国際支援センターがターゲットとしているのは、「今後海外勤務・留学をしたいと考えている方」と「既に海外勤務・留学経験をお持ちの方」です。
前者の海外勤務・留学を希望する方は、雇用や立場が不安定で、資金稼ぎや渡航までの勉強に苦労しがちなので、余市病院が彼らの働き口・トレーニングの場になれたらと考えています。プログラムは受講者ひとりひとりに合わせたオーダーメイドで作っています。離島や海外での臨床・研究経験をもつ仲間達と共に余市町で地域医療に携わることを軸に、国内外の地域医療研修を組み込みました。数か月間にわたるタイのマヒドン大学での熱帯医学研修や、タイとミャンマーの国境沿いの病院研修、徳之島など余市町以外の地域でも訪問看護研修を受けてもらうなど、「1年~2年で、国内外さまざまな地域で勉強できる」プログラムを用意しています。
プログラムは、このほかにも研修医向けのものから、スキルアップを目的に短期~中期的に非常勤医を受け入れるものまで多岐に渡り、多くの医療者が学べるよう、バリエーションを広げていくつもりです。
海外勤務・留学経験のある方には、一時帰国時の資金稼ぎ、スキルアップの場として余市病院を活用してもらいたいと考えています。海外で臨床や研究に携わっていらっしゃった医師は、「地域医療を支えたい」「帰国中さらに臨床技術を磨きたい」という思いが強い。こうした医師の思いを十二分に発揮できるような体制を整えることで、医師一人ひとりのキャリアアップはもちろん、医師不足にさいなまれている余市町の地域医療に貢献できればと考えています。
―地域医療国際支援センターは、どのような経緯で開設されたのでしょうか。
わたしが就任する以前の余市病院は、病棟を管理する内科医が一人もおらず、外科医が内科診療を行なっていました。そんな医師不足解消の一手として、当時院長が思いついたのが「日本と海外を行き来している医師が、帰国時に働ける場所をつくってみては」というアイデアでした。このアイデアを実現させるために、海外や離島での経験があったわたしにお声が掛り、2013年からセンター設立を任されることになったんです。
―もともと先生自身も、海外医療・地域医療双方での経験をお持ちだったのですね。
はい。わたしは鹿児島大学医学部を卒業後、沖縄県立中部病院で内科、消化器、感染症の基本的な研修を受けました。その後、沖縄県立宮古病院で内科医として勤務していたときに、保健所と協働で大規模な新型インフルエンザの予防対策を実施しました。このときに「島を守っている」という強いやりがいを実感。わたしはもともと、感染症の診療、特に熱帯医学に興味があったので、宮古病院から西福岡病院を経て、2010年に熱帯医学の研修や教育で有名なタイのマヒドン大学熱帯医学部大学院に入学しました。
ところが、熱帯医学を学び始めて間もないタイミングで東日本大震災が発生しました。医師の地域偏在がより顕在化したこと、各地の病院に感染症科が立ち上がり、専門医が充足傾向にあった状況をうけて、医師不足の地域で内科医として働いた方が人の役に立てるのではないかと思ったんです。宮古島で地域医療の面白さも感じていたので、感染症の研究を続けながら、医師を必要としている地域で医療に携わろうと方向転換しました。そうした折に余市病院からオファーをいただき、先述の「地域医療国際支援センター」の立ち上げに携わることになりました。
わたしがセンター立ち上げに協力したいと思った理由は、マヒドン大学に来る日本人留学生が「資金稼ぎの働き先が見つからない」「タイとミャンマーの国境沿いのクリニックでボランティアをしたいけれども、そこに行くまで日本のどこかで働きたい」というように、日本での働き口について悩んでいたことを知っていたからです。
もともと地域医療に興味はありましたし、海外経験を活かせる場所を、わたし自身も求めていました。やる気があって経験豊富な若い医療従事者が、スキルを発揮できる場や仕事先を見つけられずに困っているのは、もったいない。国内外で活躍できる技術・経験を持った人が、一時帰国時に地方で活躍できるような仕組みがあれば、地域、医療者、患者さんそれぞれが幸せになれるのではないか―そんな素朴な問題意識が、今もモチベーションになっていると感じます。
他地域のロールモデルとなるために
―地域医療国際支援センターを立ち上げて早2年。現在の課題と今後の展望は。
ありがたいことに当センターの知名度が上がり、看護職のプログラム参加者が10名にまで増えてきました。一方で医師の参加者が5名ですので、今後更に増やしていきたいと思っています。
そのほかにも、プログラム参加者の満足度をどう上げていくか、どのような枠組みを採れば余市町にとって、より価値の大きな取り組みになるかなど、検討しなければならない課題は少なくないですが、もともと海外に縁があまりない病院だった余市病院で、このようなプログラムを始められたことは、他地域にとって新たなロールモデルになり得るのではとも思っています。どのようにプログラムを構成して運営すれば、他病院と連携を図れるのか、海外と日本を行き来する医療者に魅力を感じてもらい呼び込むことができるか。それを示すためにも、今が踏ん張りどころですね。
地域医療にご興味のある先生へ
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