「地方の医療機関は、家庭医のようなジェネラリストを渇望している」―そんなイメージも強い一方、特定領域のスペシャリストが地方を舞台に活躍するというケースも少なくありません。
今回取材したのは、福島県いわき市にある常磐(じょうばん)病院の森甚一氏。血液内科専門医でありながら、同院の内科非常勤医としてジェネラルに診療に携わっていた森氏は、地域における血液内科の需要を痛感。都内勤務先から常磐病院へと移り、血液内科立ち上げという一大プロジェクトを推進する決心をしたそうです。「地域を舞台に活躍したいという特定領域専門医たちの切り込み隊長になりたい」と語る森氏に、地方の実情と、地方でキャリアを積むメリットを聞きました。
医師不足の地域で血液内科を立ち上げる
―東京で順調にキャリアを歩んでいた中で、なぜ常磐病院に入職されたのですか。
常磐病院でもともと、東日本大震災直後から2015年まで、大学院での研究の傍ら内科非常勤医として働いていました。震災直後の被災地の混乱は多くの人が知るところだと思いますが、医療提供体制の面で深刻な問題は、震災から少し経ち、住民が徐々に戻ってきたころにまた一層顕在化していきました。温暖で過ごしやすいいわき市には、地元住民だけでなく、他地域からの避難者や除染作業員も多く、人口が震災前よりも増加。その一方で医療者は思ったように増えず、現場の医療従事者には多くの負担が強いられているような状態。わたし自身も定期外来の枠を増やすなど個人的にできることをしてきたつもりでしたが、当然それですべてが解決するわけではなく、自分が被災地の医療にどうかかわっていくべきか、考えあぐねることが徐々に増えていきました。
そんな2014年の秋、常磐病院の医師やスタッフと食事をしている時にふと、「常磐病院に血液内科をつくってみないか」とアイデアをいただいたんです。直感的に「これだ」と思い、即座に「やってみたい」と回答している自分がいました。
「血液内科を立ち上げたい」という気持ちが高まった背景には、常磐病院で出会ったとある白血病患者さんの存在がありました。その患者さんはいわき市周辺で血液内科の専門的な診療を受けられず、わたしが相談を受けた段階では、病状がかなり進行してしまっている状況でした。もっと早く専門医につなぐことができていたら、何か違ったかもしれない。研修医の時から東京での診療しか経験がなかったため、現在の日本において「専門医にアクセスできないが故に救われる命が救われない状況がある」という事実を知り、衝撃を受けました。「血液内科医として、この地域のために自分にできることがあるのではないか」という思いは、わたしの中で徐々に高まっていきました。
医師10年目では、なかなかできない体験
―血液内科を立ち上げてから約半年経ちますが、状況はいかがでしょうか。
現在血液内科の患者さんは50名程。近医からの紹介も徐々に増え、外来には毎週新規の患者さんが来ます。現在のところは2016年5月に開設した無菌室1床で何とか治療していますが、既に限界がきているため、新たに増床工事を行う予定です。血液内科診療のほかにも、抗がん剤のレジメンを電子カルテで出せるようにしたり、血液培養検査のシステム変更をしたり、通常の内科診療に必要な検査、薬剤の採用などは並行して行ったりしています。
また、非効率と感じる院内のシステムについても積極的に意見を出し、改善してもらうよう関係部署と連絡を密にとりあっています。例えば症状詳記に関して、これまで当院では医師がA4白紙に手書きで記載し医事課に提出、医事課スタッフがそれをワードで打ち直すという二度手間の運用でした。これを、医師が電子カルテ内で詳記を入力できるようにシステム課にお願いし、すぐに対応してもらいました。
血液内科新設を機に、病院全体がレベルアップすることを望んでいるのはわたしだけではないと思っていますし、わたし自身は病院づくりに携わっているような感覚があり、やりがいを感じます。
―病院全体の仕組みづくりにも携わっているのですね。
そうですね。医師10年目にして、一診療科の立ち上げを主導できることはめったにありません。以前勤めていた病院と比べ、当院は240床と小規模でスタッフ数も少ないので、医師一人の影響力の大きさを実感する場面は多いですね。診療以外にも基礎研究のラボを作るプロジェクトが進行中で、臨床検体を用いた研究を立ち上げるべく画策中です。
その一方で、課題に感じているのがスタッフの教育面。今まで血液内科がなかったわけですから、効果的なチーム医療を行うためには全スタッフにゼロから説明していく必要があると思っています。今企画しているのは、「がんとは」「抗がん剤とは」について基本から学べる勉強会です。対象は看護師をはじめ理学療法士や栄養士、ソーシャルワーカーなどさまざまな職種の方。みなさん熱心に取り組んでくれるので、とても助かっています。わたし自身も、より知識を吸収してもらえるように、新しい症例の患者さんが入院されたらその都度勉強会を開き、翌日から実践に落とし込んでもらえるように工夫しています。
地方に行く専門医の「切り込み隊長」に
―先生のように、特定領域の専門医が地方で働くことについてどのようにお考えですか。
医師としての存在意義をより強く感じられ、数多くの症例を経験して実績を積めるので、多くのメリットがあるのではないでしょうか。しかし、その点がまだあまり知られていないように感じています。たとえばわたしの専門である血液内科は一般的に、「開業に向いていない」「つぶしが効かない」と言われがちで、主な主戦場は都市部の大病院だととらえられることも多い。ただ実際に地方に来てみると隠れた血液疾患が診断すらされず、困っている患者さんに出会う機会は珍しくありませんでした。自分がこの土地で血液内科専門医として活躍することで、一人でも多くの患者さんが安心して生活を送ることができる――。このように人の役に立てると自然に感じられる環境は、やはり医師として非常に大きなやりがいにつながります。
わたしのような事例を知ってもらうためにも、地方で活躍する特定領域専門医の「切り込み隊長」として、充実した働き方ができることを示していきたいですね。地方に行くと「地域に引っ込んだ」と捉えられることもありますが、地方に渡ってもきちんとキャリア形成できることを発信していきたいと考えています。そのためにもまずは自分がモデルケースとして楽しく働き、論文発表など学術活動も継続的に行って、自分の理想のキャリアを体現していこうと思います。
地域医療にご興味のある先生へ
各地で奮闘する先生お一人おひとりのご活躍によって、日本の医療は支えられています。
この記事をお読みになって、もしも「地方での勤務に興味はあるが、なかなか踏み出せない」とお考えでしたら、一度コンサルタントにご相談いただけないでしょうか。
先生のご懸念やご事情を伺った上で、地方の実情や待遇、サポート体制など正直にお伝えし、前向きな気持ちで次のキャリアに踏み出せるように最大限のご支援をしたいと考えております
先生の決断が、地域を、医療を変えるかもしれません。新天地でのご勤務・転職をお考えでしたら、ぜひお問い合わせください。