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「乳がんへき地」をなくす!専門病院が思う、へき地・離島医療のあり方―相良吉昭氏(社会医療法人博愛会相良病院)

2016年12月26日

国内初の特定領域がん診療連携拠点病院となった、鹿児島県の相良病院。県内の乳がん治療の8割を行うという圧倒的な治療実績を持っています。理事長を務める相良吉昭氏は、乳がん専門病院として、県内のへき地や離島に医師を派遣して「乳腺科特別診療外来」を開設。特定領域の専門医だからこそできる、地域医療への関わり方とは―?

「乳がんのへき地」に赴き、外来を開く

―乳がん専門病院ながら、鹿児島県内のへき地・離島医療にも積極的に取り組まれているのはなぜですか。
当院は、開業当初はさまざまな診療科を標榜していましたが、乳腺センターを設立した1992年から乳がんに特化した専門病院として歩んできました。乳がん治療だけでなく予防から緩和ケア、患者さんの社会復帰までトータルにサポートしてこうと、2002年頃から鹿児島県内の自治体を、乳がん検診バスで巡回していて、へき地・離島の医療の不十分さを痛感していました。

そこでまずは、2009年に当院にへき地診療支援室を開設。上甑島(かみこしきしま)の里町へき地診療所にて、一般内科の診療を始めました。次のステップとして専門領域である乳がん治療で地域貢献したいと考え、へき地・離島からの要望に応える形で乳腺科特別診療外来を開始することになりました。この外来を始めるまでは、離島の患者さんやそのご家族は、鹿児島市にある当院まで飛行機を利用して通院していました。がん拠点病院がある島で治療を受けている方もいましたが、必ずしも乳がん専門医に診てもらえるわけではありませんでした。長期に渡り、患者さんの経済、身体、精神的に負担が大きい中で治療が進められていたという状況だったのです。

現在当院は、奄美大島をはじめ、沖永良部島、徳之島、霧島市立医師会医療センター、日置市守屋病院に定期的に医師を派遣して、乳腺外来や精密検査、術後フォローを行っています。奄美大島や徳之島など比較的大きな島は、病院もあるので医療的な「へき地」としては認識されていません。しかし、乳がん専門医は不在という状況ですので、「乳がん治療のへき地」と言えるのではないでしょうか。そのような地域に赴くことで、専門領域のへき地を減らしていきたいと考えています。

収益度外視で医師を派遣

yoshiaki_sagara03―乳腺科特別診療外来を担当する医師は、どのように働かれているのですか。
最初はわたし一人で全地域をまわっていましたが、現在は当院の乳腺科医15名が診療に行っています。離島には月に1回、霧島市と日置市にはそれぞれ週1回ずつ診療に行っています。2015年度は2176名もの離島診察を行いました。乳腺科特別診療外来の存在を喜んでくださる患者さんが多いだけではなく、わたしは医師たちにも良い影響を与えていると考えています。機会が多いとはいいがたいですが、医師たちは最先端の医療機器がそろっている当院と、設備が不十分なへき地・離島の医療機関を同時に経験することで、応用力を身につけられる。双方にとって良い循環が生まれることで、より質の良い医療を提供できるのではないかと考えています。

―各医療機関との連携、収益の分配はどのようにされているのですか。
要望をいただいた医療機関に、毎月もしくは隔週の診療日に当院の医師を派遣して乳がん患者さんの診療を行っています。医師が担当するエリアについては、地域住民との信頼関係構築もあるため、医師同士で話し合って決めています。

診療報酬は各医療機関の収益として計算されますので、収益の分配自体が発生しない仕組みになっていて、この特別診療外来は当院の社会貢献活動として行っているのが現状です。各地域の患者さんのほとんどは当院に通院されていた方であるため、当院の収入が減ることを予想される方もいますが、それ以上に新規の患者さんがいらっしゃいますので、収入減にはなりませんでしたね。

専門医として地域医療に携わる

yoshiaki_sagara02―不採算になりかねない特別診療外来。それでも、社会貢献活動として取り組む理由を教えてください。
当院は、鹿児島県内で乳がん手術の治療実績が第1位。全国と比べても第4位です。2014年8月には、国内初の特定領域がん診療連携拠点病院として認定されました。たとえ不採算だとしても、へき地・離島に住んでいる方の乳がん治療を続けていくことが、この領域の第一線を走っている当院の義務であり、誇りでもあると思っています。乳腺科の医師たちも、同じ気持ちを持って治療にあたっているのではないでしょうか。

へき地・離島の医療機関での治療には、専門医としての腕が問われます。設備が不十分な環境下で、いかに最善の治療を行うか―わたし自身もその難しさを感じることが多々ありました。しかし、それを乗り越えた治療ができたとき、そして、これまでさまざまな我慢を強いられていた患者さんのうれしそうな姿を見たときに、医師としてのやりがいや喜びを感じます。

特定領域の専門医でも、自分の強みを活かして地域医療に携わることは十分可能だと実感しています。たとえいくら病院があって、医師がいたとしても、必要な医療が受けられなければ、患者さんにとってその土地は医療過疎地と同じだと思うのです。

「住み慣れた地域で、特定領域の質の高い医療を受けたい」という患者さんは確実に存在します。これからも特別診療外来を続けて、そんな患者さんのニーズに応じていきたいと思いますし、わたしたちの取り組みを見た医療機関や医療者たちが同じような活動を広めてくださればうれしいですね。

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