坂総合病院(宮城県塩釜市)で総合診療科の医長を務める本郷舞依氏は、2児の子育てをしながら働くことに「常に悩み、ワークライフバランスは不安定」と言います。それでも総合診療の最前線で働き続けているのは、困っている人からの求めに応え続けるため。そのために救急科とタッグを組むなどの職場環境を築いています。今回は本郷氏を支える原動力と、仕事と子育てとを両立する術について聞きました。(取材日:2019年3月2日)
「そうごうしんりょう?なにそれ、おいしいの?」
―医師を志したきっかけを教えてください。
母が病院事務や運動療法士をしていて、病院で働くことに漠然と憧れを抱いていました。最初は看護師になろうかと考えていましたが、高校生の頃から、治療を通して困っている人の役に立てる医師を志すようになったのです。
―研修先はどのように選びましたか。
坂総合病院の奨学生として医学部へ進学したので、坂総合病院の初期研修医になりました。同院は困っているすべての患者さんに手を差し伸べられる病院で、自分が思い描くやりたいことに近かったので、充実した研修医生活を送っていました。その半面、3年目以降は何科に進めばいいのかが分からず、ずっと悩んでいましたね。「患者さんが困ったときに何でも相談できる医師になりたい」とは思っていたのですが、それが何科で実現できるのかが分からなかったのです。
―総合診療科に進もうと決めたのはいつだったのですか。
2年目も後半に差し掛かっていた頃、夫であり坂総合病院の救急科医である佐々木隆徳の講演に同行したことが転機になりました。その時は、新しく総合診療科が開設された山梨県内の病院から講演を依頼されていました。
道中、夫から「お前は何をやりたいんだ」と聞かれ、「わたしは自分で何かをやりたいのではなく、人から求められていることに応えたい」というやり取りをしていました。そこで「それは、総合診療や家庭医療という領域なのではないか?」と言われたのです。その時は「そうごうしんりょう? なにそれ、おいしいの?」状態で、それまで一度も総合診療・家庭医療という言葉を聞いたことがなかったんです。
その後、講演会場で総合診療医の先生にお話を聞かせてもらい、総合診療は臓器に焦点を当てるのではなく、その人全体を診る診療科だと知りました。同時に「総合診療科なら、困っている人を助けられる」と確信し、総合診療医を目指すことを決めたのです。
当時、坂総合病院に総合診療の後期研修プログラムはありませんでしたが、日本プライマリ・ケア連合学会が発足し、新規プログラムの募集がされているタイミングだったのも幸運でした。わたしの希望を聞いた上司がプログラムを新設してくださり、晴れて3年目からは東北の総合診療医を育てる「みちのく総合診療医学センター」の専攻医1期生として研修を始めることができました。
救急科とタッグを組むから両立できる
―2人のお子さんを出産した現在は、坂総合病院の総合診療科医長として、どのような毎日を過ごしていますか。
11年目のわたしと7年目の島直子先生が中心となり、現場の運営をしています。当科は外来、入院病棟、在宅診療、介護老人福祉施設(特養)の嘱託医まで、プライマリ・ケアのほとんどの領域を担っているので非常にやりがいがあります。また、このように患者さんのさまざまな段階に関われるので総合診療医・家庭医の教育フィールドとしても恵まれた環境だと感じています。
ただ、わたしも島先生も子育て中なので、17時には仕事を切り上げて子どもを迎えに行かなければなりませんし、夜間の電話対応はできても呼び出しには応えられません。そのため、救急科の先生方にバックアップしていただきながら運営しています。
-具体的にどのようなバックアップ体制なのですか。
17時から翌朝までと休日の総合診療科病棟の対応は、救急科の先生に全面的にヘルプをお願いしています。そのため平日は毎朝、救急科の先生と一緒に病棟回診をして情報共有をしています。反対に、救急科が救急外来の対応で忙しくて病棟に上がれないときには、当科の医師が救急科病棟の回診や病棟看護師からの情報収集を行い、必要があれば処置等の対応をしています。
この体制は、主に救急科の佐々木が考案しましたが、夫婦で1年ほど研修させてもらった福井大学医学部附属病院の総合診療部・救急部合同の初期診療体制がベースになっています。
-バックアップ体制がうまく機能している秘訣はどこにあると思いますか。
夫が救急科科長、わたしが総合診療科医長なのもありますが、それ以上に、救急科の先生方が子育てを自分事として捉えていて、家庭と両立しながら働くことへの理解があるからだと思います。その理解がなかったら、うまくいかないと思います。
子育てしながら働いていると、どうしても定時で帰らなければならなかったり、突然保育園から呼び出されて早退しなければいけなかったり、仕事に全力を注げないことがあります。その上、他の先生方に負担をかけてしまっている後ろめたさも常に感じています。だからこそ、子育てしながら働くことに理解のある先生とでないと、うまく信頼関係が築けず、このような協力体制は構築できなかったのではないかと思います。
子育てと仕事、それぞれ及第点でいい
―子育てしながら仕事を続けることに、葛藤はありますか。
第1子が生まれてから5年以上経ちますが、今でもすごく悩みますね。どちらかを頑張ると、どうしてもどちらかにしわ寄せが来ます。実際、子どもたちにとっては完璧な母親になれていないと思います。
常に悩んでいるので、わたしのワークライフバランスはいつも不安定です。でも、どちらも満点は取れなくとも、何とか及第点を取れるようなバランスを意識しています。
-本郷先生の考える、バランスを保つための秘訣は。
当たり前かもしれませんが、周りに助けてもらうことです。すべて自分でやろうとせず、時には両親や医局事務の方に子守をお願いし、時には救急科に患者さんをお願いして休ませてもらう――。周囲の人の助けがあるからこそ、今もこうして子育てしながら仕事を続けられていると強く感じています。
―では、子育てしながらも仕事を続ける原動力はどこにあるのでしょうか。
わたしの原点であり生きがいである、困っている人からの求めに応えられているから。人に求められているうちはそれに応え続けたい、そう考えています。
もちろん、場合によっては自分で解決できないこともあります。でも、解決できる人を紹介したり、解決できる瞬間が来るまで寄り添い、一緒に悩み続けたりすることはできます。
特に当科には、困りごとが起こっているのにどの診療科に行っても異常が見つからず、迷った末にたどり着く患者さんがいます。そのような患者さんには「必要なときに、その都度対処しましょう」と、経過観察を続けることもあります。わたしが医師を目指したのは、人が困ったときに何でも相談できる存在になりたかったからです。患者さんが困った時こそ医師としての自分が求められていると思うので、彼らに寄り添いながら一緒に歩んでいきたいですね。
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