医学的なエビデンスをベースに、格闘技の真の強さを追求すべく「格闘技医学」というジャンルを立ち上げた、医師兼格闘家の二重作拓也氏。後編では、二重作氏を表すキーワードの中でも、特に重要となる格闘技医学について、誕生の経緯から今後の展望まで、幅広くお話を伺いました。(取材日:2019年2月6日)
格闘技は「戦場の医学」に近い考え方
――診療科目をリハビリ科にした理由を教えてください。
最初に選んだのは整形外科でしたが、スポーツドクターとしてのスキルを得たかったので、運動器だけでなく、全科的なスポーツ全般のリスクに対応できるようになりたいと考え、リハビリに興味をもちました。スポーツの患者さんを元のフィールドに復帰させるのはもちろんですが、当時は「これで自分もさらに強くなれる!」という気持ちもあって――。医師が診療科を選ぶ動機としては、かなり珍しいと思います。
――当時、スポーツ医学は比較的新しい分野だったかと思います。
そうですね。メディカルトレーナーの父もそうでしたが、当時医療が関わるスポーツは球技などのメジャーな分野が大半で、大学で学んだスポーツ医学の時間も非常に限られていました。格闘技に関する医学はほぼ皆無の状態でしたが、これは競技の特殊性も大きいと思われます。たとえば、野球の試合で頭にボールが当たって選手が倒れたら、試合を中断して救護しますよね。一般のスポーツにおいて身体的負傷はアクシデントですが、格闘技はそうではありません。格闘技で倒れるのはアクシデントではなく日常。しかもそこで「痛い!」と止まった次の瞬間には、攻撃が飛んでくる。「痛みを痛みとして捉えること」が、格闘技では敗因となります。突き詰めていうと、野球やサッカーはパフォーマンスの向上を最大の目的としますが、格闘技の場合は、パンチや蹴り、締め技等によるダメージを極力受けないことになります。これが至上の命題であり、最大の才能といえます。アクシデントとなるダメージが前提の競技という点も、ノーコンタクトのスポーツには理解しがたい部分かも知れません。少なくともよく知られるスポーツ医学の論理――「安全な場所を前提とした医学」だけでは絶対に足りない部分がありました。そういう意味では、戦場の医学に少し近いかもしれませんね。
格闘技と医学を融合した「格闘技医学」
――そこで生み出されたのが、格闘技と医学を融合した「格闘技医学」なんですね。
仰る通りです。最初の入口は、あくまでも自分が強くなるために相手をいかに倒すかでした。骨や筋肉、関節、あるいは脳の構造ほか、さまざまな人体の特徴をもとに、どのタイミングでどの部位を、どんな角度で攻撃すればKO率が上がるか、などのテーマを知恵を出し合いながら研究していきました。そして、医学的な背景をもとに倒し方を真剣に考察するほどに、倒されない方法が見えてきたんです。格闘家であれば倒す技術は身に着きます。空手家でも医師でもある自分は、倒す技術と知識が得られたことで、倒されない方法、つまり格闘家の安全・健康面を守る手段も深く理解することができました。
強さと危険は表裏一体。稽古や練習試合など強くなるための過程で、不慮のけがを負うこともあります。私自身、医師になって3年目、既に決まっていた2回目の全日本ウエイト制大会に向けての練習中、けがをしてしまったことがありました。その日のために何年も練習し、夢にまで見た晴れ舞台に立てなかった当時の心境は、選手生命を絶たれたほどのショックでした。そのとき、同じように悔しい思いをしている人はまだたくさんいるだろうと、すぐにインターネットでホームページを立ち上げ、格闘技実践者向けの無料相談を始めたんです。この経験が真の意味での強くなるための医学、つまり格闘技医学の土台になっていると思います。
――格闘技医学が活かされている現場には、具体的にどのようなものがありますか。
個人の技術面での上達については、試合のセコンドについた際など何度も目の当たりにしています。医学的な観点でいうと、プロレスラーの方のメディカルチェックを担当させていただいています。お亡くなりになった三沢光晴選手もそうですが、プロレス界では事故が多く、いかに選手を守るかは団体の存続にもかかわる大きな課題です。
具体的には、脳のCT撮影や頸椎のチェック、血液検査、高次脳検査など格闘家にとって必要不可欠な検査項目を行っています。なかでも、高次脳検査は特に重要です。格闘技につきもののパンチドランカーは、初期は明確な症状が現れにくく、CTを撮っても病変がわかりにくいため多くの例が見過ごされています。また身体を破壊する日常を送るため、20代での痛風や外傷性横紋筋融解症からの腎機能障害、それに子供の心臓震とうや血液感染の問題まで、格闘技の現場と医療現場がリンクした形で解決せねばならない問題が山積しています。このような状況を変えていくには、情報共有が先決だということで、twitterやfacebookなどのSNS、専門誌での連載、著作などでも情報発信を続けています。医療の現場と並行して格闘技全般における意識や練習環境が変われば、みんなもっと安全に、もっと強くなれると考えています。今後も解決すべきミッションにチャレンジし続けていきたいですね。
“理想的な医師像”に縛られ続けなくていい
――格闘技医学で海外にも招聘されるなど、ご多忙かと思いますが、現在の先生の働き方についてお聞かせください。
常勤医として埼玉県ふじみ野市にある富家病院のリハビリテーション科で回復期病棟をメインに、外来も担当しています。木曜日は勤務後に、自宅のスタジオで格闘技医学トレーニングに時間を費やしています。週末は、セミナーやイベントに伺ったり、執筆活動を行ったり、海外遠征にあてたり、と流動的ですね。ですが、やはり家庭あっての活動ですので、極力、家族との時間を過ごすようにしています。
――富家病院は、さまざまな取り組みで全国的にも有名ですね。
当院で働きたいと思った動機の1つが「されたい医療、されたい看護、されたい介護。」という病院の理念への共感でした。この考えのもと、重度慢性期医療に携わっているからこそ、いくつもの先進的で画期的な取り組みがなされているんだと思います。
たとえば、当院が取り組む『ナラティブホスピタル』。簡単にいうと「病気の現在」だけを切り取るのではなく、「病気も含めた患者さんのこれまでの人生丸ごと」を、家族や医療従事者など患者さんにかかわる全員が共有した状態で医療提供を進める取り組みです。「患者さんの人生」という物語を知ることで、患者さんはもちろん、病気に対しても、より深い共感・理解が生まれます。それに伴い、患者さんが受けたいケアを提供することで治療やリハビリの効果が上がっていく――。そうした光景が日常的である環境で働けることは、一医師として大いに刺激を受けるとともに、病院の一員として大変誇りに思っています。
幅広い層の患者さんと接することで、多角的な視点が養われると考えています。そしてそれは、医師として働くうえで大切なことだとも思っています。スポーツ医療に特化することは、スポーツドクターの専門性が高まる反面、医師としての守備範囲が狭くなるマイナス面も抱えています。私が「格闘技ドクター」として認知いただいているのは、あくまでも格闘技・武道のエリアであって、実際に格闘技選手だけを診ているわけではありません。結果的に、あらゆる年齢層と関われるのは、非常に大きなメリットになっていると実感しています。
――最後に、「二足のわらじ」に興味を持つ医師へのメッセージをお願いします。
私にとって医者と格闘家は二足のわらじではなく、右の靴と左の靴という感覚です。両方なかったら歩けません。私にとっては当たり前に必要なものなんです。その上で思うのが、本来人間は多面的な存在であるということ。たとえば医師として働いている自分と、父親として子供たちと遊んでいる自分、好きなミュージシャンのライブを観ている自分は、明らかに自分の違う面が出てきます。環境に応じた自分があるので、それを認めると面白いですよ!とお伝えしたいですね。いろんな自分を自ら否定して、古くからの“理想的な医師像”という固定観念に押し込めることで、大きな可能性やチャンスを放棄してしまうことはないでしょうか。私の場合は、格闘技医学でしたが、どんな分野であっても、そこに踏み出す際、人間相手のプロフェッショナル=医師であることは、必ず武器となります。そのコミュニティのみなさんに新たな価値をもたらすことができると確信しています。
従来の価値観に とらわれない働き方をしたい先生へ
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