脳神経外科医の安部欣博(あべ・よしひろ)先生は、医師免許のみならず獣医師免許も所持しており、動物の脳神経外科医としても働いています。そのキャリアの原点は、獣医学部時代に知った“ある現実”をどうにかしたいという強い思いでした。(取材日:2020年9月7日)
動物の脳神経外科を学ぶために医学部へ
——まず、獣医学部に進もうと思った理由から教えていただけますか。
手に職をつけたかったので、資格が取れる学部を探しました。祖父が獣医師だったので、その仕事に親近感があり、獣医学部に進みました。獣医学部の学生の時、ある動物病院で実習をしていると、電車にはねられたシーズーが入院してきました。頭の外傷がありましたが、処置は点滴だけでした。1週間犬舎の中をぐるぐる回っていて、明らかな神経症状がありましたが、頭に対する治療は行われず、結局安楽死されてしまいました。どうにかする手立てはないのか、と強く思いました。
私が卒業するころ、獣医学の世界で、動物の脳神経外科的な知識を学ぼうとしても、知見が積み上がっていないので大変難しい状態でした。当時妹が獨協医科大学の医学生だったこともあり、「動物の脳神経外科」という誰もやっていない分野に進むなら、ヒトのほうに行かないと駄目だろうと必然的に思い、今に至ります。
——獣医学部卒業後、すぐに医学部に編入されたのでしょうか。
編入ではなく、一般受験で医学部に入りました。ご存知かと思いますが、医学部編入試験は定員4~5人の枠に数百人が応募する試験なので、倍率が非常に高い。宝くじに当たるようなものでした。実際に獣医学部卒業時、いくつか編入試験を受けましたが、すべて落ちています。1年で受からなかったら諦めようと決めて、受験勉強に専念し、獨協医科大学医学部に合格して妹の後輩となりました。入学後、すぐ脳外科の教授に挨拶に行って、1年生のときから脳外科に出入りしていました。
——医学部に入ってから、獣医学部で学んだことがアドバンテージになったご経験はありましたか。
基礎的な知識はすでに学んでいたので、入ってしばらくは勉強しなくてもトップに近い成績でした。授業中、先生に「それ違いますよ」と指摘したこともあります(笑)。同級生は9歳くらい年下でしたから、みんなスポンジのように知識を吸収していくんです。なので、アドバンテージがあったのは最初のうちだけで、同級生との差はあっという間に縮まりました。
学生生活は獣医学部時代に十分満喫したので、医学部では、授業が終わってから動物病院でアルバイトをしていました。平日は夕方から21時まで、土日もずっと働いていました。
動物病院での獣医師の仕事は全ての科を診るので、医学部の授業で各科の専門の先生たちが講義してくれることが楽しくてしょうがなかったです。日中学校で学んだことを夕方から動物病院で実践すると、患畜たちがすごく良くなるんです。動物病院で迷った症例は、翌日、授業が終わってから先生に質問しに行きました。専門の知識をもって治療するのはすごいことだなと、実感しました。
初期研修初日に腹腔穿刺!
——医学部卒業後の進路について教えてください。
母校である獨協の脳神経外科医局に入ることは決めていたので、初期研修は外病院で受けようと思い、足利赤十字病院に行きました。初期研修の初日、午前中のガイダンスが終わると突然内科の先生に呼び出されて、人手が足りないから患者さんの腹水を抜くように言われたんです。聞くと、私が獣医師ということが既に伝わっていたようで──。フィラリアの犬に対してはよく行っている手技だったので、同じようにしたら無事抜けました。獣医師をやっていてよかったとも思いました。
——研修中も獣医師の仕事をしていたのですか。
初期研修中は土日に動物病院で働いていましたが、後期研修で獨協の医局に入局してからは忙しすぎて、全くできませんでした。なので、獣医師としては働かずに、ヒトの脳外科に専念しました。年間800例以上の手術を行う施設で、馬車馬のように働き、卒後6年で脳神経外科専門医を取ることができました。
最新の知見の下、高度な技術で治療を行う脳外科。一方で獣医師の世界は……
——動物を診る時間がなくなっても、「動物の脳神経外科分野をやりたい」という気持ちはぶれなかったのでしょうか。
全くぶれませんでした。私は、陶芸家の父親の影響で「他人と同じことをしても面白くない」という気持ちが強いんです。獨協の医局にもすごい先生が何人もいて──例えば脳血管障害専門の河本俊介先生は毎度毎度“神の手”のような手術をするんです。そういう先生を見ていると、「自分はこの世界じゃなくてもいいのではないか」といつも打ちひしがれていました。
一方で、獣医師の脳外科の世界は、医師のように訓練された人がほとんどいません。教育を受けて、確固たる知識がある上で治療を行っているケースは、残念ながら多いとは言えない状況です。ならば、教育を受けた自分がやらなければと、さらに強く思うようになりました。
——脳神経外科専門医を取得されてから、当初の目標であった動物の脳外科も再開してヒトと動物の臨床を行っていますが、どちらかに絞らないのはなぜですか。
ヒトの医療に従事していなければ、日進月歩で進んでいく知識も技術も下がってしまう危機感があるからです。いまは医局から出向して、1人部長として働いていますが、各症例について、必ず医局の先生たちに相談しています。大きな手術などは、必ず上司とともに入り、指導を受け、ときには怒られたりしながら日々鍛錬を継続しています。
ヒトの医療で終わりのない鍛錬を日々行うことではじめて、動物の方でしっかり仕事をすることができるのではないかと私は思っています。ヒトの医療の世界では、私たち専門医が何かミスを犯したとなれば、二度と信頼されません。獣医の世界でも、そういう世界で仕事ができなければいけないと思い、ヒトと動物、両方の臨床をしています。
——中編では、現在のワークスタイルや、医師と獣医師の違いについて、お伺いします。
従来の価値観に とらわれない働き方をしたい先生へ
先生の「やりたい」を叶えるためには、従来の働き方のままでは難しいとお悩みではありませんか。
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