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医師と獣医師の世界「常識が違う」―医師と二足のわらじvol.20(中編)

2020年10月8日

ヒトと動物の脳神経外科医として、オンリーワンのキャリアを構築している安部欣博(あべ・よしひろ)先生。医局時代、脳神経外科専門医を取得後、動物の脳外科手術も並行して行うようになった現在のワークスタイルのお話に加え、医師・獣医師、どちらの世界も知っている先生が抱いている問題意識について伺いました。(取材日:2020年9月7日)

日中はヒト、平日夜間と週末に動物を診る安部先生(写真提供:安部先生)

「この腫瘍、どういうアプローチで取ったらいいんでしょうか? 犬なんですけど」

——現在はヒトと動物、どちらの臨床時間の方が多いのでしょうか。

8~9割くらいはヒトの臨床なので、圧倒的にヒトの方が多いです。基本的に、日中はヒトを診て、平日夜間と週末に動物を診ています。

動物の手術は今まで120件以上行っており、平均すると月2~3件ほど。診察する患畜は、全例手術というわけではありません。てんかん発作のコントロール、MRI検査をするかどうかの説明、飼い主さんがセカンドオピニオンを求めてMRI画像を持って来るといったケースもあります。

——医師と獣医師の仕事で、双方に影響していることはありますか。

仕事の主体はヒトの医療なのですが、心の主体が動物になっているようで、どのように合併症なく動物の腫瘍を摘出できるか日々悩んでおり、よく医局員に相談しています。普段ヒトの手術の時には、「安部君これは犬じゃないんだよ!」と私をたしなめている脳腫瘍専門の植木敬介先生に、「この腫瘍、どういうアプローチで取ったらいいんでしょうか。犬なんですけど」と相談すると、意外と親身に教えてくれてありがたいです。

現在勤務している上都賀総合病院のスタッフからも、ペットの医療相談をされたりしますし、私としては比較的円滑に仕事ができていると思っています。

獣医師から言われた、「犬はヒトとは違いますから」

——獣医師の先生方の中では、ご自身はどのような存在だとお考えですか。

医師であることをあまりよく思っていない人もいると思います。獣医分野で学会発表をするときなどに、医学的に質問の意味がよく分からない厳しいことを言われることはあります。何とか医学的に質問に答えると、いつも最終的には「犬はヒトとは違いますから」とよく言われます。私はヒトも犬も両方診ているし、どちらの手術もします。双方の違いは、おそらく私の方が分かっていると思います。ただ、その話をしても建設的ではないので、医学的によく分からない質問でも、一つ一つ理論立てて説明するよう心がけます。会場にいる若い獣医さんたちに少しでも理解してくれる人がいて、そのような人たちが、今後の獣医脳神経外科を進歩させていってくれれば、と希望をもってお話しします。理論立てて説明することは医局のカンファレンスで散々訓練してきたので、そういう意味では、医師業のいい影響が獣医師の方に作用しているかもしれません。

両方の世界を見ている私にとって、獣医師の世界は、医師に比べて非常に閉鎖的だと感じます。基本的に、個人病院で成り立っており、全ての科を1人で診るという特性が、専門領域に特化した横のつながりを薄くしている背景があるからかもしれません。

症例を個人病院で完結してしまおうとすれば、医療レベルは必然的に低くなりますし、新しいものが入ってくることに強い抵抗感が生まれてくるのではないかと思います。

したがって、私のような新しいキャリアの人間に強い抵抗を示すのは、当然のことかもしれませんが、若い獣医さん達には比較的受け入れてもらえている感触もあります。

手術すれば元気になるのに、飼い主さんが治療を拒否する背景

犬の手術時(写真提供:安部先生)

——日本全国の動物病院で手術されていますが、後進育成はされているのでしょうか。

いつでも来てもらえれば、なんでも教える気でいますが、あまり来てくれません。私の動物の脳外科手術は長いと11時間くらいかかる苦行ですし、症例もたくさんあるわけではないので、現状では動物の脳外科専門になってもおそらく食べていけないと思います。需要が少ない一番の理由は、治療費にあると思います。ヒトと違って、動物の治療費は飼い主さんの全額負担となります。100万円を超えるような脳腫瘍の治療費を、全額負担できる飼い主さんは多くはないのが現状です。もう少し安くなれば、需要が増えるのではないかと思います。

——費用的な問題がクリアできれば、助かる動物は増えるとお考えですか。

そう思います。ヒトだって、クモ膜下出血の患者さんに開頭クリッピング術を行うとき、100万円以上の手術費用を全額払ってくださいと言ったら、おそらくかなりの家族が考え込むのではないでしょうか。日本の医療保険はとてもありがたいですし、費用ってとても大事なんです。

実はてんかん発作は、ヒトよりも犬猫の方が2倍ほど発生率が高いといわれています。また、犬猫の脳腫瘍の初発症状の多くはてんかん発作です。したがって、犬猫の脳腫瘍発生率はおそらくヒトよりも多いと考えられます。

ただ、てんかん発作があっても、全身麻酔を必要とするMRI検査をしないということで、診断に至らないケースも数多くあります。さらに、検査をして脳腫瘍と診断されても、かかりつけの獣医さんが治療という選択肢を示すことなく「もう助かりません」と言ってしまい、私のところまで至らないケースも少なくありません。このように、どんどん対象が減っていく状況の中で、たとえ私のところに至ったとしても、治療費が高いという理由で、治療しない方針となることも多くあります。

取りやすい位置にある脳腫瘍で、「この位置なら合併症も起きにくく、取ってしまえば麻痺も治るし、けいれん発作もおさまるし、おそらく良性だから1回取ってしまえば元気になりますよ」と説明しても、飼い主さんに「取らなくていいです」と言われたら、仕方がありません。心の中では「費用は要らないから取らせてほしい」と思うこともあります。

最初に私が犬のグリオーマに対して開頭腫瘍摘出術をしたとき、その病院の獣医師の先生たちに「犬の開頭手術をしたら死ぬと思っていた」と言われました。もちろん、私はヒトの脳神経外科と同じように開頭して、静脈を温存し、運動野を避けてグリオーマを摘出し、その犬は元気に走って退院していきました。

以来、その病院で現在まで症例を重ね、今では「犬の開頭手術をしたら死ぬ」ということを言う先生たちはいなくなりました。結局は、地道に症例を積み重ねて、実際に見せていかないと信頼を得ることは難しいということだと思います。今でも、町の獣医師さんたちは、犬の開頭手術なんて無理だと思っている先生が多く、まずは地道に信頼を得ることに従事し、その意識から変えていく必要があると考えています。

——後編では、ヒトと動物の医療の差、先生の今後のキャリアプランについてお伺いします。

安部欣博
(あべ よしひろ)
上都賀総合病院 脳神経外科 部長、安部どうぶつ脳神経外科クリニック 院長

1999年酪農学園大学獣医学部獣医学科卒業、2006年獨協医科大学医学部卒業。足利赤十字病院での初期臨床研修修了後、獨協医科大学脳神経外科に入局。2015年から現職。2012年脳神経外科専門医取得、2017年博士号(医学)取得。動物の脳神経外科医として、日本小動物医療センター(埼玉県)、近畿動物医療研修センター附属病院(大阪府)、仙台動物医療センター(宮城県)など、全国の動物病院に招聘されて手術を行っている。家族は獣医師の妻と2人の子どもと猫。

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