1. m3.comトップ
  2. キャリアデザインラボ
  3. キャリア事例
  4. 事例
  5. 「1年寄り道したっていい」女医のわたしが子連れで高知に単身赴任する理由 ―桐谷知美氏(東京医療センター)
事例

「1年寄り道したっていい」女医のわたしが子連れで高知に単身赴任する理由 ―桐谷知美氏(東京医療センター)

2018年3月12日

理想とする医師像に近づくため、子どもを連れて1年間、高知県宿毛市への単身赴任を決めた桐谷知美氏。その背景には、自身の苦い経験と周囲の後押しがありました。これまで東京都内の急性期病院に勤務してきた桐谷氏が、地域医療に飛び込むことを決意した経緯を取材しました。(取材日:2018年1月13日)

急性期病院から一転、高知県最西端の病院へ

―これまでの経歴を教えてください。

「何かあったら最初に相談されるような医師になりたい」と思い、千葉大学を卒業後、国立国際医療研究センターで初期研修を修了し、後期研修は東京医療センターで総合内科を専攻しました。途中、出産のため産前・産後休業、育児休業を取得したので10カ月のブランクがありましたが、2018年3月に後期研修を修了予定です。

これまで6年間は急性期病院での勤務でしたが、4月からは一転、1年間限定で高知県の最西端に位置する宿毛市の大井田病院で、内科医として勤務しながら、皮膚科や耳鼻咽頭科などマイナー科を診るスキルも積むことになっています。

―高知県での勤務を決意した理由とは。

やりたい医療のために、必要なスキルを集中して学べる環境だと感じたためです。

わたしは将来、夫の職場がある埼玉県で、在宅診療も含め、地域に根差した医療に携わっていきたいと考えています。自分の診療範囲が広ければ広いほど、患者さんのメリットにつながるので、内科だけではなく、他科の知識も身に付けたいと思ったのです。しかし、都市部では、マイナー科を学ぶために数カ月間だけ勤務するというのは難しいこと。なぜなら、それぞれの科を専門にしたい先生方が集まっているからです。一方、都市部から離れた地域では、内科医として戦力になりながらも、それ以外の診療科を診なければいけない環境があり、マイナー科の知識を身に付けていけるのではないかと考えていました。

そんな時に、医師募集のお知らせが来る総合診療科医が参加しているメーリングリストで、1年間限定で離島・へき地の病院に勤務し、へき地・離島で活躍できる医師を育成する研修プログラムの案内が流れてきたのです。一般的に、離島・へき地勤務を躊躇する理由として、「モチベーションを保てるか」、「フィードバックをもらいながら、自己流でないスキルアップが図れるか」などが挙げられるかと思います。しかし、その研修プログラムでは、勤務先の病院に指導してくださる医師がいるためフィードバックをもらうことができ、診療以外のことも相談できる環境があると記されていました。

決め手は夫の一言

―そのメーリングリストを見て、すぐに「行きたい!」と思ったのですか。

行けたらいいなという気持ちはありましたが、実際に自分が行って働けるとは思ってもいませんでした。家庭のことを考えると、夫は会社員で勤務地を変えることが難しく、1歳になる子どももいたからです。メールマガジンを見た時、夫には「遠い地域だけど、こんなプログラムがあるんだって。参加できたらいいけど、実際には厳しいよね」と、軽い口調で伝えた程度だったんです。

ところが、夫からは「自由が利く医師という職業に就いていて、受けたい研修を受けられるチャンスがあるなら、経験を積んでくればいいじゃないか。むしろなんで行かないの」という反応が返ってきたのです。実母にも意志を伝えると、宿毛市まで一緒に行って子どもの世話などをサポートしてくれると言ってくれて―。周囲の強い後押しのおかげで、子どもを連れて単身赴任する形で、研修プログラムを受けることを決意できました。

―周囲の後押しがあったとはいえ、大きな決断をされましたね。

そうですね。やりたい医療を実現するためでもありますが、過去に悔しい思いをした経験も気持ちを後押ししてくれたように思います。

後期研修の一環で、半年間、埼玉県にある病院で地域研修をしたことがありました。その期間中に、施設への定期診療や在宅診療を経験する機会があったのです。まだ医師年数は浅かったものの、急性期病院で内科医としての経験を積み、内科のメジャーな疾患はある程度診られる自信がついてきた頃でした。ところが、いざ在宅診療に行くと、全く通用しなかったのです。目の前の患者さんの状態は保存療法でいいのか、専門医に紹介した方がいいのか、専門医にはどのタイミングで紹介すべきなのか、自分だけで判断することが難しくて-。
“医療”という同じ枠組みですが、急性期と慢性期では全く違うこと、今まではとても守られた環境だったことを痛感しました。在宅医療はある意味、わたし一人の判断で決まっていくもの。その責任を負っていくほどの実力がないと思い知らされたのです。東埼玉病院で半年の研修を終え、うなだれながら東京医療センターに戻りました。

一方で、実力が不十分なわたしでも「先生に診てもらえてよかった」と言ってくださる患者さんもいました。そんな言葉をかけてくださる方がいると喜びもひとしおで、この経験から、内科をベースに他科にも診療範囲を広げたいと思うようになっていったのです。

1年くらい寄り道したっていい

―2018年4月に向けて、今の心境はどうですか。

このようなキャリアを歩んでいる先輩は周囲にいないので、この先のキャリアが見えず、不安も大きいです。それに、地域医療に飛び込む方は、勢いとパッションがある医師というイメージがあるので、わたしでも務まるのかという思いもあります。

今までは、「この専門領域に進みたいから2年間はこの病院に行って、その後は違う病院に何年勤めて、専門医を取ってこうしていきたい」と、いかに最短で目標達成するかを考えて行動していました。周囲の医師たちが専門領域を高めていこうとしている最中、わたしはあえてその路線から外れて、さまざまな診療科目の勉強をしようとしています。この選択が役に立ったと思えるのか、遠回りになったと思うのかは、遠い将来にならないとわからないことです。高知行きを決めたものの、本当にこの選択をしてよかったのかと思い悩むこともありました。
しかし最近は、「長い人生、その中の1年間でちょっと寄り道してみたり、専門医を取るのが遅れたりしてもいいのではないか」と思えるようになりましたね。不安な気持ちはありますが、少しワクワクする気持ちも出てきました。

―1年間高知で働いた後は、どのようなキャリアを歩みたいと思っていますか。

勤務先が決まっていないので、今後のキャリアは全く未定です。緩和ケアの勉強もしたいと思っているので、すぐに家庭医のような仕事をするかはわかりません。患者さんにより多くのメリットを提供できるようになることが目標なので、診療範囲を広げるためにできることをしていきながら、最終的には在宅医療に携わりたいと思っています。人生は長いですから、少しずつ着実に、理想の医師像に近づいていきたいですね。

地域医療にご興味のある先生へ

各地で奮闘する先生お一人おひとりのご活躍によって、日本の医療は支えられています。
この記事をお読みになって、もしも「地方での勤務に興味はあるが、なかなか踏み出せない」とお考えでしたら、一度コンサルタントにご相談いただけないでしょうか。

先生のご懸念やご事情を伺った上で、地方の実情や待遇、サポート体制など正直にお伝えし、前向きな気持ちで次のキャリアに踏み出せるように最大限のご支援をしたいと考えております

先生の決断が、地域を、医療を変えるかもしれません。新天地でのご勤務・転職をお考えでしたら、ぜひお問い合わせください。

【記事特集】医師の転職カルテ
キャリアの悩みに、コンサルタントが答えました


・いつ、どうやって転職したらいいのかわからない
・新たな環境で働きたいが、不安
・育児や介護、持病との両立はできる?

【詳しくはこちらから】

この記事の関連記事

  • 事例

    1年限定のつもりが…在宅診療所で院長を続ける理由

    千葉県鎌ケ谷市にある「くぬぎ山ファミリークリニック」の院長・細田亮(ほそだ・とおる)先生は、2015年、1年間限定のつもりで同クリニックの院長を引き受けました。ところが、院長のまま6年目を迎え、現在はクリニックの新築移転も計画中です。今もなお院長を続ける理由とは――?

  • 事例

    医学生から育児を両立して約10年… 支えとなった言葉

    二人のお子さんが就学し、育児から少し手が離れてきた林安奈先生。現在は、クリニックや大学病院での診療のほか、産業医業務にも注力されています。今日に至るまで、さまざまな壁を乗り越えてきた林先生の支えとなったのは家族の存在、そして、ある医師に言われた言葉でした。

  • 事例

    専門資格取得で立ちはだかった「小学校の壁」

    学生時代に第1子をもうけた林安奈先生は、研修医時代に第2子を出産されました。幼い子ども2人を育てながらの研修は困難を極めましたが、子育てと並行して精神保健指定医と専門医も取得しています。周囲のサポート状況や、ご自身のモチベーションの保ち方などを伺いました。

  • 事例

    「学生時代に結婚・出産」から始めた医師キャリア

    女性医師のキャリア形成において、結婚や出産は重大テーマです。医師として経験を重ねる時期と子育ての時期は重なりがちで、そこに「キャリアの壁」を感じるケースは少なくありません。林安奈先生は大学在学中に結婚・出産を経験し、学業や仕事と子育てを両立してきました。約10年前の当時を振り返りながら、子どもから少し手が離れた今だから思うことについて語っていただきました。

  • 事例

    医師の夢“ちょっと医学に詳しい近所のおばさん”――吉住直子氏(JCHOうつのみや病院)・後編

    医師としてフルタイムで働きつつ、地域での社会活動にも尽力している吉住氏。「幅広い世代が集まる場所」をつくろうと、奮闘しています。なぜ、忙しい時間を縫って社会活動をするのか。どのような医師を目指しているのかを伺いました。

  • 事例

    元ヘルパー医師が考える、引き算の医療―吉住直子氏(JCHOうつのみや病院)・中編

    臨床検査技師や介護ヘルパーを経て、呼吸器内科医となった吉住直子氏。研修先や診療科を選ぶ際は、常に「理想的な高齢者医療」を念頭においていました。実際に診療を始めると、前職の経験がプラスに作用することがあるとか。また、以前は見えなかった新しい課題も浮き彫りになってきたと語ります。

  • 事例

    2つの職を経た女医が、介護にこだわる理由―吉住直子氏(JCHOうつのみや病院)・前編

    「ちょっと医学に詳しい近所のおばさんを目指している」と朗らかに話すのは、医師の吉住直子氏です。医学部に入るまでは、臨床検査技師や介護ヘルパーの仕事をしていて、介護現場に立つうちに医師になろうと決意しました。どのような思いで、医師というキャリアを選んだのでしょうか。インタビューを3回に分けてお届けします。

  • 事例

    南海トラフ巨大地震に備えて、医師にできること ――森本真之助氏(三重県 紀南病院)

    森本氏は専門医取得を目指すことに加え、「災害に強いまちづくり」の活動をさらに広げています。診療にとどまらず、地域の大きな課題に取り組む森本氏に、これまでのキャリアと活動を伺いました。

  • 事例

    時短勤務を考える男性医師に伝えたいこと―パパ医師の時短勤務(2)

    妻の後期研修を機に、2015年から3年間、短時間勤務を経験した亀田ファミリークリニック館山の岩間秀幸先生。育児や家事の責任を担ったことで、医師としての視野や想像力が広がったといいます。互いのキャリアを考え、交代で時短勤務をする選択をした岩間先生夫妻。「育児・家事のメインは女性」という意識がいまだ根強い日本で、時短勤務を検討したい男性医師へのアドバイスを聞きました。

  • 事例

    妻の専門医取得に向け主夫に―パパ医師の時短勤務(1)

    亀田ファミリークリニック館山で家庭医診療科の医長を務める、岩間秀幸先生。2014年4月からの3年間、医師である妻が後期研修に専念できるように、時短勤務をしながら、家庭で育児や家事を担いました。男性医師が時短勤務をするのは職場では初めてだったそうですが、上司や同僚、患者の理解はどのように得たのでしょうか。また、時間に制約がある中で職場への貢献度を高めるために意識したことは何でしょうか。

  • 人気記事ランキング