2017年4月、東京都昭島市に、国内では珍しいフットケア専門の訪問診療所を開業した木下幹雄氏。これまで杏林大学医学部付属病院、東京西徳洲会病院にも、難治性潰瘍のフットケア外来を立ち上げてきた木下氏には、形成外科医として地域で実現したいことがあります。(取材日:2017年12月25日)
フットケア外来の立ち上げ
―「フットケア」とは、具体的にどのようなことをするのでしょうか。
糖尿病性足病変や動脈疾患のある患者さんは、ちょっとした傷から壊疽になり、下肢切断に至ってしまう場合があります。そのような患者さんの足病変を早期発見・早期治療することを目指しているのがフットケアです。ただ、糖尿病性足病変の場合、糖尿病代謝内科、血の巡りが悪ければ循環器内科や血管外科と一緒に治療を進めていく必要があるため、チーム医療が求められる領域でもあります。
―フットケアを専門にするようになった経緯を教えてください。
フットケアに取り組むようになったのは、杏林大学の教授を務めていた大学時代の恩師から「うちに来ないか」と声をかけていただき、杏林大学医学部附属病院に赴任したことがきっかけです。
杏林大学医学部附属病院では当時、褥瘡などの難治性潰瘍を専門に診る医師が足りていない状況で、フットケア外来の立ち上げメンバーを求めていました。ここで4年かけてフットケア外来を立ち上げ、徐々に慢性潰瘍の治療にのめり込んでいきました。杏林大学でのフットケア外来の開設に手応えを覚えた後は、関連病院である東京西徳洲会病院の形成外科に欠員が出たことを機に、形成外科部長として東京西徳洲会病院に赴任し、こちらにもフットケア外来を立ち上げました。
フットケア専門の訪問診療が必要
―なぜ東京西徳洲会病院でもフットケア外来を立ち上げようと考えたのですか。
わたしは、「フットケアの環境が整っていない多摩地域に、しっかりとした形成外科の拠点をつくりたい」と考えていたのです。実際に立ち上げてみると、予想をはるかに超える患者さんが来院しました。
杏林大学医学部付属病院は大学病院なので広域から患者さんが来るのは当然かもしれませんが、印象的だったのは、東京西徳洲会病院は民間の総合病院にもかかわらず、フットケア外来に大学病院と同じくらいの患者数が来たことです。入院患者さんは常に40~50名。1日の外来で、140名以上もの足壊疽の患者さんが受診したこともありました。まさに、病院が患者さんであふれかえっているという状態でした。
患者さんをきれいに治療してご自宅に帰してあげたいのは山々ですが、足にできた傷は治療に時間を要します。特に、難治性潰瘍は一度入院治療を始めると、2~3カ月程かかってしまいます。このような足病変を持った患者さんを、全員入院させて治療することは不可能。一方で、傷が完全に治癒していない状態でご自宅に帰すと、今度は通院が困難になってしまう。さらに、外科系医師以外が訪問診療にあたる場合、傷を専門的に診て治療してもらうことが難しいケースが多い―。このジレンマを何とかできないかと考え続けた結果、フットケアを専門的に診られる医師が訪問診療をするしか解決策はないと思うようになっていきました。
―そのような思いから、TOWN訪問診療所を開設した。
そうですね。「医師が訪問診療をするしかない」と考えたとき、まずは院長と事務長に在宅部門を設立することを提案しました。訪問診療に行くことで、患者さんのご家族や訪問看護師さんに傷の処置の仕方を教えれば、ご自宅で入院時と同等の治療を続けられる。そして、病院側も入院期間の短縮、外来患者数の削減を実現できる―。みんながwin-win-winになると思いました。
しかし、大きな病院ほど、新規部門の立ち上げに時間がかかるのが難点でした。思い通りのタイミングで訪問診療を開始するには、開業するしかないと決意。半年程で準備を進め、2017年4月にTOWN訪問診療所を開設したのです。
―開業にあたり、病院側の反応はどうでしたか。
前述の通り、病床回転率が上がる、外来患者数が減ることで1人ひとりに適切な診療を行えるようになるなど、病院側としてもメリットが大きいため、開業を応援してくれました。
「開業してからも、手術の指導、病棟管理を引き続きお願いしたい」と東京西徳洲会病院から依頼をいただいていたので、現在も毎週月曜日は手術、木曜日はフットケア外来を担当しています。このことは、わたし自身にも大きなメリットがあるのです。例えば在宅で診ている患者さんの入院や手術が必要な場合、すぐに東京西徳洲会病院に要請することができます。また、急性期を過ぎた入院患者さんをすぐに退院させて、当院で診ることも可能です。このような協力体制を構築することで、シームレスに急性期から慢性期まで診ることができるので、患者さんの安心にもつながっていると思っています。
シームレスなフットケアモデルを確立したい
―TOWN訪問診療所を開設して9カ月。現在の状況について教えてください。
現在、月に約250名の患者さんを診ているので、1日の訪問数は15~16件。1年間で診る患者数を100名程度と想定していたので、こんなにも難治性潰瘍や褥瘡、足壊疽で困っている患者さんがいたことに、わたし自身とても驚きました。フットケアや褥瘡など特殊な診療になるからこそニーズがあると考えており、訪問可能範囲である半径16km圏内―三鷹市から八王子市までをしっかり訪問するようにしています。
―実際に始めてみて、苦労されたことは。
患者さんごとに、活用できるリソースが違ってくる分、治療までの過程が病院とは全く異なり、それに慣れるのに最も苦労しました。
たとえば介護度によって、介護保険適応範囲も、医療保険と介護保険をどのように使い分けるかも変わってくる。また経済的なご事情やご家族のサポート体制も異なりますので、その患者さんに最適な治療環境で治療を継続するにはどうすべきかを、ケアマネージャーや訪問看護師などコメディカルの方と一緒に考えていくことから始めていましたね。
また、在宅では使える器具もできることも限られているため、その中で診る工夫をしたり、小さな変化を見逃したりしないことが重要です。例えば、小さな傷が次の訪問診療の時に少し大きくなっている、匂いがあるなどの変化から、血流が悪くなっていないか、感染症にかかっていないかを、検査に頼らず判断しないといけません。急性期の治療が必要な場合は、病院搬送が必要です。このような判断をするためにも、これまで培ってきた医師の感覚を鋭く持って対応することに注力しています。
―今後はどのようなことを目標にされていますか。
冒頭にお話しした通り、フットケアはチーム医療です。形成外科医だけではできることが限られていますので、循環器内科や糖尿病代謝科、血管外科など他科の先生の協力が必要不可欠。このような診療科間の連携や病診連携を図り、病院に行かずとも在宅で難治性潰瘍を診られるチームで、慢性期から急性期までシームレスに診られる体制を強化していきたいですね。他の地域に展開するためにも、まずはこの地域でモデルケースをつくることが目下の目標です。診療範囲をさらに広げるためにも、サテライト診療所を2~3拠点増やしたいですね。形成外科医で難治性潰瘍を専門に診ている医師は、あまり多くありません。わたしのように、フットケアを専門に診ている形成外科医が地域貢献できることを示していければ、似たようなことをやりたいと思う若手医師が出てくるのではないかと思っています。そのためにも、訪問診療での実績もきちんと残していきたいですね。
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