緩和ケア医の田所園子先生は、周囲が持つ“明るい田所先生”のキャラクターイメージを崩したくないとの思いから、子宮頸がんの患者であることを周囲に隠し、再発への恐怖や不安に蓋をしていた時期がありました。前編では、当時の苦しみと複雑な心境に迫ります。(取材日:2019年6月10日)
仕事の比重を増やそうと思った矢先に、がん発覚
——先生は、大学卒業後は、麻酔科医として働かれていたそうですね。
高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業後は麻酔科医局に入局し、高知赤十字病院の救命救急センターに勤務していました。医局入局と同時に結婚し、ハードワークをこなしていましたが、妊娠・出産を機に退局。その後は、育児中心の生活を送るために勤務時間をセーブして、個人病院で非常勤医師として勤めていました。その病院では当初、麻酔科医として手術に携わっていましたが、次第に手術自体の実施が減り、麻酔に携わる機会も少なくなっていって――。そのぶん、内科や縫合、ペインクリニックに関わることが増え、系列の老健施設も担当するようになりました。それでも、麻酔の経験を積んでいきたいという思いが強かったので、普段の仕事とは別に、大学病院で研修生として無給で働かせてもらう働き方をしていました。
——子育て中心の生活をしながらも、麻酔科医としてのキャリアを絶やさないよう、ワークライフバランスを取っていたのですね。
三人の子どもたちが全員小学生になった時、子どもから仕事中心の生活に徐々にシフトして、麻酔科医の比重を増やしていこうと考えていたんです。子宮頸がんに罹患したのは、ちょうどその時でした。41歳になった2010年10月に受けたがん検診で子宮への炎症が疑われて、精密検査を実施。その後の検査でも異常が認められ、12月には円錐切除術を行いました。その結果、腺がんで悪性度が高いことが判明。翌年1月に、広汎子宮全摘出術の実施に至りました。
——術後の経過は、いかがでしたか。
おかげさまで、周囲が驚く回復ぶりでした。術後のリハビリで院内を歩く私の姿を見た婦人科の先生からは「あれ、手術終わったよね?」と言われたほど(笑)。ただ、手術の影響で尿意は失われました。排尿訓練は本当に辛かったですが、入院中にクリアできて安心しました。術後の病理検査の結果も全て“真っ白”(良好)で、教授や執刀医にも「珍しく、幸運なことだ」と褒められ、自分でも治ったつもりでいました。
しかし、1カ月後の検診結果では、異形成が認められたため、一転して“グレー”。それを聞いた時、主治医の前で初めて大泣きしました。「グレーと言っても真っ白ではないだけで、治療の必要は全然ない」と言われたものの、「全て終わったんじゃなかったの?これ以上まだあるの?」と、どこか裏切られたような気持ちを抱きました。そして、がんというのは決して簡単な病気ではないことを思い知らされましたね。
患者さんの「再発」という一言に衝撃を受けた
——子宮頸がんであることは、職場の方には伝えていたのですか。
病院長と看護師長、それと仲良しの看護師の3人だけに伝えました。12月の円錐切除術の時は、直ちに仕事に戻りましたし、1月の広汎子宮全摘出術の際も、表向きは「長女の中学受験に専念するため」という理由でお休みをいただき、職場には術後2カ月足らずで復帰しました。ただ、後遺症のリンパ浮腫があったので、麻酔科からは離れることになりました。
——術後2カ月足らずで職場復帰というのは、かなり早いですよね。
長女の中学受験を理由にしていましたし、誰にも悟られず、普通にしていたい気持ちが強かったんです。病を隠し続け、排尿障害を抱えながら、日々明るく振る舞っていました。“明るい田所先生”のイメージを守りたかったんです。一方で、辛い気持ちを誰にも言えないことに孤独を感じていました。仕事をしていれば気分転換にもなり、気持ちを切り替えられるだろうと思っていましたが、どこかで無理をしていたのでしょう。復帰から数カ月後の内科の外来診察で、ある男性患者さんが発した「再発」という一言に、精神的なショックを受けてしまったのです。
その方は肺がんを何回も再発していて、「また再発したから、しばらくここには来られないと主治医の先生に伝えといてね」と明るく言ったのです。
その言葉を聞いた瞬間、私は吐きそうになりました。
がんになった以上、再発の可能性がある──そのことを頭では理解していても、内心では“ないもの”として蓋をしていたことを思い知らされ、不安と恐怖が一気に噴き出たような感覚に陥りました。健康な自分には一生戻れないという事実を、あらためて突きつけられたことが、本当に苦しく悲しかった。医師を続ける限り、自分ががんであることを意識させられてしまう。「仕事復帰しなければよかった」とすら思いました。
——再発した患者さんの明るい口調に、「がんと付き合うこと」の現実を突き付けられたのかもしれませんね。
あの患者さんはきっと、再発したことを誰かに話したかったんだと思います。たとえそれが、薬の処方のために診察してもらう初対面の医師だったとしても。
しかし、当時の私は、自分の気持ちに向き合うことに精一杯でした。患者さんの言葉の真意や本心を察する余裕が全くなく、正直なところ「もう聞きたくない」と思ってしまったんです。なぜあの時、「頑張ってください」や「大変ですね」と患者さんを思いやる一言をかけてあげられなかったのだろう──と、今でも本当に悔やまれます。今の私だったら、もっといろんなことを聞いて、話せただろうと思いますね。
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