ステージIIIの進行性食道がんを経て、医療現場に復帰した行田泰明先生。闘病を経験したことで、緩和ケア医として持つべき視点を改めて認識できたと語ります。後編では、闘病を通じて得た新たな思いと、治療から5年経過した胸中について伺いました。(取材日:2019年3月29日)
患者さんのQOLを向上させたい
——闘病からの復帰後、医師としての心構えや行動面で何か変化はありましたか。
患者さんのQOL向上に、今まで以上にこだわるようになりました。
例えば、食事がなかなか取れない患者さんがいたとします。普通なら点滴を行う選択肢もあるかもしれませんが、それだと栄養にならないばかりか、浮腫の原因にもなります。さらに浮腫が現れたからと利尿剤を投与すれば、患者さんはトイレへ行く回数が増え、QOLが低下するかもしれません。一方で、意味がないとされる点滴も、家族や医療・介護スタッフの精神的負担を軽減する選択肢の一つとして、症状を悪化させない程度に行うのが望ましいかもしれません。
緩和ケアで大切なのは、できるだけ患者さんの希望を尊重し、一つの行為が及ぼす影響に思いを巡らせた上で、利益と不利益を十分に考慮することだと私は思います。症状を0にすることや、検査値を正常にすることばかりに意識が向いてしまうと、患者さんの気持ちを汲み取りにくくなり、患者さんとの間に信頼関係が築きにくくなってしまうのではないでしょうか。
——QOLという観点で見ると、介護面や家族も含めた協力が必要ですね。
こと在宅医療に関しては、医師、看護師、薬局、居宅介護、行政が連携を組まないと実現できません。ただ、適切に連携ができれば、独居で寝たきりであってもご自宅で過ごしてもらうことは可能です。
近年、地域包括ケアという形で、医療介護連携が進められています。介護職や訪問看護師のマンパワー不足など、課題はまだ多く残されていますが、今後環境が整備され、よりよい医療・介護が提供できるようになることを、一医療者として期待しています。
医療者にできるのは「共感」ではなく、「理解」
——治療から5年が経過しようとしています。一区切りと言えそうですか。
よく「がんは5年経ったら一区切り」と言われますが、再発への不安は5年経っても消えません。幸いにも、今のところは再発・転移もなく過ごせていますが、検査のたびに「執行猶予継続」か「死刑判決」か、という気持ちになります。再発の可能性がある以上、「無罪」はない。がんという病気は、生涯安心できない病気であることを自分が患者になって感じましたね。
——それが、がんと付き合っていくということなのでしょうか。
そうだと思います。私自身、がんサバイバーになって実感したのは「がん患者さんの笑顔の裏には、数多の涙がある」ということ。緩和ケアに携わる者として、そうした認識を持って接することが重要だと身をもって知りました。
しかし、医療者にできるのは「共感」ではなく、あくまで「理解」なんです。その理解のもとで、患者さんに寄り添って歩き、疲れたと言われたらそっと肩を差し出す。決して、おんぶしたり車に乗せたりすることではないのです。その心がけは、病気を経てさらに強くなったように思います。
がんサバイバーの医師は、復職できるのか
——先生のように、医師ががんを寛解して復職するのは難しいと思いますか。
治療の効果に大きく左右されますが、日常生活が送れる範囲内であれば、復帰は決して難しくはないと私は思います。講演活動を通じて、がんサバイバーの先生によくお会いしますし、再発・転移後も現役で働いている先生もいらっしゃいます。私の場合、退職時期と病気の発覚が偶然重なったため“医師免許を持った無職”になってしまいましたが、現在の職場で休職が可能であれば、復帰は問題なく実現できるのではないでしょうか。
——今後の展望をお聞かせください。
できる限り、現在の仕事を続けていきたいですね。在宅やホスピスを含めて、患者さんやご家族の希望に沿った医療を柔軟に提供しながら、十分な緩和ケアを施せるよう努力していきたいです。私が医師として働くうえでのモチベーションは、退院された患者さんや、亡くなられた患者さんのご家族からの感謝の言葉やお手紙、そして患者さんや家族の笑顔です。それを今まで以上に作り出すためにも、目の前のことに真摯に取り組んでいきたいですね。
仕事以外の面でいうと、メジャーリーグ観戦に継続して行くこと。というのも、術後3年目から毎年、米国シカゴへメジャーリーグ観戦に出かけているんです。今年も大谷翔平選手を観るのが目的で、長男と一緒に行く予定です。今後も観に行けるように、自分にとってちょうどいい働き方を見定めながら、医師として働き続けていきたいですね。
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