皮膚科医として、順調なキャリアを築いてきた橋爪鈴男先生。しかし、40代でパーキンソン病を発症した後、大学病院を辞すことを決意します。中編では、絶望を救った一つの言葉と仲間の支え、そして新たな治療を経て見つけた生き甲斐についてお話をうかがいました。(取材日:2020年2月20日 ※インタビューは、資料や文書による回答も交えた形式で実施しました)
病状の悪化とともに、死にたいと考えるように
——医師として第一線を退いてから始まった、お母様との同居生活はどのようなものでしたか。
身体を満足に動かせない中での家事労働は、思った以上に大変なものでした。皿洗いをするにも時間がかかり、床に就くのが深夜2時になることもしばしば。病状は段々と進行し、ついには車椅子での生活となりました。夜中になると薬の効果が切れてしまうため、起きてトイレに行くにも、床を這っていくような状態。腕の力が衰えてからは、転がりながら1時間かけて移動するようになり、力尽きて廊下で寝込んでしまったこともありました。 人間は、満足感や達成感、自らの存在価値を心の支えに生きる動物なのかもしれません。つまらないプライドや過去にこだわっていた私は、次第に心の支えと目標を失い、無力感に打ちのめされていきました。大学病院を辞めて1年半経った頃には、自分は生きる価値のない人間だ、死にたいとばかり考えるようになっていました。
精神的にもどん底だったある日、偶然つけたラジオから、一つの言葉が聞こえてきたのです。「人間は一人一人がジグソーパズルの駒の一つである」。ジグソーパズルの駒はどれも形が似ているけれども、1つとして同じものがない。そしてその一つがないと絵が完成しないのだ、と——─。 それを聞いた瞬間、涙が流れ、自分は生きていてもいいのだ、と思うことができました。そして、「治る確率が悪い病気を経験できる医師は、貴重な存在ではないか」と考えられるまでになりました。 もちろん、私を救ってくれたのはこの言葉だけではありません。落ち込み、刹那的になっていた私を拾い上げ、温かく励ましてくれたのは、大切な友人達でした。今でも心身ともに支えてくれる彼らには、感謝してもしきれない思いです。
車椅子の状態から、歩いて外出ができるように
——一つの言葉と友人の存在が、先生の生きる力を引き出したのですね。当時、治療はどのように進めていたのですか。
基本的には服薬のみで、2カ月に1回の外来受診は続けている状態でした。主治医の先生は薬物治療に限界を感じ、別の病院で脳深部刺激療法(DBS)を受けてはどうかと勧めてくれました。これは、心臓のペースメーカーに似た装置で、電極を脳内の目標部位に挿入し電気刺激を流す外科治療です。電気刺激を作るパルス発生装置と電池は、胸部皮下に埋め込むようになります。 正直、効果については半信半疑でしたが、やれるものがあるならやってみようと、手術に賭けることにしました。初期兆候が発現してから、すでに12年が経っていました。
実施にあたっては、幻覚症状の原因が内服薬によるものか、パーキンソン病の一症状であるかをあらかじめ鑑別しなければならず、断薬をする必要がありました。薬の減量をはじめた途端、運動機能は失われ、しまいには寝返りも打てない状態になりました。その時は言いようのない辛さを感じましたが、幻覚症状は完全に消失し、外科治療の効果が期待されることがわかりました。 そして手術を実施した結果、幸いにも効果が現れました。車椅子が不要になり、ついには歩いて外出ができるまでに軽快したのです。
——驚くべき効果ですね。その時は、どのような思いでしたか。
素直に嬉しかったですね。ただ、健康体に戻ったわけではありませんし、医師の仕事、ましてや第一線の皮膚科医に復帰することはあり得ないだろうと思っていました。学会の年会費や専門医資格の更新費用を払い続けるのも負担でしたので、日本皮膚科学会の専門医資格も失効させました。
仕事もできず時間もある状態だったので、何か自分の経験を生かすことはできないだろうかと考え、パーキンソン病の患者会「HOPE」を立ち上げ、代表世話人となりました。この名称は、「最新治療に関心のあるパーキンソン病患者と不随意運動症患者と家族の会」の英語名の略称です。特にDBSを受けた、あるいはこれから受ける予定の患者さんとそのご家族を対象に、疾患や治療の正しい情報を伝えていくのが目的です。 具体的には、年に1〜2回、国内の主要都市で講演会を開催したり、会報を発行したりしました。私自身、壇上に立って経験談を語ることもありました。同じパーキンソン病を罹患している医師ということで親近感を感じてくださったのか、講演を聞いた方の中には、主治医になってくれないかと要望される方もいらっしゃいました。現在、HOPEの活動は休止中ですが、この活動には、大きなやり甲斐を感じていましたね。
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