1. m3.comトップ
  2. キャリアデザインラボ
  3. キャリア事例
  4. 事例
  5. 10年目での決意。三重県から新潟県へ一家総出の転職活動―山本重忠氏(医療法人社団立川メディカルセンター 悠遊健康村病院)
事例

10年目での決意。三重県から新潟県へ一家総出の転職活動―山本重忠氏(医療法人社団立川メディカルセンター 悠遊健康村病院)

2018年7月31日

転職は大きなライフイベント。そこに遠方への転居を伴うとなれば、プライベートも大きく変わることになるでしょう。そんな中、医局人事以外でははじめての転職でありながら内科からリハビリテーション科への転科、三重県から新潟県への子連れ転居を同時に叶えたのが山本重忠先生です。今回はキャリアとプライベートの両面から、転職前後のリアルな実態を伺いました。(取材日:2018年7月17日)

やりたいことは秘めたまま、内科医としての自立を目指す

―山本先生は現在、初期研修を行った医療法人社団立川メディカルセンター立川総合病院のグループ病院・悠遊健康村病院(新潟県長岡市、300床)に在籍していると伺いました。もともとはどのようなキャリアを望み、初期研修先を選んだのでしょうか。

学生時代から患者さんとしっかり向き合える内科で、予防医療的なアプローチも取り入れながら、健康な高齢者を増やしたいと思っていました。高齢者や老年内科に興味を持ったのは、自分がおじいちゃん、おばあちゃん子だったからという単純な理由です。

出身は三重県ですが、東京都にある大学へ進学しました。6年間で都会の人混みにはもうこりごりでしたが、最新情報を得られるのは東京だと実感していたので、初期研修先に求めた条件は、地域医療を経験でき、なおかつ上京しやすい環境であること。さらに、将来的には老年医療に関わりたかったので、急性期だけでなく回復・慢性期まで学べるところを探しました。

わたしたちの世代は合同説明会や書籍、ウェブサイトなどが充実していたので、研修候補先はすぐに見つかりました。いくつか候補はありましたが、決め手となったのは病院担当者や医師である叔父の生の声。それまで新潟県には一切縁がありませんでしたが、都会の人混みから離れたい思いと、勉強の機会が失われないバランスのいいところだったと思います。

―その後、後期研修はどちらに進まれたのでしょうか。

出身地の三重県に戻りました。実家から戻ってきてほしいと言われていたことと、少しは医師として地元に恩返しがしたいと思ったからです。三重大学第一内科に入局し、全身管理を学びたかったので循環器内科を専門に選びました。出身大学ではない医局に飛び込むのは勇気が入りましたが、実際入ってみると指導医が教育熱心で、同僚も助け合いやつながりを大切にしている風土がとても良かったです。大学病院への勤務自体は半年ほどで、その後5年間は関連病院を回りました。

そんな医局生活でしたが、入局当時から内科医としてひとり立ちできたらリハビリテーションを学びたいと思い続けていて、年に2回ほどある面談では、そのことを教授に正直に伝え続けました。毎回伝えていたので、回を重ねるにつれ、どのタイミングになったら次のステージへ進むかを相談できるくらいの関係性を築けていたほどです。

―内科医でありながらリハビリテーションに興味を持った理由は何でしょうか。

内科系疾患をお持ちでも身体のあちこちが痛くなったり、筋肉が動かなくなったりして、頑張って外来に通っている患者さんをたくさん見てきました。そんな人たちを目の前にして自分はこれからどんな医療を専門にしていこうかと考えた時、単純に内科のスペシャリストになるよりもリハビリという異なる専門性を組み合わせて、自分にできる医療の幅を広げていきたいと思ったのです。

ひとり立ち、体調不良、子育て――すべてのタイミングが重なる

―今回、転職を決意した理由やタイミングとは。

転職理由は3つあります。

1つ目は医師10年目を目前に控え、内科医としては上級医から離れ、ある程度はひとり立ちをしたので、そろそろリハビリテーション専門医を本格的に目指したいと思ったこと。2つ目は、自ら希望して関連病院での勤務を続けていたものの、24時間365日対応の主治医制で心身が休まらず、ついには身体を壊した日もあったこと。最後に、これはプライベートの面で、新潟県のほうが子育てしやすいだろうと思ったからです。

―出身地の三重県ではなく、新潟県にこだわった理由は何でしょうか。

キャリアと生活、両面を叶えられる地域だと思ったからです。もちろん三重県にもリハビリテーションを行っている病院はありますが、隣県の愛知県の影響が強く、自分が納得できる施設はなかなかありませんでした。

また、妻の実家が新潟県長岡市にあるので、そこは彼女の思いを汲んで、住まいを近くにしようと決めていました。当時子どもは3歳の双子だったこともあり、妻一人で面倒を見るのが困難だったのです。三重県でも自分の実家に近い病院で働いていましたが、わたしの両親は家業が忙しく、なかなか頼ることも難しかった。子どもが病気にかかったら、わたしがいる病院に来てスタッフが交代で面倒を見るなんてこともありました。

さらには三重県内とはいえ、医局人事で2年に1回くらいのペースで転勤していましたし、主治医制で休みもままならない時があったので、妻には誰も知らない地域で不安になりながら子育てをさせてしまったと反省しています。もともと新潟県には知り合いや友人がたくさんいたので、そういった意味でも、次の住まいは新潟県にしようと決めていました。

子どもとペット連れの転居。鬼門は「物件選び」と「子どものこと」

―今回の転職にあたってのスケジュールを教えてください。

次の勤務先候補は初期研修のグループ病院だった悠遊健康村病院とほぼ決めていましたが、あえて人材紹介会社(エムスリーキャリア)に登録して転職活動をしました。というのも、インターネットを見てみると、一人で転職活動をするにしても条件交渉が難しいことや連絡をとるにも手間と時間がかかると書いてあり、なるべく煩わしいことは避けたいと思ったからです。

人材紹介会社に登録したのは、医局での面談で「次の3月末まで」と確実に決まったタイミングで、入職から約半年前の2017年8月だったと思います。9月には面接調整に入りましたが、少し先になる11月に面接を組んでいただきました。当時の病院は、前持って相談さえすれば休みがとりやすかったので、その点は運が良かったと思います。悠遊健康村病院に行ったのは11月の面接の時だけで、その月末には最終的な確認面談のために事務長がわざわざ三重県まで足を運んでくれました。その後、12月に内定が決まり、2018年4月に無事入職というスケジュールです。

―転居を伴う転職活動にあたり、プライベート面で大変だったことは何でしょうか。

住まい探しと引っ越し、子どもたちの幼稚園受験です。

住まいは小型犬を飼っていることもあって、ペット可の物件が見つからず苦戦しました。夏頃から情報収集を始めて、担当コンサルタントの方にも物件情報を探していただいたりしましたが、結局希望のところには入れませんでした。今は条件をゆるめて、希望の部屋が空くのを待っています。

さらにニュースでも話題になったのでご存知かもしれませんが、2018年3月ごろは引っ越し業者の人手不足で予約すら大変な状況。医局人事の転勤で何度も引っ越していて、繁忙期は通常の5倍以上の値段を提示されることも知っていたので、家財道具と妻と子どもたちは入職2カ月前の2月に引っ越しました。代わりに、わたしは勤務先の病院に1カ月泊まり込み…。これで、なんとか引っ越し補助の範囲内に収めることができました。

―お子さんの教育についてはいかがでしょうか。

お互いの希望で幼稚園に通わせようと決まったので、三重県にいた時から新潟県にある幼稚園の入園手続きや受験を行いました。願書を取りに行ったり、出してもらったりというところは妻の両親や親戚にもお願いしながら、なんとか入園までこぎつけました。

実際引っ越してみると、長岡市は新潟県第二の都市だからか子どもの教育環境には非常に恵まれていると思います。子どもの医療費助成も、わたしが医師だからといって対象外になることもなく、とても助かっています。

やりがいと自身のQOLは両立できる

悠遊健康村病院

―現在、悠遊健康村病院に転職されて感じる変化はありますか。

リハビリテーションを学び始めたことで、やりたい医療ができているやりがいが生まれましたし、家族との時間が持てるほど心身のゆとりが生まれたことがありがたいです。

リハビリテーション科は、一般内科と比べて患者さんとの意思疎通が難しい半面、一人ひとりを長く診てしっかり向き合えることが魅力だと感じています。また、完治は難しいとはいえ急性期よりも容態が安定している分、呼び出しの電話に怯えることはほぼなくなりました。先日も、子どもたちを小旅行に連れていけたのがとても嬉しかったです。

―今回、転職活動に人材紹介会社を利用したメリットは何でしょうか。

自分だけではできないような、踏み込んだ調整や情報収集ができたことです。

たとえば、給与は法人の規定上変えられなかったのですが、別の条件を調整してくれたり、妥協策を提案してくれたりしたので納得感がありました。さらに、幸か不幸か、わたしが転職するタイミングは新専門医制度が始まるタイミングだったのでリハビリテーション専門医を取得するにしても、新旧どちらかによってできる・できないがありました。担当コンサルタントの方はマイナー科でありながら、自分だけでは知り得ない情報も調べて教えてくれた点がよかったです。

今回いただいた機会を大切にしながら、今後は予防医学をライフワークに、老後を健康に過ごす高齢者を増やしていきたいと思います。

今後のキャリア形成に向けて情報収集したい先生へ

医師の転職支援サービスを提供しているエムスリーキャリアでは、直近すぐの転職をお考えの先生はもちろん、「数年後のキャリアチェンジを視野に入れて情報収集をしたい」という先生からのご相談も承っています。

以下のような疑問に対し、キャリア形成の一助となる情報をお伝えします。

「どのような医師が評価されやすいか知りたい」
「数年後の年齢で、どのような選択肢があるかを知りたい」
「数年後に転居する予定で、転居先にどのような求人があるか知りたい」

当然ながら、当社サービスは転職を強制するものではありません。どうぞお気軽にご相談いただけますと幸いです。

エムスリーキャリアは全国10,000以上の医療機関と提携して、多数の求人をお預かりしているほか、コンサルタントの条件交渉によって求人を作り出すことが可能です。

この記事の関連キーワード

  1. キャリア事例
  2. 事例

この記事の関連記事

  • 事例

    7割の家事を担う、常勤パパ医師の胸中

    千葉大学病院 脳神経内科で特任助教を務める荒木信之先生は、産婦人科医の妻とともに、2010年からキャリアと家事・育児の両立を試みてきました。お子さんが10歳になった今も、荒木先生は大学病院で働きつつ、家事の7割を担当しています。子持ち医師のプライベートを、夫目線でお話いただきました。

  • 事例

    非常勤も経験 パパ脳神経内科医の処世術

    千葉大学病院 脳神経内科で特任助教を務める荒木信之先生。2010年に子どもが産まれてからは、産婦人科医の妻よりも多くの家事・育児を引き受け、時には非常勤勤務に切り替えるなど、仕事と家庭を両立する働き方を探り続けてきました。医師の研鑽を積みながら、共働き・子育て生活を10年続けて、今思うこととは。

  • 事例

    不公平?2児の女性医師が抱える家庭事情

    最近では当たり前になりつつある、夫婦共働き。千葉大学病院脳神経内科准教授の三澤園子先生は出産のタイミングに悩み、34歳、40歳で2児を出産。今も仕事と家庭の両立方法を探り続けています。後編では出産・育児にまつわるエピソードと、共働き夫婦でキャリアアップするための秘訣を聞きました。

  • 事例

    准教授のママ医が、常勤にこだわる理由

    最近では当たり前になりつつある、夫婦共働き。特に医師は、仕事の頑張り時と出産・育児の時期が重なりがちです。医師23年目の三澤園子先生は、仕事と家庭の両立に悩みながらもフルタイム勤務を続け、現在は千葉大学病院脳神経内科の准教授と2児の母、2つの顔を持ちます。前編では、三澤先生のキャリアについて伺いました。

  • 事例

    医学生から育児を両立して約10年… 支えとなった言葉

    二人のお子さんが就学し、育児から少し手が離れてきた林安奈先生。現在は、クリニックや大学病院での診療のほか、産業医業務にも注力されています。今日に至るまで、さまざまな壁を乗り越えてきた林先生の支えとなったのは家族の存在、そして、ある医師に言われた言葉でした。

  • 事例

    専門資格取得で立ちはだかった「小学校の壁」

    学生時代に第1子をもうけた林安奈先生は、研修医時代に第2子を出産されました。幼い子ども2人を育てながらの研修は困難を極めましたが、子育てと並行して精神保健指定医と専門医も取得しています。周囲のサポート状況や、ご自身のモチベーションの保ち方などを伺いました。

  • 事例

    「学生時代に結婚・出産」から始めた医師キャリア

    女性医師のキャリア形成において、結婚や出産は重大テーマです。医師として経験を重ねる時期と子育ての時期は重なりがちで、そこに「キャリアの壁」を感じるケースは少なくありません。林安奈先生は大学在学中に結婚・出産を経験し、学業や仕事と子育てを両立してきました。約10年前の当時を振り返りながら、子どもから少し手が離れた今だから思うことについて語っていただきました。

  • 事例

    時短勤務を考える男性医師に伝えたいこと―パパ医師の時短勤務(2)

    妻の後期研修を機に、2015年から3年間、短時間勤務を経験した亀田ファミリークリニック館山の岩間秀幸先生。育児や家事の責任を担ったことで、医師としての視野や想像力が広がったといいます。互いのキャリアを考え、交代で時短勤務をする選択をした岩間先生夫妻。「育児・家事のメインは女性」という意識がいまだ根強い日本で、時短勤務を検討したい男性医師へのアドバイスを聞きました。

  • 事例

    妻の専門医取得に向け主夫に―パパ医師の時短勤務(1)

    亀田ファミリークリニック館山で家庭医診療科の医長を務める、岩間秀幸先生。2014年4月からの3年間、医師である妻が後期研修に専念できるように、時短勤務をしながら、家庭で育児や家事を担いました。男性医師が時短勤務をするのは職場では初めてだったそうですが、上司や同僚、患者の理解はどのように得たのでしょうか。また、時間に制約がある中で職場への貢献度を高めるために意識したことは何でしょうか。

  • 事例

    あの患者に「食生活改善を」が響かないわけ

    麻酔科医として働き育児をこなす一方で、料理家としてレシピ開発にも取り組んでいる河埜玲子先生。手軽で体にいいレシピを追求する河埜先生が思う、料理への苦手意識を払しょくするコツとは?また、河埜先生は現在、子どもへの食育にも注力しているそう。きっかけは、臨床の現場で患者さんの言葉にびっくりした経験だったといいます。医師と料理家、2つの職業をつないだ思いについて聞きました。多忙な医師のための時短レシピもご紹介します。

  • 人気記事ランキング