妻の後期研修を機に、2015年から3年間、短時間勤務を経験した亀田ファミリークリニック館山の岩間秀幸先生。育児や家事の責任を担ったことで、医師としての視野や想像力が広がったといいます。互いのキャリアを考え、交代で時短勤務をする選択をした岩間先生夫妻。「育児・家事のメインは女性」という意識がいまだ根強い日本で、時短勤務を検討したい男性医師へのアドバイスを聞きました。(取材日:2020年1月21日)
育児・家事は自分にとって“越境学習”だった
――時短勤務をして、育児・家事を担ったことが、医師としての仕事にプラスになっていることはありますか。
家と病院を往復する生活になっていた自分にとって、育児・家事は、“越境学習“だったと感じています。保育園のPTA会長も務めたのですが、子どもを通じてさまざまな方とつながり、社会の層の厚さを感じられたことはとても貴重な経験になりました。PTA活動が縁で学校医や産業医をするようになるなど、時短勤務をする前は想像もしていなかった分野に仕事が広がっています。
主夫になり、家庭のヘルスケアを担うことの重責も感じました。医師の自分ですら、子どもが体調不良のときは誰かに「大丈夫ですよ」と言ってほしかった。そんな経験から、お子さんの受診に付き添う親御さんの気持ちが以前より想像できるようになりました。
「子どもが夜中に咳で2回嘔吐して、朝ごはんも食べられなくて。今はけろっとしているんですけど……」と申し訳なさそうに受診される親御さんがいたとします。診察して「ただの風邪です」と返す研修医には、「“ただの風邪“っていうものはないんだよ」と伝えています。2回嘔吐したということは、親御さんは2回シーツを洗ったかもしれないし、夜中ずっと子どもの背中をさすって眠れなかったかもしれない。主夫期間を経て、そんな風に思いをはせられるようになりました。診察して大きな問題はなかったとしても、親御さんが頑張って子どもを病院に連れてきてくれた労をねぎらいたい、「もう大丈夫ですよ」と伝えてあげたい、と思います。
私が経験したことはあくまで私の家族の事例にすぎませんし、育児は医師の人生において必須であるとは考えていません。ただ、私の場合は主夫をしたことで、患者さんやご家族と接するための想像力を多く得られたと思っています。
男性時短のハードルは「育児は女性がするもの」というバイアス
――時短勤務をしたことで、周囲からの反響はありましたか。
男女問わず、院内外の医師から時短勤務の相談を受けることが増えました。労働契約はどう変わったか、院内のどのポジションの人にどんな風に相談したか、など具体的なことを聞かれることもよくあります。夫婦ともに医師という世帯は多いですし、片方が医師でなくても、共働きは当たり前になっていますので、時短勤務を検討する男性医師は少なくないと思います。
うちのクリニックでは、男性医師としては私が初めて時短勤務をしましたが、その後も3人の男性医師が育児や家事を理由に時短勤務をしています。前例があったことで、家族の中の選択肢として考えやすくなっているのかもしれません。
――女性医師の時短勤務は普通に行われていても、男性医師については実績がないという職場は少なくないと思います。何がハードルになっているのでしょうか。
一つは、「育児や家事は女性がするもの」という社会の「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」があると思います。私も、行政に育児関係の手続きに行くと「お父さんがされるんですか」とよく言われました。職場でも上司にバイアスがある場合、男性医師が時短勤務をすることを相談したら、「なんで奥さんじゃなくて、君が時短勤務を取るの?」と言われるかもしれません。
実はうちの妻も、アンコンシャス・バイアスが根強い方でした。私が時短勤務をとる上で、最後にネックになったのは、妻が抱いていた「女性の私がフルタイムで働いて、男性のあなたに育児や家事を任せて本当にいいのだろうか」という葛藤でした。
私はすでに専門医で、妻はまだ専攻医でしたから、家庭の収入面でも職場でのマンパワー面でも私が働いた方が発揮できるパフォーマンスは高い。妻は「そんな中で自分が復帰を選ぶからには、失敗はできない」とプレッシャーに感じていたようです。妻の復帰前に、夫婦で不安を共有し、「研修医は失敗しながら成長するものだし、あなたが医師としての自信を持つための期間なんだよ」と伝えられたことはよかったと思っています。
男性医師へのアドバイスは「なぜ時短したいのかを明確にする」
――「時短勤務を検討しているけれど、職場から理解を得られるか不安」という男性医師がいたら、なんとアドバイスしますか。
私の経験から言うと、①なぜ時短勤務をしたいのかを明確にする、②勤務時間の交渉というより、自分の家族の状況を伝える努力をする―ということですね。
家庭や職場によって理想的、現実的な働き方はそれぞれです。自分の家族は今どんな状況で、このタイミングで時短勤務を取ることで、自分がどういう役割を果たしたいのか――。そこをはっきり示せると、家庭と職場のニーズを踏まえたいい落としどころが見つかるかもしれません。
――一方で「育児のために仕事を制限してきたが、これからのキャリアに悩んでいる」という女性医師も少なくないと思います。
まず、「育児や家事をするのは自分でなければいけない」という状況があったとしてもそれはわきに置いて、「自分はどうしたいのか」を考えてみてはどうでしょうか。そして、それを実現するために、自分の家族ならどんな方法を取れるのか検討します。夫に時短勤務をしてもらう、ということだけが正解ではありません。うちもはじめは、家事代行サービスの利用を検討しましたが、住まいが都市部ではないためにニーズに合うサービスがなかなか見つからず、私が時短勤務をするという方法を取りました。家族や職場によって事情は異なりますので、正しい形を決めつけずに、無理のない方法をとるのがいいと思います。
東レ経営研究所が調査した「女性の愛情曲線」というデータがあります。子どもが生まれると、妻の夫への愛情はぐっと下がるのですが、その後徐々に愛情が回復する集団と、回復しない集団があるそうです。出産直後から乳幼児期にかけて「夫と2人で子育てした」と回答した女性たちは、夫への愛情が回復しています。つまり、男性が育児をすることは、幸せな夫婦の晩年期につながるということです。
現在、我が家はまた役割を交代し、私がフルタイム勤務に復帰し、妻が時短勤務になりましたが、家庭への責任はハイブリット化しています。例えば妻が学会に行く日があれば、私が事前に勤務を調整し、その日の家庭は私が責任を持ちます。ただこれは、夫婦の両方が、柔軟に責任の受け渡しができる育児・家事スキルや信頼感を持っていることが大切です。
家事と育児は、人が生きる上で大切なスキルです。夫婦ともにそのスキルがあると、片方にもし何かがあったとしても、生活基盤は安定します。自分の家族にとって快適な生活のラインは何か、そのラインを保つために夫婦双方のスキルをどれくらい上げていきたいかという視点で考えてみるのもいいかもしれません。
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