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インタビュー

「〇歳までに部長に」 そのキャリア観の落とし穴 ─慶大・花田教授に聞く変革時代のキャリア論【後編】

2018年4月26日

医療業界が変革期にある今、必要なのは新しい発想や価値観を学び続けられる環境に身を置くことだと主張するのは、キャリアデザインを学問的に広めたことで知られる慶應義塾大学の花田光世・名誉教授。後編では、キャリアを切り拓いていく上で必要な心がけについて解説してもらいました。

―実際に医療機関でたくさんの患者さんに向き合い続けながら、新たな発想や価値観で学び続けるというのは、難しい作業のようにも思います。

もちろん、そう簡単なことではないでしょう。
忙しいというのもあるかもしれませんし、特に医師や弁護士など、育成期間に多大な資金や時間、労力の投資を要する職業ほど、既存の価値観を打ち破るのが難しいということは数々の研究が示しています。

ただ、アンラーニングを行いやすい状況を自ら意識的に作ることはできます。そのときに鍵となるのが、計画的偶発性(プランドハプンスタンス)という考え方。新しい気づきや自己成長は、偶然から起こることがよくあります。ですから、予期せぬ出来事や想定外の事態に対応する力を計画的に磨くことが重要なのです。それには自ら仕事の中で意図的なチャレンジ、プチ修羅場を積極的に作り、それに対応する中で学んでいく必要があります。

―詳しく教えてください。

これまでの人生を振り返ってみたとき、「先輩のあのアドバイスがきっかけで仕事に対する意識が変わった」「患者さんとのふれあいでこんな発見を得られた」というように、予期しない偶然の出来事によって、その後の人生が変わったという経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。こうした実情に注目したスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ博士らが調査を実施したところ、「キャリア形成の8割は予期せぬ出来事をきっかけとして起こる」ことが明らかになりました。“偶然”をいかに前向きに捉えて活用し、自分の道を開拓していくかをまとめた「計画的偶発性理論」は、今日のキャリア論においても一般的な考え方となっています。

―「偶発性」と「計画的な準備・対応」というのは、一見矛盾しているようにも感じられますが。

要するに、チャンスをただ待つのではなく、自ら偶然を成長の機会に変えられるよう、周囲の出来事にアンテナを張ったり、想定外の事態への対応力を磨き、従来のやり方が通用しない場合でも積極的にその機会を活用し新しいことにチャレンジする、ということです。クランボルツ博士は、「好奇心」「持続性」「楽観性とチャレンジ」「柔軟性」「冒険心」の5つを意識し続けることで、計画的偶発性が得られやすくなると指摘しています。

「〇歳までに部長になりたい」そのビジョンの盲点とは

計画的偶発性理論の新しさは、過去からの延長としての未来ではなく、過去とは枠組みの異なる未来に焦点を当て、そこから現在を捉え直し行動するという考え方にあります。未来をキャリアビジョンとしておさえ、それに向かってこういう風に変わりたい、こういう自分でありたいというキャリアゴールをしっかりと構築するということを重視するのです。

これまでのキャリア論は、「○歳までに部長職になろう」といった将来の目標を立てて、そこから逆算して必要な経験を積んでいくというように、未来に軸足を置いたキャリア形成を提唱していました。しかし、従来型のキャリア形成では、「偶然の出来事によって能動的に生きる、その過程で意図的・前向きに自身の価値観を変える」という日常的に起こる対応が見落とされていたのではないでしょうか。変化の激しい社会を生き抜くには、日々変化する環境の中で自分の気持ちをオープンにし、新たな可能性を積極的に追及する前向きな姿勢が必要なのです。

もちろん目標を持つのはいいことですが、目標に拘泥するあまり、せっかくの非連続的成長のチャンスを見逃してしまうことがある。人事は水もの。何が起こるかわかりません。自分が計画した通りの流れで部長になるよりも、玉突き人事や想定外の成り行きで部長になってしまうことの方が、より現実に起こりうるのです。部長になりたいと思うのは、部長になると自分のしたいことが実現できるなど、なにかしらの“うまみ”があるからですよね。偶然の成り行きでポストについたとして、そのポストを通じてどのように自分が大事にすることを業務上で実践できるか、新たな“うまみ”を想定できるかが、変化の時代に生き残るための力となるのです。

特に変化の激しい社会において、未来の予測など困難です。大切なのは、その目標を達成することで自分はどうなりたいのか、何を生み出したいのかをしっかり認識すること。そうすれば特定の目標や手段以外にも、可能性が無数にあることに気づくはずです。その気づきこそが、偶然を味方につける第一歩なのです。

―そのような視点に立ったとき、どんな基準で職場を選んでいくべきだとお考えですか。

たとえば、自分を鍛えてくれる上司や先輩がいるかどうかは基準の一つになるでしょう。私自身、長年企業の人事や教育に携わってきましたが、人は厳しい現場に向き合ったときにこそ力を発揮し、成長することができます。

その意味で私がおすすめしているのが、プチ修羅場体験。これは職場を変えるときだけでなく、日常業務においても有効です。要するに、修羅場ほどの困難な状況ではないまでも、当事者意識を持たざるをえない、言い換えれば自分が責任を取るしかない状況に、意識的に自分の身を置くのです。

こうした「プチ修羅場」においては、これまで通りのやり方が通用しません。必然的に、状況を打開しようと本気で自分自身と向き合い、試行錯誤することになります。そうやってもがく中で、既存の手段や価値観から脱却することができるのです。さらに、自分の変化が周囲にも変化をもたらし、その変化に対応するためまた試行錯誤する…という一連のプロセスを繰り返すことで、新たなチャレンジ=非連続的成長のチャンスを呼び込む習慣が身についていくでしょう。

プチ修羅場では、結果の失敗・成功は問いません。自分の心を動かし新しいチャレンジを繰り返す、そのプロセスにこそ意味があるからです。このチャレンジが自分のキャリアへの当事者意識を育み、柔軟な対応力や周囲を巻き込む力といった、キャリア形成の肝となる人間力を養います。実は最近、経営論においてもこのような「能動性」を人材の評価に用いる傾向があります。例えば目標管理ではパフォーマンスマネジメント、すなわち業績をしっかり出す仕組みの管理が重視されています。それに対して、近年ではパフォーマンスデベロプメント、つまり「いかに主体的に、次なる成長につながる活動に積極的に関わり、新しい状況で成果を出しているか」を評価する仕組みが導入されてきているのです。

安定よりも変化をとることに、ためらいや不安を覚える方も多いでしょう。しかし、医療業界が大きな変化のただなかにある今こそ、医師にとっては飛躍のチャンスとも言えます。勇気をもって踏み出すことで、自分の可能性や仕事の楽しさは無限に広がるのではないでしょうか。

花田 光世
はなだ みつよ
一般財団法人SFCフォーラム代表理事、慶應義塾大学名誉教授

南カリフォルニア大学Ph.D.-Distinction(組織社会学)。産業能率大学教授、同大学国際経営研究所所長を経て、1990年より慶應義塾大学政策学部教授。企業組織、とりわけ人事・教育問題研究の第一人者。日本企業の組織・人事・教育の問題を研究調査、経営指導する組織調査研究所を主宰する。特に最近はキャリア自律プログラムの実践、Learning Organization の組織風土づくり、情報コミュニティの構築などに関する研究、企業での実践活動を精力的に行う。産業組織心理学会理事、アウトソーシング協議会会長をはじめとする公的な活動に加えて、企業の社外取締役、経営諮問委員会、報酬委員会などの民間企業に対する活動にも従事。現在は、キャリア・リソース・ラボの活動に加え、一般財団法人SFCフォーラム代表理事として活動。

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