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インタビュー

お酒をライフワークにした肝臓専門医(前編)―医師による、医師のための健康ライフハックVol.2

2019年3月12日

肝臓専門医として『酒好き医師が教える最高の飲み方』(日経BP社、2017年)を監修し、お酒の飲み方のスペシャリストとしても活躍されている浅部伸一先生(アッヴィ合同会社)。消化器内科としての研さんを積んだ後、国立がんセンターやカリフォルニア留学で肝炎ウイルス・免疫の研究活動を行い、2017年からは外資系製薬会社の開発マネジメント職へ転身しました。前編では、肝臓専門医になった経緯から製薬業界に転出した理由について伺いました。(取材日:2018年11月19日)

患者と密に接し、かつ、研究もする医師になりたかった

—医学部に進学した理由と、どんな学生生活を過ごしていたのかを教えてください。

もともと、生物と化学の間ぐらいのタンパク質や細胞などが好きで、小さい頃から理系へ進もうと決めていました。理学や生物学などいろいろ迷いましたが、人に関わる重要な領域としての医学に興味を持ち、東京大学の医学部に進みました。ただ最初は、医師よりも研究者になりたいと思っていましたね。

学生生活では、家庭教師のアルバイトをしていました。「社長は現役の東大医学部生」であることを売りにしていたので、“広告塔の社長”に任命されたんです。そのため、生徒に受験勉強の指導をするだけでなく、教師の採用面接や家族との定期面談まで幅広く行っていました。医学部を目指す受験生だけでなく、医学部生にも医師国家試験の対策法を教えていたため、自分も教えながら勉強になりましたし、学業も社会勉強もできる一石二鳥のアルバイトでした。

ちなみに、その会社は経営者がなかなかの実力者で、当時はバブル時代ということもあり、銀座や赤坂に連れて行ってもらい、いろんな人と知り合えました。この頃からお酒の席での付き合いに興味を持っていたのかもしれません。

―医学部を卒業後、専門科目はどのように選んだのでしょうか。

当時は研究だけでなく臨床にも興味があったので、処置をしたり、カメラやエコーなどを使って検査をしたり、患者さんとの接点が多いと思われた消化器内科に進みました。本当に研究だけやりたかったなら、当時、より研究がさかんだった、血液内科や糖尿病内科に進んでいたかもしれませんね。

1990年、東京大学医学部附属病院第3内科の消化器グループに入った後、医局人事で虎の門病院へ行き、臨床の訓練を積みました。当時は、肝炎に限らず消化器を一通り診ていました。

—消化器内科の中でも、肝臓の専門医になられたきっかけは何でしょうか。

当時師事していた先生の専門が、肝炎だったというのがきっかけです。虎の門病院の後は、研究メインの生活がしたかったのでがんの治療を行う病院と、がんに関係する病気の研究所を持つ、国立がん研究センターに移りました。その時に師事していたのが、当時肝炎の研究で有名だった先生です。ちょうどC型肝炎が発見されて間もない時で、どういうウイルスなのかを世界中で研究していた頃です。その結果、私も肝炎をメインに研究することになりました。

その後、医局の上長が東京大学の準教授から自治医科大学の教授になったため、自治医科大学に移りました。自治医大には5年ほどいましたが、いろいろ起こって……まさに白い巨塔のような感じでしたね(笑)。一方で、自治医大でのワイン会は楽しかった思い出です。これは、若造だった私が世話係の一員として、当時の学長の秘書さんと定期的に開いていたもの。テーマを決めてオーストラリア産のワインだけを飲み比べたり、酒屋さんやソムリエなどがうんちくを説明してくれたり。みんなで集まれば何種類ものワインが飲めるので、飲んだ種類はとにかく多くて、勉強になりました。

「何か新しいもの」を求めて、留学先や外資系製薬会社でも挑戦

—留学先、アメリカのカリフォルニアでお酒も研究されていたと伺いましたが……(笑)

その頃は、ウイルスが感染したら身体はどんな風に闘うのかという肝炎の免疫を研究するため、有名な研究室があるアメリカ(カリフォルニア)に2002年から約6年半留学しました。

実は私はクラフトビールが大好きで、カリフォルニアのビールがすごく美味しくてビックリしました。当時の日本のビールはそんな変わりませんでしたが、アメリカではいろんな味のビールが飲めて、こだわりのビールでも1本1ドルちょっと。ワインの産地でもあり、とにかく安かったので日常的にビールやワインを楽しむ生活をしていました。もちろん、「研究」というのはジョークです。

—帰国後、大学病院の准教授を経て、外資系製薬会社に転じたのはなぜでしょうか。

帰国後の約6年間は、自治医科大学附属さいたま医療センターの消化器内科に勤務して充実していましたが、このまま病院に残るよりも何か新しいことをしてみたかったので2017年に外資系の製薬会社に転身しました。これは、エージェントからのヘッドハンティングがきっかけです。ある日イギリス人から病院に電話が入り、外国人からの電話は滅多にないので「大事な先生かも」と思って話を聞いてみたら、エージェントからのオファーだったのです。

—具体的にはどんな業務を担当されているのでしょうか。

今は開発本部で、新しい薬の承認を得て日本で販売できるようにするための臨床試験のマネジメントをしています。具体的にはアメリカ本社とのやりとりをしながら、日本の規制に合わせてすり合わせたり、交渉をしたり。製薬会社には医学の専門家ではないスタッフもたくさんいるため、医学専門家として医学的なアドバイスを行うこともあります。あとは、日本の先生たちにお会いしながら、新薬開発の治験に協力してもらうためのお願いもしています。

製薬業界に入って間もないので、ものすごく学ぶことが多い。開発のひとつひとつにさまざまなステップがあって、たくさんの人と色々なプロジェクトに関われるのは刺激的で楽しい毎日です。

—製薬業界で、医学専門家として今後はどのような活動をしていきたいですか。

しばらく製薬業界にいながら、国外で活躍の場を探したいと思っています。生活が豊かになると人々は医療サービスや薬にお金を出すようになるため、これからは製薬ビジネスでもアジアのマーケットが重要になっていくでしょう。そう考えると、日本にはあまり将来性がないかもしれません。今は保険制度が充実していますが、高齢化の影響で医薬品にも財政削減のプレッシャーがかかると予測されます。たとえば国の政策で、薬の価格を下げることはすでに始まっています。

薬は膨大な開発費をかけて新薬を作るため、それなりの薬価を得て回収しなければいけません。政策的に薬価を下げられる傾向が強まれば会社の業績にも悪影響が出る…そういう日が来るのではないかと、個人的には思っています。医療は英語が共通語。日本で培ったノウハウを活かしながら、海外の医師ともコネクションをつくって活動の幅を広げていきたいです。

学生の頃から医師になられた後も、お酒を通してさまざまな人とコミュニケーションをとられてきた浅部先生だからこそ、患者さんと密に関わる消化器・肝臓のスペシャリストとして活躍されているのは必然なのかもしれません。そんな浅部先生は、地方での在宅医療も始めたようです。後編では在宅医療という新たなワークライフからの気づきや健康を維持しながらお酒と付き合うためのポイントなどを紹介します。

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