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インタビュー

産業医10名を1拠点に集約!産保先進企業の働き方―日立健康管理センタ産業医鼎談(後編)

2019年6月24日

社員約3万5000名が勤務する日立製作所では、産業医などの常勤医10名超が1拠点に集まる珍しいスタイルを取っています。一般的には、地方別や事業所別で配置されるところですが、1か所に集めることで指導体制を整え、意欲ある若手医師からベテラン医師までが集まっています。同施設での産業医活動について若手・ベテラン産業医3名に、話を聞きました。(取材日:2019年3月20日)

<お話いただいた先生方>
林圭介先生:大分医科大学1988年卒。内科医として病院勤務後、日立健康管理センタに10年勤務。
渡辺祐哉先生:信州大学2015年卒。初期研修後、日立健康管理センタに2年勤務。
朝長諒先生:愛媛大学2016年卒。初期研修後、日立健康管理センタに1年勤務。

産業医が1か所に集まるメリット

―先生方が日立健康管理センタを選んだ理由を教えてください。

渡辺先生

私は産業医について何も知らなかったので、指導医がいないと話にならないんです。ところが、関東地方で指導医と一緒に働ける企業が、当センタ含めて数えるほどしかありません。困ったらすぐ指導医に教えていただける環境を探したら、当センタに行き着きました。

林先生

当社のように同じフロアに複数名の産業医が集まるセンター方式は、少ないと思いますね。大企業であっても点在する事業所ごとに産業医が配置されて、各事業所には産業医が1名か2名しかいないケースが一般的ではないかと思います。

朝長先生

1か所に産業医が集約されているのは、当センタの大きな魅力ですよね。さまざまな先生方の手法を身近で見ることができますし、事例検討会では多くのケースに触れることもできます。それに、質問したいときには誰かに聞けばすぐ答えてもらえますから。上の先生が優しくてフラットな組織ということ手伝って、若手には嬉しい環境になっています。

林先生

センタが一丸となって若手を教えるような雰囲気がありますね。若手よりも指導側の人数が多いから成立する体制だと思います。
人間同士の相性もありますし、そういう意味でも10名以上の産業医が集まっていることが若手にも指導側にも良い環境だと思います。1対1の関係が強すぎると、相性が悪かったときに険悪になってしまいますから。

産業医の創意工夫が活きる

林先生

―他に魅力はありますか。

渡辺先生

基本業務以外の+αを自由にやらせてもらえる点ですね。産業医部門と人間ドック部門があって、産業医部門は法律で決められた最低限のことから先の領域について、自分のカラーを出してやらせてもらえます。これが楽しいんです。

―たとえば、どんなことがありますか。

渡辺先生

産業医として大事なことの1つが、職場環境を変えていくために最適なアプローチを取ることだと思うのですが、たとえば、通路にあった喫煙所を撤去してもらった話があります。仕切りもなしに灰皿だけ置いてある状態を巡視中に見つけたのですが、その場で行っても話が流れてしまう。衛生委員会で取り上げて、さらにトップの工場長にも申し入れたら、思いの外すぐに撤去が決まりました。

―キーパーソンを見定めて、人の動き方をコントロールしているんですね。

渡辺先生

誤解していただきたくないのは、社員が産業医の意見を聞いてくれないわけではないんです。むしろ日立は産業保健に対する理解があるので、産業医の言ったことが事業所で重く受け止めてもらえます。逆に、産業保健の浸透していない企業だと、社員がなかなか動いてくれないという話も聞きます。

当センタは歴史が長く、社員のみなさんがご存知ということもあって、「産業医の先生が言うんだったら……」と話を聞き入れてくださることがほとんどです。だからこそ、喫煙所や残業時間を減らすといったことができますし、本当に産業医としてやりやすいです。

1年目で2700名の“担当医”にも

―指導体制についても教えてください。

朝長先生

当センタに1年間かけて産業医を育てるプログラムがあり、最初の数か月間はさまざまな先生の巡視や衛生委員会、面談に同席します。その後は、上級医の先生とご一緒に担当事業所を見ていきます。

私の場合、事情があり、半年経ったころに事業所を1人で任されました。正直、不安しかありませんでした。それまで先輩の先生の後ろを付いていっただけなのに、「自分にできるのか…」と。実際に担当し始めてからは、自分自身に“穴”がどんどん見つかって、その都度、自分で調べていました。

―“穴”とは、どんなものでしょうか。

朝長先生

事業所で必須事項を聞き漏らしていたという初歩的なミスもありますし、法改正が控えている分野の最新情報が理解できていないということもあります。最近は働き方改革で制度変更も多いですから、一人で調べていると不安な部分も出てきます。

そのとき、林先生や渡辺先生にすぐお話を聞けたのは大きいです。少なくとも、“路頭に迷う”ことはありませんでした。もしも1年目から私1人だけで事業所を持つようなことをしたら、かなりストレスが掛かっただろうと思います。

―その最初に担当した事業所は、どの程度の規模だったのでしょうか。

朝長先生

2700名です。私が思い描いていたのは、まず小さな事業所で経験を積んでから、大きな事業所を任せていただくという流れだったのですが、いきなり大事業所を任されて、本当にどうすればいいのかと途方にくれました(笑)

林先生

いきなり任されると戸惑いもありますよね。しかし全員が最初から大規模な事業所を任されるわけではないですし、そこは朝長先生が評価されているのだと思いますよ。

朝長先生

はい。私を信じて任せていただいたからには頑張らなくてはいけない、と奮い立ちました。
とはいえ、若輩の私がいきなり何かを提案しても反発されると思ったものですから、最初の3か月は人間関係を築くところから始めました。それで衛生委員会といった場で業務だけでなく、雑談も心掛けている内に、次第に質問していただける機会も増えていきました。そこからさらに数ヶ月経って、私が何か提案すると、「やってみましょう」と前向きなお返事をいただけるようになったのが嬉しかったですね。

朝長先生(左)と渡辺先生(右

―半年ほど担当して、気付きや課題はありましたか。

事業所の方々とお話していて感じるのは、シンプルで分かりやすく伝えることの重要性です。真剣に取り組むほど情報量が多くなって複雑な話をしてしまいがちです。それだと、事業所の方々が吟味する時間も掛かりますし、取り組み自体のスピードも落ちてしまいます。信頼いただけるようになった今、取り組みを前進させられるよう、いかにポイントを絞って伝えられるかが今後の課題ですね。

渡辺先生

たしかに、私も2年目になってから事業所の方々と話したり提案したりいうことが増えました。困った事例などに産業医として対応しているうちに、段々と私の言ったことが通るようになっていって、「ついでにこれもお願いします!」と滑りこませたり(笑)朝長先生も2年目はもっと楽しくなるはずですよ。

臨床にはない、産業医の専門性

―産業医の難しさを感じる場面はありますか。

林先生

会社というピラミッド型組織の中では、産業医の発言に従って従業員が動いてくれる一方で、医学的に正しかろうと、上層部の承認がないと絶対に動かないという難しさもあります。病院では、医学的根拠が絶対的なものですが、会社では費用の観点や、上層部の理解が必要になるんです。

―それは産業医の立場からすると、もどかしいですか。それとも面白みを感じるのでしょうか。

渡辺先生

私も事業場の方と話していて、たとえば有害物質の取り扱いで安全性を最優先しつつも、事業場サイドからはコストの話が出てきます。現場の安全性を実現しつつ、どうしたら費用を抑えられるかという視点での相談にも応じることがあります。

そういうとき、もどかしさも面白みも感じますよね。そうした制約も踏まえた上で、うまく好転させるのが産業医の腕の見せ所の1つですから。

―渡辺先生はどんなところに産業医の難しさを感じますか。

私はこの2年間だけで、失敗が山のようにあります。たとえばメンタルヘルス関連の対応は、気を遣う場面が多いです。面談で使う言葉を一つ間違えると、ご本人が思わぬ受け取り方をしてしまうことがあります。それから大抵、ご本人と上司の言い分に食い違いがあるので、どうやって間に入るかは苦労も多い。

林先生

距離をきちんと保つことは、臨床にはない難しさですね。病院では医学的根拠さえあれば、患者さんの利になるように動けば良かったんですよ。産業医の世界は、従業員と会社の間に入りますから、この両者との距離感をなるべく同じにしないといけない。

一方の意見を鵜呑みにしてしまうと、会社から「従業員に肩入れしている」と見なされて話を聞いてもらいにくくなったり、従業員から「会社側の人間か」と心を閉ざされたりしてしまいます。完全な中立なんて、人間である以上、出来るわけがないのですが、できるかぎり中立でありたいと心掛けています。そこには終わりがないですよね。

日立健康センタを起点に広がる夢

―今後の展望をお聞かせください。

朝長先生

最終的には、中小企業を対象に産業保健活動をしていきたいと考えています。日本で働いている方々のほとんどは中小企業ですから、その大多数の方々の健康に携わりたいんです。その目標に向けて、今はまず大企業での活動内容を勉強している段階です。

渡辺先生

今後は、地元で産業医を続けたいと考えています。私の地元には産業医が活動する余地がまだまだあると感じていますので、産業保健活動だけでなく、医師と従業員の両方に産業医のことをもっと知ってもらうようにしたいです。当センタは先進的に産業保健活動を行っていますので、ここで学んだことをゆくゆくは地元のために活かしたいですね。

林先生

私は晩婚で子どもがまだ小学生ですから、子どもが手を離れるまでは、家庭の時間を大切にできる当センタで働きたいと考えています。その後については未定ですが、医師としての好奇心を忘れず、多くの方のお役に立っていきたいですね。

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