ヒトでのエビデンスに裏打ちされた食事術を解説した本『医師が実践する超・食事術-エビデンスのある食習慣のススメ-』(冬樹舎、2018年)の著者である稲島司先生。前編では医師のライフスタイルに合わせた食事術を紹介していただきました。後半では、著書の担当編集者である佐藤敏子さんのコメントを交えながら、本を上梓したことで変化したキャリアや今後の目標について語っていただきます。(取材日:2018年12月27日、2019年4月21日)
42歳・勤務医、本を執筆し上司に「大先生」といじられる
――稲島先生は現在42歳、本の出版当初は勤務医として東京大学医学部附属病院に所属されていました。医師の世界ではまだまだ若手と呼ばれる年代の稲島先生が、本を出版されたきっかけは何だったのでしょうか。
佐藤さん
「2012年に私が稲島先生の講演を拝聴したことがきっかけでした。世の中には医師の食事本が多数ありますが、稲島先生の食事術は押し付けがましくなく、ご自身が実践されているのが大きなポイントで、私から先生にぜひとお願いしました。」
――最初に声をかけられてから出版まで6年、どんなご苦労があったのでしょうか?
稲島先生
「ご苦労というか…」
佐藤さん
「辛抱強く待ちました(笑)」
稲島先生
「論文を読むのは好きなので苦になりませんし、締め切りがはっきり決まっている講演に向けては頑張れるのですが…勤務先の外来や検査、外勤などを担当していたので、なかなか執筆の時間を取れませんでした。」
佐藤さん
「最終的には、稲島先生が講演会で話されたことを私がまとめてテキストにして、修正を加えてもらうという方法で、何とか上梓までたどり着きました。」
――本当に、二人三脚なのですね。若手の勤務医の中には出版に憧れていても、周囲の目を気にしてなかなか一歩を踏み出せないという方もいらっしゃるようです。
稲島先生
「その感覚は大事にすべきだと思います。テレビや雑誌で取り上げられたい、というような自己顕示欲の強い先生よりも、謙虚でいるくらいがちょうどいいのだと思います。自分自身については、大学病院の肩書で仕事をいただいていた可能性もあるため、控えめに徹してきたつもりです(笑)。
ただ、学会以外に他の医師の前で発表する機会を持つことはおすすめです。私は院内連携の会議の際、発表のラストに小ネタとして食事法を紹介していました。ポリフェノールやヨーグルトにはエビデンスがない…という話をすると、意外にも先生方からも反応が良くて。自分の考えは世の中に受け入れてもらえそうだと、徐々に自信を持てるようになりました。
実際、一般向けの本を出版することをよく思わない先生もいらっしゃるでしょうし、上司から愛を込めて『大先生!』といじられることもありました。それでも、妻や3人の子どもたちが喜んでくれたことが何よりです。子どもはまだ小さいので内容はわからないと思いますが、家族が嬉しそうにしているのを見ると頑張ってよかったな、と思います。」
――本を出版されたことで、キャリア面でプラスになったことはありますか?
稲島先生
「もちろんあります。まずは自分の知識をまとめて形として残せたこと。自称専門家は世の中にごまんといますが、形として本が残るという方は多くありません。
また、本をきっかけに講演の機会が増えました。今ではだいたい週に1回のペースで、医師だけでなく、介護の分野で活躍するコメディカルの方や、企業、教育委員会や農協などの地方自治体から声がかかることも。色々な業種の方々と交流する機会をいただいています。」
出版がクリニック開業の後押しに
――キャリアという意味では、2019年4月が稲島先生にとっては大きな転換点になりましたね。(以下、取材日2019年4月21日)
稲島先生
「はい。2007年から11年間、東京大学にお世話になりましたが、この4月、目標のひとつにしていた“つかさ内科(東京都北区)”の開業にこぎつけました。東大病院では地域医療連携部に所属し、末期がんやリハビリが必要な患者さんを地域の医療機関や介護施設に紹介していたのですが、とくにリハビリを求める外来患者さんの紹介先に苦慮するケースが多かったのです。
というのも、現在の日本での通所リハビリは、ほぼ介護保険で賄われていて、医師が関わるのは入院でのいわゆる回復期リハビリが中心です。私が開業したつかさ内科は、国内では珍しい医師が常駐して通所リハビリも行うことができる内科クリニックです。
通所リハビリが可能な施設を探している患者さんはもちろんですが、しっかり説明を聞いて、理解、納得してから治療方針を決めたい患者さんなど、地域医療連携部時代にもたくさん接してきましたのでぜひご紹介いただけるとうれしいです。
診療については、講演でお邪魔した企業の方などは、自分の開業前から興味を持っていただいていましたので、30〜50代の現役世代の方が、ちょっとした不調や心配に対して気軽に相談しに来てくれるようなクリニックにしたいという思いがあります。血圧やコレステロールなどを放置してしまっているような方は、早く介入することで将来の疾病を予防できますから。」
――診療が本格的にスタートとしてまだ数か月ですが、勤務医時代と現在とで何か変化はありましたか?
稲島先生
「まず、独立してよかったと思っています。つかさ内科では、リハビリをひとつの大きな柱にしていますが、揃える器具やレイアウトも自由にできます。一緒に働く仲間を自分で決めることができるのも大きいです。看護師やリハビリのスタッフはもちろん、受付や近隣の薬剤師も含め、僕の誇れる仲間です。
プライベート面では、最近は開業準備もあって忙しくしていましたが、今後は家族との時間も充実させられるといいですね。」
一緒に働くスタッフからも「白衣を着ていなければ医師とは分からないくらい、気さくで、自分たちと同じ目線で話をしてくれる。だからこそ、患者さんやご家族の気持ちに寄り添える。地域医療の未来を見据えて活動する稲島先生を応援したい。」と慕われている稲島先生。
忙しい勤務医生活の中で上梓した食事本がきっかけのひとつとなって、講演依頼が相次ぎ、夢を応援してくれる仲間が増えて、開業というひとつの目標を叶えた稲島先生。令和元年・これがスタート、と未来をみつめる稲島先生の笑顔には、4か月前の取材時とはまた違った充実感にあふれていました。
食事術の詳細や出典は、『医師が実践する超・食事術-エビデンスのある食習慣のススメ-』(冬樹舎、2018年)(リンク:https://www.amazon.co.jp/医師が実践する-超・食事術-エビデンスのある食習慣のススメ-稲島-司/dp/4861138744)よりご参照ください。
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