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インタビュー

社員の4割がリモートワークの会社で、産業医は何をする? ―産業医 尾林誉史先生×企業の語り場 vol.3

2019年10月8日

オフィスに出社せずとも、自宅やカフェ、サテライトオフィスなどで仕事をする「リモートワーク」。政府は働き方改革の一環として推奨しており、実際に導入する企業が増えてきています。株式会社Kaizen Platformは2013年の創業時から従業員のリモートワークを実施。日々従業員の4割はオフィスに出社していません。そうした環境下で人事・労務スタッフはどのようにアプローチするのでしょうか? HR部部長の古田奈緒氏と、同社の産業医を務める尾林誉史先生に実情を伺いました。(取材日:2019年8月4日)

ITツールと「出社推奨デー」で意思疎通を図る

──Kaizen Platformでは、積極的にリモートワーク(以下、RW)を導入されているそうですね。

古田 創業時のコンセプトの一つに「働く時間や場所、組織にとらわれない働き方の提供」を掲げており、誰もが好きな時に、好きな場所で働けるワークスタイルを推進しています。弊社の主軸事業は、クライアント企業のホームページや動画広告の改善で、従業員の約35%はエンジニアです。彼らはネット環境さえあればどこでも仕事ができるので、ほとんどのエンジニアがRWを活用しています。他の部門であっても、状況次第で認めています。また、弊社に登録した協力会社、あるいはフリーランスのクリエイターを「グロースハッカー」(Growth Hacker)と呼び、彼らがプラットフォーム上でクライアント企業からの仕事オファーを受託できるような場を提供するサービスも行っています。グロースハッカーたちも、基本的にはRWです。

──オフィスに出社しない従業員の産業保健で、留意していることはありますか?

古田 “RWだから就労状況を把握できない”という事態を生じさせないようにしています。同じ空間にいなくても、Zoom(Web会議サービス)やSlack(ビジネスチャットアプリ)などのITツールで頻繁にコミュニケーションをとって、お互いの状況を把握するように努めています。また、チームによっては週1回15分程度、Zoom上で「小噺」の時間を設け、仕事の話から趣味の話まで自由に雑談できるようにしています。さらに、毎週金曜日を「出社推奨デー」とし、RWがメインの従業員もなるべく顔を出すよう呼びかけています。

弊社は創業以来、RWを取り入れた働き方が最も効率のいい働き方だと証明するためにチャレンジを続けています。しかし、中途入社の人は「オフィスに出社することが当たり前」という認識があり、RWは意思疎通が図りにくいと捉えがちです。RWで働く人は、そう思わせないように自分を可視化させる努力が必要になってきます。RWで業務のアウトプットが少ない人について、週数日は出社するよう指示することもあります。

尾林 私は2014年から産業医として関わっていますが、当初は直接顔を合わせないことでRWの従業員が孤立したり、問題を抱え込んだりしないか懸念していました。しかし、実際にはITツールや出社推奨デーで状況を把握できるので、「会えない=大変」という仮説は深刻ではありませんでした。もちろん会って話をする方が安心感はありますが、会えないからといって問題が生じるわけではありません。

RWで超過勤務になっている従業員は古田さんが把握しており、オンライン上で面談をすることもあります。オンライン面談のメリットは、相談者にとって心理的負担が低いこと。普段、オフィスに来ない働き方をしている人にとって、面談のために出社するのはハードルが高いことでしょう。その人に合った方法で面談をすることにしています。

──毎月の職場訪問はどう対応をされているのですか?

尾林 社内巡視よりも面談業務を大切にしています。面談が必要な人を事前に決めてもらって、個別にじっくり話を聞きます。

古田 個別面談のあと、尾林先生からフィードバックしていただく時間を長くもらっています。面談内容から見える従業員の傾向や、産業保健のティップスなどを私が文書化し、部長やマネージャークラスに共有しているのです。時には、こうした管理職の方々と先生との面談の場を設けて、部下育成や組織マネジメント上の課題感を直接共有・相談してもらうようにもしています。ゆくゆくは、尾林先生に社内研修や会議で話していただければいいなとも考えています。

新しい試みをしている企業の産業保健とは

──RWだからこそ発生しやすい、産業保健上の課題はあるのでしょうか。

尾林 RWをうまくできている人は、もともと自分で働き方をコントロールできる能力がありますから、実はメンタル不調に陥るリスクは低いと思います。そのため、私たちが手取り足取りサポートをする必要性は少ない。では、全従業員がRWにすればいいかというと、それは違うのです。クリエイティブな仕事は、どんどんキャッチアップしていかないと、スキルが陳腐化しやすい面があります。なので、自分で自分の市場価値を高めることを求められます。一人で成長できる人はいいのですが、うまく適応できなくてメンタルの問題を抱えてしまう人は一定数存在します。これはKaizen Platformさんに限った話ではなく、どこにでも起こりうる問題です。

古田 今、尾林先生がおっしゃったことは“ベンチャー企業だから”という特徴もあるかもしれません。自分が思ったように成果を出せない、周囲がみんな優秀に見えてつらいといったことは、社会人としての成長過程によくある悩みです。大企業であれば配置転換や人事異動といった方法で配慮できますが、ベンチャー企業は規模が小さいので配置転換は難しく、一から育てる余力もありません。弊社の場合は、他社での成功体験を持って転職してくる従業員が多く、入社後「意外と自分は仕事ができない」と自己嫌悪に陥ってしまうケースがあります。

尾林 「ここで失敗したら先がない」と思い詰めると、働き続けることが厳しくなってしまいます。社内で頑張っていく方法は一緒に模索するものの、無理を続ければ本人にとっても、Kaizen Platformさんにとっても望ましくない結果になりかねません。私から直接的に退職勧奨はしませんが、お互いにとっていい環境はどんなものか? という話はします。あくまで前向きな展開として、今後どうすればいいかを考えるためです。それは、ベンチャー企業の産業医にとって、大切な観点だと思います。

古田 メンタル不調を抱えた従業員が尾林先生と面談をし、復職したケースもあれば、外に活路を見出したケースもあります。先生が悩みを聞き、私が本人と上司のつなぎ役になってサポートをしているうちに、自分で転職先を見つけてきた人もいました。会社としては人材を失うので痛手になりますが、本人が納得して前向きに次の道に進むなら、それをサポートするのも人事の役割だと思っています。業界的なつながりがあるので、転職後も関係性が途切れるわけではありません。転職先の営業担当として、顔を見せにくる人もいます。

尾林 退職にあたってもめたり、喧嘩別れになったりしたケースは今までほとんどありません。それは、会社として無理に慰留することも退職を促すこともしない、あくまで本人にとっての「働く意味」を大切にしているからではないでしょうか。そうした意識は古田さんと私とで一致しています。従業員の不調に気づいた古田さんが適切にトスアップして、私が面談などの対応をすることで、従業員本位の産業保健ができていると思います。

古田 私自身、2017年に中途入社し、最初はRWという新しい働き方に戸惑いました。しかし、尾林先生が早い段階からKaizen Platformの産業医を務めておられるので、非常に心強く感じたものです。

尾林 RWという新しい試みを実践している企業の産業保健をどうするか、私もしばらくは手探り状態でした。会社が目指している働き方は実現したい。でも、産業保健の「こうすべき」と相容れないこともあるので、古田さんも私も苦慮しました。これまで2年ほど一緒に試行錯誤することで、RWでうまくいっている人はそのままの働き方を続け、あまり合わなそうな人は考え直そうという切り分けが見えてきました。古田さんの感覚と、社内の働き方が徐々に成熟していく過程にご一緒させてもらった印象です。

古田 試行錯誤といえば、前述の「出社推奨デー」は、もともと「出社義務デー」という名称でした。全く出社しなくても構わないという人がいる一方で、週1回くらいは顔を合わせたい人もいる。そのために設定したわけですが、「義務」というネーミングに抵抗感を覚える従業員もいました。1カ月ほどのトライアルを実施し、最初はみんな出社していましたが、徐々に来なくなる人が増えていきました。これではうまくいかないと思い「推奨」にしたのです。普段RWの人が出社すると、管理職が「久しぶりだね、会いたかったよ」と声を掛けるなど、心理面のフォローもしています。

会社の拡大期に、産業保健はどう対応する?

──今後の展望について教えてください。

古田 今は、人事担当の私が全従業員の顔と名前を把握し、現場の情報がすぐに入るので、何かあった時はタイムリーに尾林先生につなぐことができます。しかし、会社の規模が大きくなるにつれて、変えていく必要がある場面も出てきています。例えば、私だけで全従業員に逐次対応することは難しいので、現場のマネージャーと尾林先生の接点を作りたいと考えています。また、メンタル不調は発症してからの早期対応も大切ですが、予防も非常に重要です。予防に向けた取り組みも始めたいですね。

尾林 会社として拡大期に入ってきていることは間違いありません。産業保健上、これまで丁寧にできていたことが難しくなるステージに入っています。限りある時間の中で、いかに質を担保していくか。基本的な方向性を変える必要はありませんが、場合によっては訪問時間や頻度の見直しなども考えることになるかもしれませんね。

古田 Kaizen Platformは、新しい会社の形を作ろうと考えています。働くということは、時間にしても労力にしても、生きることの大半を占めています。だからこそ多様な働き方を尊重し、Kaizen Platformという場を使って自己表現している人たちを大切にしたいのです。古き良きKaizen Platformの風土も残しつつ、変えていく必要のある部分は変えていく。そうやって、従業員が安心して自分らしい働き方ができる環境を整えたいですね。

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尾林 誉史
おばやし たけふみ

東京大学理学部化学科卒業後、株式会社リクルートに入社。2006年、産業医を志し退職。2007年、弘前大学医学部3年次学士編入。2011~13年、産業医の土台として精神科の技術を身に付けるため、東京都立松沢病院にて初期臨床研修修了。2013年、東京大学医学部附属病院精神神経科に入局。長崎市にある医療法人厚生会道ノ尾病院に赴任(後期研修修了)。可能な限り衛生委員会に出席する、メンタル問題の兆しが現れるのを待たずに積極的に面談を実施する、4~5時間かけて企業の内情を掘り下げるなど、自他ともに認める『攻めの産業医スタイル』が持ち味。リクルートグループの嘱託産業医を経て、主に東京に本社のある企業9社の産業医およびカウンセラー業務も務めている。

【企業プロフィール】
・社名:株式会社Kaizen Platform(東京都港区)
・従業員数:55名(2019年9月時点)
・事業内容:企業のホームページや動画広告の改善、デジタルマーケティングソリューションの提供など
・尾林先生の就任時期:2014年9月
・尾林先生に依頼した決め手:他社の人事労務担当者からの評判、信頼

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