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インタビュー

「この体、医学の発展に捧げたい」献体希望者が急増したわけ

2017年9月28日

死後、自身の遺体を医学部の解剖実習などに捧げる、献体制度。現在、献体登録者は約28万人と30年前の4倍近くに上ります。多くの医師にとって、人生で初めて人体にメスを入れる機会となる解剖実習。その裏側で、何が起こっているのでしょうか。
今回取材したのは、献体の啓発や実態研究などを行う日本篤志献体協会で理事長を務める佐藤達夫氏(東京医科歯科大学名誉教授)。献体制度の普及に大きく寄与したとされる「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」(以下、献体法)の策定にも携わった佐藤氏に、現状を聞きました。

行き倒れ遺体での解剖実習時代から一転 急増する献体希望者

―日本篤志献体協会の推計によると、献体登録者の総数は約28万人(2016年度実績)。登録者は増加の一途をたどっているとのことですが、背景には何があるのでしょうか。

大きなきっかけとなっているのは、1970年代後半から盛り上がった「献体運動」です。献体に対する社会的認知向上を目指したこの運動の末、献体の輪は爆発的に広がって行きました。

➖1970年代後半、なぜ献体運動が盛り上がったのですか。

1970年代以降は、田中角栄内閣において「一県一医大構想」が掲げられ、16もの国立医学部が新設されました。当初、「医学部新設ラッシュが医師不足解消につながる」という期待感は大きなものがありましたが、思わぬ落とし穴がありました。それが、献体不足です。

医学教育の世界では一般に、医学生2人に1体、歯学生4人に1体のご遺体が教育的に必要だと考えられていましたが、医学部の新設ラッシュによって医学生も急増し、献体数が圧倒的に足りない状態に陥ってしまったのです。中には、学生10人に1体しかご遺体がなく、解剖実習が難しい大学もあったと言われています。当時は献体に対する社会的認知が非常に低く、献体希望者も少なかったですし、たとえ「献体をしたい」と意思表示しても、死後になってご家族が「やはり大学に遺体を預けることなどできない」と、献体を断るケースがあとをたちませんでした。

こうした状況下、解剖実習でメスを入れられていたのは、身元不明の行き倒れといった社会的弱者たちでした。もちろん、彼らは必ずしも望んで献体をしているわけではなく、1975年時点の篤志献体比率(本人の意思にもとづいた献体の割合)は25.1%に過ぎないというデータもあります。こうした実情に問題意識を持った一般市民や解剖学者、献体希望者らの手によって起こされたのが、「献体運動」でした。

➖少数とはいえ、当時から献体希望者はいたのですね。

そうですね。献体に至る思いは一様でなく、「医学に助けられたから、恩返しがしたい」という方、「戦争で亡くなった家族や友人の思いを背負って、最後に何か日本の未来に貢献したい」と語る方、医療ミスに遭った方が、「次世代には自分と同じ思いを味あわせたくない」と献体を申し出るケースもありました。

献体希望者といっても思いは様々でしたが、献体の意思を持ったご遺体で解剖実習を行うべきという意見は多くの方の共感を集め、1982年には文部大臣(当時)から献体者に感謝状を贈呈する制度が創設されたほか、1983年には「献体法」が制定され、市民権を得るに至りました。とくに献体法ができたことで啓発活動も活発化しましたし、献体に対する各地の行政窓口の対応もスムーズになったと言われています。

―「献体法」のポイントは何だったのでしょうか。

献体法による最大のインパクトは、「献体の意思は、尊重されなければならない」(第3条)という条文を盛り込んだことです。また、献体の意義に対する国民の理解を促進することを国に求め、献体という行為が偏見を招かないよう、国を挙げて献体の尊さを発信することとなりました。

献体法は、違反したところで罰則のない、いわゆる「ザル法」だと言われることもありますが、公的なお墨付きをもらえたことのインパクトは大きく、1980年台以降、献体者数は急激に増加することとなりました。

➖急増したということは、それだけ多くの方が、潜在的に献体の意思を持っていたということでしょうか。

もちろん、献体運動が功を奏した面も大きいとは思いますが、こんなにも献体希望者が増えるとは、献体法が施行された当時からすると、まったくの想定外でした。増加の背景には複合的な要因が絡み合っていると考えています。

➖複合的な要因とは。

たとえば、献体希望者の増加に輪をかけていると言われるのが、孤独死や身寄りのない方の増加です。献体されたご遺体は多くの場合、解剖を経て大学の負担で火葬を行い、引き取り手がいなかったりすると、大学の納骨堂に安置することもあります。近年では火葬や納骨の手間や出費が少なくなるからと献体を希望される人も増えており、一部の大学では納骨堂がいっぱいになってしまっている状態とも聞きます。

➖そうした実情については、どのように捉えていらっしゃいますか。

率直な思いとして、何かメリットを求めて献体を申し出る方にはまず、「無条件・無報酬で提供すること」という献体の精神を理解してほしい。純粋に医学のためを思う献体者の方にメスを入れるからこそ、学生たちは解剖実習にさまざまなことを考えられると思うからです。協会としても、献体を行う前にしっかりと理念を説明し、医学のために貢献したいと考える人からの登録を求めています。

➖献体登録者は増加しているとのことですが、一方で献体を受ける教育機関側に、何か変化はありますか。

現在では医学生だけでなく、研修医の臨床教育にも献体を取り入れようとしている大学は増えていますね。それから、多職種が患者さんの身体にふれるようになったことで、コメディカルを養成する教育施設においても、献体を求める動きが出始めています。
ただ、医学部・歯学部以外の教育機関でご遺体を集めることはできないと法律で決まっていますし、解剖実習には医師の指導が不可欠なので、ハードルは高い。われわれとしてはまず、コメディカルの養成機関の指導者層に向けて解剖学的な指導を行っていきたいと考えているところです。

「解剖実習不要論」から状況は一変

➖佐藤先生は献体運動にもかかわる一方で、2001年に発表された「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の策定にも携わるなど、医学教育全体の議論にも参加して来られたかと思います。これまでの経験から、解剖実習の意義はどのようなところにあると思いますか。

本や模型ではなく実際の体に触れ、メスを入れ、自分の目で人体を見ることは、医学生にとって大きな意義があると、わたしは思っています。本物を見たからこそ湧き上がる医学的な探究心が、これからの医療を発展させていくと思いますし、医学のために体を捧げてくださった献体者の方々への思いを巡らせることが、医師となる上で大切な使命感を醸成する、大切な要素になると考えています。

振り返ってみると献体者数が少なかった1970年代後半は、「本当に解剖実習が必要か」という声が有識者からも挙がるような時代でした。優秀な人ほど「解剖実習は倫理的にやっていいことなのか」「分子レベルの医療が進展するこれからの時代、体内の構造については模型で学ぶ程度で良いのではないか」と提言していたように思いますし、現在も医学の発展に伴い医学部のカリキュラムを修正しようとする場面で、削減の対象として挙がりやすいのは解剖実習です。

ただ同時に、医学教育の当事者である医学生から、「存続させてほしい」という声が根強いのも、解剖実習の特徴です。中には解剖実習を行うまで、本物の遺体に接したことがなかったと、泣き出してしまう生徒もいるのですが、解剖実習を終えてから彼らの目つきが変わるというのは、よく言われることです。

医学生の皆さんには、医学の発展に寄与しようと考えた献体者たちの思いを汲み取って、丁寧に解剖実習に当たり、一つでも多くのことを発見して欲しい。将来、彼らの治療を受けて、医学の恩恵を感じた患者さんの中には、「自分も献体を通じて、医療の発展に貢献したい」という方が出てくるかもしれません。良い医師が医療を行い、その医師の診療を受けた患者さんが献体という行為を通じて、次世代の医師を育てていく――こうした循環の中にこそ、医学の発展はあるのではないでしょうか。

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