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実践する勉強会「関東若手医師フェデレーション!!」の舞台裏―山本竜也氏(医療法人社団誠馨会 セコメディック病院)【前編】

2018年11月27日

山本竜也 医師

医師3年目でありながら、若手のための勉強会「関東若手医師フェデレーション!!」の運営に関わり、いかなる疾患にも応じられる総合力を自他ともに身につけようと奔走する山本竜也先生。後期研修中でありながら、いったんは専門医を取得せず、患者さんに寄り添う知識とスキルを身につけるという選択をしています。前編では「関東若手医師フェデレーション!!」の概要や活動の思いについて、後編では山本先生のキャリアについて伺いました。(取材日:2018年10月27日)

東北から上京して全国レベルを実感

―「関東若手医師フェデレーション!!」(以下、東フェデ)とは、どのような勉強会なのでしょうか。

目的は主に3つです。1つが関東の研修医のボトムアップ、2つ目が若手医師の交流、3つ目が次世代のリーダー育成を掲げています。もともとは2015年7月に関西で行われていた「関西若手医師フェデレーション」の経験をもとに、原田拓先生(昭和大学病院)と森川暢先生(JCHO東京城東病院)が設立した団体で、立ち上げ人の思いを引き継ぎながら、年3回の勉強会「カンファレンス」やショートレクチャーを交えたスタッフミーティング「小籠包会議」を毎月開催しています。

―山本先生は共同代表として運営を担っていますが、東フェデにはどのようなきっかけで参加したのでしょうか。

はじめて参加したのはマッチング結果が出た後、医学部6年の12月でした。初期研修は山形県からの上京が決まっていたので、SNSで見つけた勉強会やイベントに参加して知り合いをつくろうと思っていました。

―実際、参加してみての感想はいかがでしたか。

参加者のレベルの高さに圧倒されました。特に、当時ファシリテーションをしていた方たちの的確な進め方には本当に驚きました。私の出身は北海道、大学は山形県と、それまで北日本のことしか知らなかったので全国のレベルの高さを感じました。多くの参加者が将来ビジョンを持っていたことにも刺激を受けましたし、相談できる仲間も自然と増えて、今に至ります。

―山本先生は医学生のときに参加されたのですね。現在はどのような参加者が多いのでしょうか。

メインターゲットは初期研修医ですが、医学生から後期研修医まで幅広く対象としていて、SNSやクチコミだけで50人ほど集まります。多くの参加者に共通して、自分の勤務先のやり方が正しいのか、悩みがたくさんあるけど他施設の同期も同じように考えているのか、といった問題意識があるように思います。2015年の立ち上げから関わり続けてくださっている先生もいるので、自院以外のメンターからアドバイスを得られる環境でもあります。

―他の勉強会とはどのような違いがあるのでしょうか。

内容は、テーマを絞らないプレゼンテーション大会や身体診察のワークショップなど、参加者に能動的に参加してもらうプログラムがほとんどです。

2018年10月21日に行ったカンファレンスでは、自分が救急外来の当直医という想定で、次々と来る患者へのトリアージ、処置、検査や他科へのコンサルト方法などをシミュレーションする勉強会を開催しました。

学んだ知識は、行動しなければ身につかない

関東若手医師フェデレーション
2018年10月21日に行ったカンファレンスの様子

―実際行われたシミュレーション勉強会の内容を教えてください。

4人ほどのチームに分かれて、60分間で12症例を検討します。参加者のレベルにもよりますが、およそ2人に対してファシリテーターが1名つき、議論を促します。ただ実践して終わるのではなく、しつこいほど振り返りの時間があるのが本勉強会の特徴です。30分、60分ごとに個人ワークはもちろん、ファシリテーターを交えたり、グループ全体で話したり、さまざまな視点で振り返りました。これは研修医で重要となるノンテクニカルスキルの中から個人の限界を知り、コミュニケーションをとりながらチームワークを築いてほしい意図があって取り入れたものです。

そして、勉強会当日のまとめでは、知っていることとできることは違うと示したMillerのピラミッドや経験から学ぶというKolbの学習モデルを示し、医療はより実践的な状況の中で身につけていくものだと呼びかけました。そもそも知識があっても行動しなければ、自身の成長にはつながりません。東フェデでは、実践したら言語化して課題の原因まで考え、改善のための具体的な行動を定め、アクション段階までステップアップできることを目指しています。

「関東若手医師フェデレーション!!」のまとめで提示したフレームワークの資料(エムスリーキャリアにて作成)

―個人でできることには限界があると知ったり、知識を行動に移したりすることが、結果的に医師のリーダーシップにつながっていくのでしょうか。

そのように考えています。リーダーに必要な要素として私たちが考えているのは、個人の限界を知っていること、コミュニケーションがとれること、チームワークを大切にしていることで、先ほどもお話した医学教育の中で「ノンテクニカルスキル」として注目されている要素です。医療チームの中でリーダーシップをとることが多いのは医師なのが実状です。そのため初期研修医だとしても医師として同じチームにいる以上、リーダーシップを発揮しなければいけない場面はあり、答えに窮することが多々あるかと思います。東フェデの勉強会では、周りに頼ることは決して恥ずかしいことではないと伝えられたらと思います。

ノンテクニカルスキルの例

・状況認識
・意思決定
・コミュニケーション
・チームワーク
・リーダーシップ
・個人の限界の管理

―東フェデの、今後の目標を教えてください。

今回行ったシミュレーション勉強会などは、マニュアル化して全国どこでも学べるしくみをつくっていきたいと思っています。同じ「フェデレーション」の名前がついた団体が、東北、関西、中四国などにもあるのでそれらの団体とも協力しつつ、東フェデの研修をパッケージ化して、全国の若手医師が学べる環境をつくっていけたらと考えています。

2018年10月21日に行ったカンファレンスの集合写真
【関連リンク】
▼「関東若手医師フェデレーション!!」の最新情報はこちら
Facebookページ:@kanntouwakateishifederation
ブログ:「関東若手医師フェデレーション 公式ブログ」

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