「伝統的にイメージされてきたような“慢性期病院”像は、徐々に崩れつつあるかもしれない」。そう語るのは、30代にして厚生労働省の医系技官を辞し、平成医療福祉グループに転職した坂上祐樹氏。医師にとっては、第一線を退いた後の活躍の場ともとられることがある慢性期医療。急性期の医療機関からは見えづらい面白さや、現場の様子について伺いました。
患者を多角的な視点で診る面白さ
─慢性期に初めて関わってみて、どんなところに面白さややりがいを感じますか。
慢性期は、急性期に比べて経過が長いですよね。いかに病気を治して、リハビリで機能を回復させていくか。これで終わりではなく、退院後の生活まで見なければなりません。自宅に帰すにしても、すぐに以前のような生活ができるとは限らない。患者ごとに家庭や金銭的な問題、介護の状況など事情は異なりますから。
患者のすべての疾患を横断的に診て、なおかつ生活環境まで踏み込むというのが、慢性期医療の一番の醍醐味であり、面白いところではないでしょうか。そこまでトータルで関わりたいという医師に向いていると思います。
また、多職種によるチームで取り組むという楽しさもあります。医師だけで完結できることはほとんどない。僕自身、薬で分からないことがあればすぐ薬剤師に電話をして聞くし、栄養のことは管理栄養士に相談します。いろいろな人たちと連携して、患者の生活を支えていくのです。
それにはマネジメント的な視点も必要です。とりわけ療養型などでは、法律の配置基準上も、医師の人数は急性期より少なくなりますから。コメディカルスタッフの力を借りながら、みんなで一緒にやろうというのがより大事になってきます。
─ご所感として、どのようなスキルを持った医師が活躍できそうだと思いますか。
急性期から患者を受け入れることが多いので、急性期を全く経験しないで来るより、一定程度、急性期を経験してから慢性期に来たほうがいいのかなと思います。
私の場合は初期研修を終えてすぐ医系技官になったので、急性期を経験したのは初期研修の2年間のみ。さすがにそれだと少し短いかもしれないとは思います。恐らく今だと専門医を取るとか、そのぐらいまで経験してから慢性期に来ると、すぐ戦力になれるのではないでしょうか。
「慢性期病院」像が崩れつつある?昨今のトレンド
─先生のように30代の医師では、急性期の現場で自分の専門性を生かしていこうという志向性の方が多数派のようにも思われますが、そうした中で慢性期の分野へと転向することに不安はありませんでしたか。
急性期の医師は、確かにその分野のスペシャリストだと思います。そうした臓器ごとにしっかり診るという医師は必要です。
一方で、患者を全人的に診る総合的な医師も必要です。今、専門医でも総合診療医ができました。あの分野は結構、若手の医師に人気があります。今後は専門性に特化するというよりも、トータルで診たいという医師が増えてくるのかなと思います。
最近は慢性期だけをやっているような病院のほうがむしろ少ない。その点は昨今のトレンドとして言えるかなと思います。うちのグループも慢性期から始まっていますが、現在は「地域密着型多機能病院」を目指し、回復期のリハビリもやっていますし、訪問診療も始めています。病棟もあるし、リハビリもある。在宅医療もできます。むしろ慢性期などのほうが急性期よりも多様性はあるのかなと思います。
「臨床だけが、医師の仕事ではない」
―医療機能が多岐にわたる分、医師に求められる役割も多面的になりそうですね。
そうですね。急性期、慢性期という以前に、そもそも医師は臨床だけをやるものと決まっているわけではありません。医師免許があることで、臨床もできるし研究もできる。僕のように行政官にもなれるし、民間に行けば経営者、大学になら教育者にもなれる。言ってみれば、医師にはいろいろな選択肢があるので、自分で道を狭めてしまうことのほうがもったいないと思います。
僕は一見、無駄に見えることこそ大事だなと思っています。例えば、僕は小学校1年から大学まで剣道をやっていました。母校である長崎県立島原高校の剣道部はインターハイでの優勝経験もある強豪校で、休みはお盆と元旦のみ。高校時代はろくに勉強せず、剣道に明け暮れる毎日でした。医師になるのに、剣道なんて全く必要ありません。でも、剣道のおかげで強い精神力が備わり、どんな苦しい場面にも耐えられた面があると思います。
特に勤務医に、臨床だけやる、専門の業務だけやるというふうに考える人が少なくないように感じます。そうなると、どうしても視野が狭くなる。「医師だからこれしかやらない」という人生は面白くない。僕自身はこれからも領域にこだわらず、さまざまなことに挑戦していきたいと思っています。もしかしたらこういう思いに賛同してくれる方こそ、「慢性期向き」なのかもしれないですね。
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