総合診療医のロールモデルを探しに、アメリカへ留学した大蔵暢氏。そこで出会った老年医学と多職種連携の在り方に衝撃を受け、宮城県大崎市で留学先での学びを実践し始めました。一地方都市でありながら連携の場には多くの人が集まり、「異次元」の多職種連携を行っているといいます。今回は大蔵氏がアメリカで学んだこと、そしてそこでの学びを生かした多職種連携について聞きました。(取材日:2017年9月16日)
老い・病い・生活を幅広くとらえる、老年医学との出会い
―大蔵先生は、どのような経緯でアメリカ留学を決めたのでしょうか。
アメリカ留学を決めたのは2001年、当時わたしは総合診療医になりたいという思いで研修医生活を含めて3カ所の医療機関に勤務しました。しかし総合診療は新興の分野ということもあって、ロールモデルがなかなか見つからなかったんです。「これは海外に行かないと見つからないかもしれない」と思い、渡米を決意。現地で老年医学と出会い、魅了されました。
―老年医学のどのような点に魅了されたのですか。
アメリカの老年科医が、老い・病い・生活を俯瞰的に見わたし、それらが複雑に絡み合って起こっている問題を、まるで絡まった糸を解きほぐすように分析・整理し、解決へと導いていたことに大きな衝撃を受けました。それに比べ、日本で勤務していたわたしは、全人的医療を目指していたにも関わらず、病気を中心とした見方しかできていなかったことを思い知らされました。
高齢者医療の目的は、残された命と生活の質(以下QOL)という2つの要素を最大化することにあります。長い人生を歩まれてきた高齢患者さんのQOLは、それぞれの価値観に深く結びついているので、何がその人のQOLを向上させるのかは多岐にわたります。つまり、高齢者医療の目的を実現するには、医師一人による医学的・医療的視点だけではなく、それぞれの分野のプロフェッショナルが集まったケアチームによる多視点が必要なのです。
―帰国後は留学先での学びをどのように生かしたのですか。
施設に入居する高齢者の健康管理を行っているトラストクリニックに入職し、老人ホームという区切られたフィールドで、濃密で高品質な多職種連携の実現を目指すことにしました。わたしが帰国したのは2009年。日本でも多職種連携が注目されていましたが、アメリカで見たそれに比べると、量も質も劣っているように感じました。そこで、サービスを提供する多くの専門職が、生活者のいつも近くにいる老人ホームで、QOLを維持した医療を提供することができないか、を模索したわけです。実際、時間的・空間的にチームワークをしやすい環境だと思いました。しかし、老人ホームを運営しているのはほとんどが営利企業です。長期的な目標は同じでも、医療とはどうしても相容れない部分があり、老人ホームでの多職種連携は諦めざるを得ませんでした。結果、2016年9月に退職し、翌月から「医療法人社団やまと」に参画することになりました。
高齢者にとっての桃源郷をつくりたい
―なぜ、医療法人社団やまとを選んだのですか。
以前から理事長と交流があり、その取り組みに注目していたところ、2016年11月に宮城県大崎市に新しい診療所を開設するという話を耳にして、ぜひその立ち上げに加わってみたいと思ったのです。
少子高齢化による人口減少が進み“消滅可能性都市”と言われる自治体もある中、地方創生の実現のためには、医療・介護・福祉の充実がポイントになると考えています。医療と介護を整え、高齢住民が安心して暮らしやすい街をつくるには、わたしが思い描く多職種連携の浸透が有効だと思いました。そして、東日本大震災後の医療復興から安心安全の健康地域づくりをめざす「医療法人社団やまと」であれば、在宅診療所の新規開設と多職種連携を連動させて、高齢住民が安心して老い、生き終えられる桃源郷のような地域のモデルがつくれるのではないかと思い、院長としての入職を決めました。
―開設から1年経ちましたが、多職種連携の現状を振り返ってみてどうですか。
隔週で行っている事例検討会は20〜30名、セミナー形式の勉強会には80〜100名もの多職種の方々が参加してくださっていますので、開設1年としては順調といえます。診療所やわたしの活動がこの地域に着実に受け入れられているように感じています。地域の基幹病院である大崎市民病院との病診連携も強化されており、お互いになくてはならない存在になっています。大崎医師会や涌谷町の医療介護連携推進の委員として、自治体の地域包括ケアの仕組みづくりにもかかわらせてもらっています。
表面的な議論で終わらない、「異次元」の多職種連携
―とても順調そうですが、今感じている課題はありますか。
医療・介護従事者を含めて、全住民が現状に満足せず、その地域の将来に危機感を持って変化していく必要があると思っています。
わたしが目標とするチームケアは、集まって表面的な議論で終わるのではなく、問題解決までできる「異次元」の多職種連携です。目の前にいる患者さんや住人に起こっている問題を、多くの視点をもって議論し解決方法を見出していきたいのです。そのためには、その方にサービスを提供している人達だけでなく、実際には関わっていない専門職の方々にも積極的に参加してほしいと思っています。それは個々の事例検討から地域全体の課題発見と解決につながるはずだからです。
現場では問題が山積していますから、それらを全て解決しようとすると事例検討会の頻度が増え負担は大きくなります。優先順位づけが重要でしょうし、ICTなどを利用して集まらなくても議論できる仕組みが必要でしょう。ただそのような取り組みをしなくても問題が解決されずになんとなく流れていくことも多いですから、「問題解決のために集まる」営みを意識的に行っていくことが重要です。地域を変えるためには、惜しまずに手間と暇をかけるべきなのです。
―まずは、多職種連携を行うことで問題解決ができると実感してもらうことが必要なのですね。
そうです。人は意味の小さい、価値の低い営みには取り組みません。多職種が連携すれば困っている地域住民の複雑な問題を解決できる、という体験を踏みつづけることで持続可能な営みに発展するのです。そうすれば、いつの間にか必ず高齢住民にとって暮らしやすい地域となり、ひいては地方創生につながっていくと確信しています。その時に完成された多職種連携は、他の地域とは全く異なる「異次元」のものになっているはずです。
多職種連携は一回の研修会でできるものではありません。地域の問題に皆でひとつひとつ取り組んでいく中で解決体験を踏み、その必要性を実感しながら発展させていく手間と暇のかかる地道な取り組みなのです。メジャーリーグのイチロー選手が言っているように、小さいことを積み重ねることだけが、唯一とんでもないところへ到達できる手段なのです。
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