患者に寄り添う訪問診療を行いながら、エンドオブライフ・ケア協会の理事として看取りに関わる人材育成にも取り組む、めぐみ在宅クリニックの小澤竹俊氏。在宅療養支援診療所が制度化された2006年に開業してから、10年以上にわたり、在宅医療の第一線で活躍されています。団塊の世代が75歳を迎える2025年に向け、地域、そして日本全国の在宅医療を支えようと意気込む小澤氏に、在宅医のキャリアについて伺いました。
日本で一番苦しんでいる人のために歩んだ医師のキャリア
―そもそも、なぜ医師を志したのかを教えてください。
高校時代に「どうしたら自分は幸せになれるのか」を考えました。そこでたどり着いた答えは、「人の役に立ち、喜んでもらえたら自分も幸せになるだろう」ということ。はじめは海外に行くことも考えましたが、「あなたの国の最も貧しい人のために働きなさい。どんなにお金があっても、食べ物があっても悩み苦しむ人がいます」というマザー・テレサの言葉に感銘を受け、「日本で一番苦しんでいる人のために働きたい」と、命に関わる医師を志しました。
―それから、医師としてどのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか。
医学部時代から農村医療に関わり、卒業後は人口10万人あたりの医師数が東北で最も少なかった山形県で、救急医として医療を学びました。しかし、医療過疎地とはいえ、車で1時間も走れば誰でも病院に行ける時代。そういった環境下で一番苦しんでいるのは、治らない病気を抱えた患者さんとご家族なのではないかと思い、当時全国に10カ所もなかったホスピス病棟のある横浜甦生病院で緩和ケア医の経験を積みました。そこで、ホスピスは素晴らしい場所だと実感しましたが、受け入れられるのはがんとエイズだけ。関わる患者さんの限界を感じるようになったときに、元厚生労働省の辻哲夫氏の講演で「病院から在宅へ」というキーワードを聞いたのです。
当時から国が在宅医療に求めていたのは医学的な専門治療というよりは、自宅で穏やかな最期を迎えるための支援体制。しかし現場に目を向けると、当時の在宅医療は胃ろうをつくる、人工呼吸器をつける、神経難病を診るなど、“病院と同じことが自宅でもできる”のが魅力であるかのようにとらえられている向きがありました。そこで、わたしはホスピスで学んだプロとしての経験を活かし、どんな病気でも、患者さんが自宅で穏やかに過ごせるようなモデルをつくりたいと思って、今に至ります。
志を同じくする仲間と連携する
―めぐみ在宅クリニックの訪問診療体制について、教えてください。
医師、看護師、ドライバーがひとつのチームになり、1日当たり居宅8件、約30分ずつかけて丁寧に訪問診療をしています。現在、非常勤を含めて17名の医師がおり、内科、外科、麻酔科、精神科など10科目ほどの専門医がそろっています。当院の申し送りでは、重症患者さんの報告だけでなく「臨床疑問」というかたちで、「こういう時はどういう治療をすれば良いか」を共有するので、それぞれの専門知識がとても役立っています。
―さまざまな専門性を持つ医師が集まっていることが、適切な診療につながっているのですね。ちなみに、地域の看護・介護との連携はどのように行っていますか。
開業からの10年間で訪問看護ステーション83カ所、居宅介護事業所79カ所、地域包括ケアセンター14カ所と連携してきました。ここまで連携対象が広がったきっかけは「そこに患者さんがいるから」。どんな患者さんからの求めにも全力で応じてきたつもりですし、その患者さんに一番近い法人と協力関係を模索し続けた結果、今日の体制があります。実は、訪問看護ステーションを自分の法人で運営したほうが利益的には良いという数字も出ているのですが、わたし自身が診療に集中するため、また地域のネットワークをつくるために、積極的に地元でがんばっている人たちと協力するようにしています。
―在宅医療において負担の大きい「24時間365日体制」はどのように整備していますか。
今でこそ医師数が安定し、日勤、当直ともに交代で勤務できるようになりましたが、開業当初は一人で年間200人を24時間365日診療していました。しかし、一人ではどうしても電話対応に遅れてしまうことがあるので、交代できる医師の存在は欠かせません。
患者さんには、痛みが出たらすぐに電話をせず、手持ちの薬を使うよう予測指示をしています。そのため、当院の夜間呼び出しは17時半~22時が2日に1回、0時以降は10日に1回あるかどうかくらい。そばに医師や看護師がいなくても、痛み・苦しみなく過ごせる症状緩和には、こだわって提供しています。
「Good enough(これでいい)」と言ってくれる支えを知る
―一連の切れ目ない医療を提供するにあたり、在宅医の疲弊が懸念されていますが、小澤先生が心がけていることは何でしょうか。
在宅医に必要な心構えは、自分の弱さを認め、力になれなくても逃げないこと。そして、周囲の人からの支えに気づくことだと思います。
わたしはよく看取りに関わる人に「あなたは自分に何点をつけますか?」と問います。
医師であれば、十分な治療ができたときに100点中100点をつけるでしょう。これは英語でvery good(よくできました)。一方、治療しても完治が見込めず、それ以上何もできないときはどうでしょうか。自分の不甲斐なさに10点をつけるかもしれません。ただ、在宅医療では、全力を尽くしたうえで患者さんが穏やかに過ごされているなら、その10点をgood enough(これでいい)ととらえます。医師として100点を目指したいのは当然です。しかし、在宅の現場では力になれない自分を認めないと、いずれ燃え尽きてしまう可能性が高い。わたしは「誰かの支えになろうとする人こそ支えが必要」だと考えています。自分の頑張りを自分以外の誰か―医師になるまでに支えてくれた仲間や恩師、出会った患者さんやご家族、ともに働く仲間―から全力を尽くしたと認めてもらえるならば、きっと患者さんの役に立っているはず。身近な支えを自覚するだけでも、心が楽になると思います。
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