
こんにちは。都内の企業で専属産業医として働く医師「Dr.けん」です。 産業医の役割は、企業等で働く人の安全と健康を守ることです。この責務を果たすためには、労働安全衛生に関する知識に加え、ビジネスパーソンとしての基礎知識を身につけておくことも大切です。 連載第3回となる本記事では、私が「働く前に知っておきたかった」という観点で、医療機関とは異なる部分の多い「企業」の文化と対応についてご紹介します。
「時間厳守」の重み。スケジュール感の把握
医療機関と企業では時間に対する感覚が異なることは他の記事でも取り上げていますが、改めて触れてみたいと思います。
企業活動における会議や面談、商談は、分単位でスケジュールされています。そして、企業で働く人たちは「人の時間を使う」すなわち「コストを使っている」という感覚を持っていることを知っておきます。
・遅刻は信用を失う: ビジネスシーンでの遅刻は、単なる時間管理の問題ではなく「相手の時間を奪う行為」と見なされ信用を大きく損ないます。産業医訪問の際は十分注意します。
・期限を必ず守る: 企業における業務には必ずデッドライン(提出期限)があります。社員の健康診断結果報告やストレスチェック後の面談推奨など、法律に関わる業務は特に厳守が求められます。期限を守ることは、産業医としての信頼性に直結します。
そのほか、企業のスケジュール感覚も身に着けたいところです。企業の方たちは常に忙しく働いてますし、有給休暇も取得するなど予定がいっぱいです。ですので、私は打ち合わせや面談などが必要になった時点で確保しておくことを心がけています。
また、会社の年間行事・休日が分かるカレンダーを把握するのも大切です。
「報・連・相」をベースとしたコミュニケーション
企業では「報告・連絡・相談」いわゆる「ほうれんそう」を基本としたコミュニケーションを行っています。
企業で働く人たちは、事業や業績を意識し、「いつまでに何をするのか」「やった結果どうだったのか」ということを絶えず繰り返しており、それらを円滑にすすめるために欠かせないのが「報・連・相」というコミュニケーションのシステムです。
また、会議においては事前にアジェンダ(議題)を設定し、話し合った内容は議事録として残すことが一般的です。これは衛生委員会の場面でも同様の取り組みが行われます。
衛生委員会の開催も、企業にとっては「ミーティング=人の時間を使う」というコストの一部であるため、意義のある時間にしていくことが大切になります。
よって、産業医として議題に上げたいことがある場合には、事前に委員会の議長等にその内容を共有・コミュニケーションを取り、相互理解を深めておくとスムーズです。
「報・連・相(ほうれんそう)」
何か問題が発生する前に、または対応に迷う前に、必ず上長や関係部署に迅速に相談(相談→連絡→報告の順を意識)します。特に、社員の休職や復職など、労務管理に関わる重要な事柄については、「情報は共有するもの」という意識が重要です。
アジェンダ、議事録
会議にはアジェンダ(議題)を設定し、討議した内容は議事録として残されます。これは、決定事項とその経緯を明確にし、次のアクションにつなげるための重要なビジネスプロセスです。また、出席を求められていた会議(MTG)をやむを得ず欠席した際は、必ずその会議のアジェンダに目を通しておくのもマナーといえます。
知っておきたい基本のビジネス用語
企業で働く人たちは、当然ながら医療従事者ではありません。そのため、医療の現場で使う専門用語をそのまま企業内で使うのは避け、平易な表現にしましょう。
しかし、企業ではいわゆる「ビジネス用語」が飛び交っており、「産業医の先生だってそれくらいは分かるでしょう」といった具合に使われることもしばしばですので、その一部をご紹介します。
コンプライアンス
法令遵守」のこと。健康管理体制は労働安全衛生法に則って行うため、産業医が最も意識すべき基本です。
ガバナンス
企業統治。不正を防ぎ、企業活動を健全に行うための仕組み。産業保健活動においても、公平性・透明性が求められます。
イシュー
解決すべき本質的な課題や論点。目の前の事象ではなく、「この健康問題の根本的な原因は何か」といった本質を探る際に活用できます。
KPI・KGI
企業では、業績目標を達成するための指標として「KGI」や「KPI」を定めています。端的にいえば、KGIは「最終ゴール」、KPIは「ゴールまでの道筋」におけるチェックポイントです。
・KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標):企業やプロジェクトの最終的なゴールを、数値で明確に示した指標です。例えば、「来期の売上高10億円達成」など、最終的に目指す結果を設定します。まずKGIを決め、それを達成するためにKPIを設定します。
・KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標):KGIを達成するために、日々の業務プロセスで設定される中間目標や行動の達成度を測る数値です。例えば、KGIの売上10億円達成のため、「新規顧客の商談数を月30件にする」や「ウェブサイトの訪問者数を月5万人に増やす」などがあります。
産業医が身につけたい基本的なビジネスマナー
円滑な人間関係を築くためにはビジネスマナーも重要です。一般企業に入社する際には、「マナー研修」などを通じて学べる場合がありますが、医療従事者ではそういった機会が無い場合もありますよね。
ここでは簡単にですが、服装と言葉遣い、メールについてご紹介します。もっと詳しく知りたい方は「初めての企業訪問ガイドブック」も無料でダウンロードできますのでご覧ください。
訪問時の服装
基本的に白衣は着ません。清潔感のあるビジネスカジュアル、またはスーツを着用することが一般的ですが、製造業など業種によっては社員の方たちとおそろいの作業着を着ることも多いです。
言葉遣い
医師とはいえ従業員の方に対しいわゆる「ため口」はNGです。丁寧な言葉遣いを心がけます。また、企業によっては「さんさん文化」といって「さん呼び」が使われている場合もあるため、「先生」と呼ばれないことも受け入れましょう。
メールのやりとり
企業ではメールが重要な証拠(エビデンス)となります。件名は用件を明確に、本文は結論から先に簡潔に書くことが鉄則です。丁寧語・謙譲語を適切に使い分けましょう。また、メールは重要なコミュニケーションツールの一つです。信頼を得るためにも、私はこまめで速やかな返信を心がけるようにしています。
おわりに:プロフェッショナルとしての自覚
企業において、私たちは「健康のプロフェッショナル」であると同時に、企業活動を円滑に進めるための「ビジネスパーソン」です。
慣れない環境でのスタートに不安を感じるかもしれませんが、基本的なビジネスの作法を身につけることで、皆さんの専門性がよりスムーズに、より効果的に企業に貢献できるようになります。
まずは、「組織の一員として」の自覚を持ち、「企業」の文化に慣れていくこと。それが、ポイントだと考えています。
産業医としてのキャリアをご検討中の先生へ

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