地域によって、抱えている課題や問題点はさまざま。少子高齢化が進む新潟県の山間部では、外来受診できなくなってしまった患者の在宅療養を支えるため、多職種連携をいかに密接に取っていくかがカギとなっています。こうした状況下、新潟県で長らく医療に従事してきた吉嶺文俊氏は、地域ニーズを察知して、とあるアイテムを導入。他職種連携を円滑にしたほか、地域住民の健康意識を高めることにも成功したそうです。吉嶺氏の担当患者の9割が参加していたという、その取り組みの概要を聞きました。
住民の健康意識を高めるために
―これまでのご経歴を教えてください。
自治医科大学卒業後、ずっと新潟県内で勤務しています。
大学病院、都市部から山間部までさまざまな県立病院で経験を積み、直近では、新潟県東部で60年以上にわたり地元密着型の医療を展開してきた津川病院で、約10年間病院長を務めてきました。現在の十日町病院に院長として就任したのは、2016年の4月のことです。
―長年、新潟県の医療に携わる中で、注力してきた取り組みがあれば教えてください。
津川病院時代から行っている、ノートを用いた取り組みです。
津川病院がある新潟県東蒲原郡阿賀町は、人口約13,000人。高齢者が占める割合は約41%と少子高齢化が進んでおり、多くの高齢患者さんが複数の医療・介護施設を利用して、地域での暮らしを成り立たせているような状況でした。こうした中で大切なのは、患者さんにまつわる情報を医療・介護従事者と当事者同士が共有し、密に連携を取ること。もともと患者さんの情報は、各施設がノートや端末に記録していたのですが、施設ごとに情報をまとめていると施設を越えての情報連携は取りづらく、何かと非効率。それならば、主治医や訪問看護師、訪問リハビリテーション、通所リハビリテーションなどの介護施設が情報を一元化できる仕組みをつくれないかと思い、要介護認定を受けた患者さんに1冊のノート―通称「連携ノート」を持ってもらい、患者さん自身に携帯してもらうようにしました。
連携ノートの存在によって他職種連携がスムーズに回り始め、確かな手応えを感じるようになったとき、わたしはこの取り組みに、当初抱いていた以上の可能性を実感するようになっていました。
―連携ノートのさらなる可能性とは。
連携ノートは、「介護が必要になったとき」から記録を開始することを想定したものでしたが、「元気なうちから、自分の健康にかかわる情報をノートにまとめ、患者さんの医療に対する当事者意識を高めることが必要なのではないか」と考えるようになったんです。ちょうど診療情報開示の流れも盛り上がっていた当時、患者さんやご家族が主体となって健康管理をする意識を定着させるためのツールとして連携ノートを進化させた「健康ファイル」の普及を始めました。
健康ファイルが育むもの
―「健康ファイル」とは、どのようなものですか。
A4サイズの2穴ファイルに、過去の検診記録や検査結果、診療明細書、薬の使用方法、病状のサマリーなどを全てとじ込めたものです。ファイル内にジッパー付きのクリアケースも入れているので、お薬手帳から血圧手帳、紹介状の入ったDVDなど、受診にまつわる全ての情報を1つにまとめることができる―自分自身で情報整理して携帯できるカルテのようなもの、と言えばわかりやすいかと思います。
地道な取り組みの結果、わたしが津川病院を離れた2016年3月には、担当患者さんの9割が健康ファイルを持つまでになりました。自分の健康を主体的に考えている意識の表れだと思うので、すごくうれしかったですね。どんな些細なことでも、患者さんや医療従事者に役立つことであれば浸透・定着する―当たり前のことかもしれませんが、こういう積み重ねが、やがて地域医療の土台となるのだと実感できた取り組みでした。
―津川病院の患者さんにとって、健康ファイルは身近な健康管理ツールになったのですね。普及にあたり、気を付けたことはありますか。
普及しても継続しなければ意味がないので、いくつか工夫した点があります。
まずは決まりをつくりすぎないこと。ルールがあまりにも細かいと、それを守ることが面倒になって続きません。なので、何をファイリングするかは基本的に患者さんの判断に任せていました。逆に、何をファイルしたらいいか分からない場合も悩んで嫌になってしまう可能性があるので、「こんなものを挟んでおくといいですよ」といったガイドも添付しましたね。
それから意識したのは、お金を払ってもらうこと。自治体を通じて、連携ノートは60円、健康ファイルは200円で販売していました。お金を払ってもらうことで、患者さんの中に「せっかく買ったのだから、ファイリングしよう」と意識が芽生えさせるのが目的でした。
主体性のある医療へ
―津川病院から十日町病院へと移られましたが、今後も健康ファイルを広めていこうとお考えですか。
着任してまだ1年程度なので、段階を踏んで普及させたいと考えています。その第一歩として、健康ファイルの試験版である「黄色いつづりひも」を担当患者さんに無料配布するところから始め、医療機関で渡された書類を黄色いつづりひもに通して保管するように促しています。配布書類全てにあらかじめ穴を開けておき、患者さんに習慣化してもらえる工夫をして、「これくらいならやってもいいか」と思える状態にまで落とし込みました。まずは、この浸透と定着をはかることが目下の目標です。
―患者の健康意識を高めようという背景には、どんな思いがあるのでしょうか。
高齢化や過疎化が進んでいるような地域でも、質の高い医療を提供していきたいという思いが原動力です。医師不足と言われている環境でも、たとえば、受診時に患者さんが自分の健康情報を持ってきたら、医師はより複合的に患者さんを診ることができる。患者さん側は、健康情報を管理することで、当事者意識を持って治療方針の決定などができるのではないでしょうか。住民や医療者の意識をすぐに変えることはできませんが、津川病院で10年取り組んだように、十日町病院でも少しずつ変化を起こしていこうと思います。
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