三重県四日市市の山間部に、視察者や入職者が絶えない在宅緩和ケアに特化したクリニックがあります。同市では、2007年から2015年の間に地域の自宅および施設の看取り率が11.4%向上。その秘訣は、石賀丈士氏が開業した「いしが在宅ケアクリニック」と地域医師会が構築した「四日市モデル」にあります。この仕掛け人ともいえる石賀氏が、さらに目指していることとは。
すべてのきっかけは、自宅での祖母の「死」
―どのような経緯で、在宅緩和ケアの道に進まれたのですか。
医学部5年次の実習で、治療の甲斐なく痛みに苦しむ患者さんが大勢いる光景を目の当たりにしたのが直接的なきっかけです。なぜこんなに優秀な医師が揃っているのに、患者さんは穏やかに亡くなることができないのか。医学生ながら、そんな疑問と怒りが湧き上がってきたのを覚えています。
―医学生の時点で、緩和ケアに関心を持たれたのですね。
そうですね。高校時代、祖母が在宅で眠るように亡くなった光景を見ていたので、「人は最期の瞬間、楽に亡くなることができる」という思いがどこかにあったのだと思います。祖母は認知症を10年間患っていましたが、亡くなる前日まで自宅の普段通りの生活を楽しんでいて――医学生時代、病院で苦しみながら最期を過ごす患者さんの姿を前に、「自宅で過ごす方が痛みを取ることができるのではないか」とも考えるようになりました。
医学部で学ぶ内容にあまり興味が持てず、アルバイトに明け暮れる毎日を送っていた当時のわたしは、病院実習のあとから緩和ケアの道を志し、患者さんのおだやかな最期を実現するための方法を猛勉強するようになりました。医学部卒業後は、三重大学附属病院と山田赤十字病院で約6年間の臨床経験。その後は介護とマネジメントを学ぶために四日市市にある、しもの診療所の所長を2年間務め、2009年7月に開業して在宅緩和ケアを進めています。
―出身は大阪府でありながら、なぜ、三重県四日市市で開業したのでしょうか。
三重大学医学部で学び、緩和ケアの道を志したという原点があるので、この地で恩返しをしたいと思ったんです。また、在宅医療を組織的に展開するためには人口10万人規模の街が適していると考えていたこと、しもの診療所の経験を通して四日市市の状況は理解できていたことから、四日市市での開業を決めました。
在宅看取り率向上の仕掛け
―現在、全国から視察者がやってくるクリニックにまで成長を遂げていますが、開業当時、何か意識的に取り組まれたことはありますか。
開業に際して意識したのは、近隣の医療機関との役割分担です。
軽度から重度の患者さん全てを当院だけでカバーすることは難しいですし、何より、すみ分けが行えていないと患者さんの取り合いになり、地域が育たない。この地域の場合、当院が、がん・難病・介護難民・独居・医療依存度が高い方など重度の患者さんを中心に対応し、医師会の先生方には軽度・中度の患者さんをしっかり診ていただくような仕組みをつくることが大切だと考えました。
開業当初、周囲の医療機関や医師会の先生方に「当院では重度の患者さんを中心に診るので、軽度・中度の患者さんを診てほしい」と依頼してまわったときは驚かれましたが、大きな反発もなく、連携体制はスムーズに構築できたように思います。「石賀先生が重症の患者さんを診てくれているから、軽度の患者さんに力を入れられる」「石賀先生のクリニックを紹介してもらってよかった」と、医療機関や患者さんご家族から、うれしいお言葉をいただけるようにまでなりました。
クリニック毎に診る患者さんをすみ分けたことで、地域全体の自宅と施設をあわせた看取り率は29.8%(2015年)にまで向上。「四日市モデル」として注目されるようになり、今では厚生労働省の方をはじめ全国から視察に来ていただいています。ただ、前述の通りこれは当院だけでできていることではありません。軽度・中度の患者さんを地域や医師会の先生方がしっかり診てくださっているので、当院で重度の患者さんを診ることができている―。その両輪があるからこその結果だと思っています。
日本一の在宅緩和ケアを
―今後はどのようなことに力を入れていこうと考えていますか。
当院を「日本一の在宅緩和ケアを学べる場」にしたいと考えています。
目標は、10年で50名の医師を教育し輩出すること。当院では、1年から1年半で技術や理念を学んでもらい、積極的に開業を促していますが、2016年に三重県松阪市で1人目の開業者が出たほか、2017年は2名の医師が開業予定となっています。在宅緩和ケアを学べる場をつくるための取り組みは、まだ緒に就いたばかりですが、今以上に学びに来る医師を増やすために、皆が憧れる在宅ケアモデルとして成果を出していきたいですね。年間100名以上を看取る在宅診療所は全国に3000カ所必要と言われていますが、実際にあるのは60カ所程度と、全然足りていない状況。まずは10年で50名の医師を当院から輩出し、彼らが全国で同じような活動をしていけるようノウハウ提供を行っていきたいと思っています。
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