世界各地の紛争地帯や災害地域に赴く、国境なき医師団。その第一線では、各国から集まった医師が肩を並べ、現地の複雑な医療ニーズに応じています。こうした状況下、日本人医師はどのように活躍しているのでしょうか――。今回は外科医として各地で手術を経験してきた渥美智晶氏に、紛争地帯で現地の患者と向き合う中で見えてきたことについて聞きました。
「手術はしないで欲しい」―紛争地帯のリアル
―そもそも国境なき医師団はどんなチーム編成で、紛争地帯などでの手術に当たっているのでしょうか。
派遣先によって千差万別ですが、多くの場合手術は、外科医、麻酔科医と前立ちの3人で行います。このうち、外科医・麻酔科医は国境なき医師団の派遣医師であることが多いものの、前立ちを務めるのは、現地の看護師や、資格はないもののトレーニングを受けたスタッフなど、さまざまです。「前立ちも外科医が務め、執刀医と“あうんの呼吸”で手術を進める」というような状況は、極めてまれかもしれません。
ハード面においても、必要な機材が完璧に整っていることは珍しい中で、現地に派遣された外科医は、手術とその後の病棟管理、状況に応じて救急搬送時のトリアージなども担当します。国境なき医師団は比較的、物資の輸送網やマンパワーの整った国際NGOだと思いますが、それでも「スタッフや機材が十分に揃っていない環境下でも何とかやりくりして、治療を遂行できる能力」は必要だと感じます。
―現地で手術をする上で、どんなところに難しさを感じますか。
いつも苦労するのは、現地の患者さんとのふれあいです。
医療が行き届いていない地域に医師がむかえば、現地の患者さんに手放しで喜んでもらえるかと言うと、ことはそう単純ではありません。世界保健機関(WHO)によると 、アフリカでは人口の約80%が伝統医療に頼っています。派遣先によっては、まだまだ西洋医療とその概念が浸透しておらず、伝統医療が人びとを支えていることもあります。地域にもよりますが、現地で親しまれてきた民間療法や呪術的な治療と方針が異なるから「手術はしないで欲しい」と、手術を拒まれてしまうケースも往々にしてあります。
―地域によっては、そもそも西洋医学に基づいた治療を受けるメリットを伝えるところから始めなければならないのですね。
そうですね。そして、たとえ患者本人が治療を望んだとしても、家父長制が徹底している地域では家長の同意がないと治療を行えなかったり、イスラム教徒の女性は、肌の露出を避けるため受診したときの服のまま手術台に横になってから準備をはじめたり――文化的な違いもあって、なかなか思うように医療を提供できない場面も多いのが実情です。
―日本とは異なるコンディションで手術に臨まなければならない分、日本と同等の治療成績をあげるのも難しくなりそうですね。
そう思います。
それに、何とか治療ができたからといって、患者さんを必ずしも幸せにできるかというと、そこも単純ではないんです。たとえば「足を切断すれば命は助かる」という状況で、「患者さんを助けてあげたいから」と治療を進めることもできなくはありませんが、紛争地帯において、治療後に患者さんが帰っていく“日常生活”は、われわれが思い描く“日常生活”とは大きく異なります。車いすもなければ、障害のある人びとを支援する体制も、交通網も整備されていない現地において、「足を失った状態で生きていく」ことが、何を意味するか。ときにはそこまで想像し、治療後に想定される転機を患者さんに伝えながら、医療者としてすべきことを見極めなければなりません。
国境なき医師団の目的は、自分たちの医療を売り込むことではない。医療者として譲れない思いを持ちながらも、現地の価値観を尊重しつつ患者さんのニーズに向き合うことが、難しさでもあり、醍醐味でもあると思います。
現地で活躍できる日本人外科医の条件とは
―そうした環境で手術に携わってみて、日本人外科医の強みは何だと思いますか。
「最後の砦」として患者さんを受け止めなければならないというのは、日本の救急医療やへき地・離島医療とも通じる理念だと思いますし、新医師臨床研修制度世代の医師であれば、初期研修で各科をローテーションして身につけたプライマリケア領域の臨床スキルも、大きな強みとなるのではないでしょうか。銃創など、日本では珍しい症例については多少研修が必要かもしれませんが、単発外傷に対応できる手術・集中治療の研修を積んでいれば、現地での限られた条件においても、自分にできることとできないことの区別を判断でき、臨床能力的には現地に貢献できるように思います。
ただ、一方で注意しておきたいのは、先ほど申し上げたように、現地の価値観は日本と異なるということ。医学的な正しさだけではなく、彼らの生き方を踏まえた診療を行うことに共感できる医師であれば、やりがいを持って患者さんと向き合えるのではないでしょうか。
ちなみにわたし自身が初めて国境なき医師団の活動に参加したのは、医師10年目。ナイジェリアの外傷病院に2か月間派遣されました。大学病院附属救命救急センターで2年間勤務した後に外科専門医を取得した当時、「自分のスキルが通用するか」という不安もありましたが、現地では前任者の引き継ぎも受けられましたし、長らく国境なき医師団が活動し続けている地域だったこともあって現地の理解も得やすく、「何とかやっていけそうだ」という実感が得られたのを覚えています。何より、そのとき自分が手術をして一命をとりとめた患者さんから、「助けてくれてありがとう」と、帰国後に人づてで連絡をもらったことは、すごくうれしかったですね。この患者さんは、何度も刺され、総頚動脈・鎖骨下動脈損傷を負っていた人ですが、手術に関わったスタッフのチームワークによって救うことができたのです。
紛争地で、日本人医師が得られるもの
―最後に、渥美先生は9回も国境なき医師団のプロジェクトに派遣されていますが、この活動のやりがいは、どんなところにあると思いますか。
やはり、自分がいなければ助からなかったはずの命を助けられることですね。もちろん日本にも、こうしたやりがいを噛みしめられる場面はあると思います。しかし、文化も価値観も異なる土地に赴き、自分なりに現地の方と向き合いながら手術をした末に、彼らの笑顔を引き出せた時のよろこびは、わたしにとって何にも代えがたい。危険が伴う場面も経験しましたが、リスク以上のものを得られていると感じます。
医療提供体制が圧倒的に整っておらず、患者さんの価値観も異なる現地において、日本とまったく同じ医療を提供するのは難しい。しかし、この活動を通じて、日本の医療現場で学んできた“医療者としての思い”を、試されているような実感があるんです。今後もライフワークとしてとして国境なき医師団の活動に参加し、多くの患者さんとふれあいながら、日本で外科医として働く中で得られた知見を現地に届けていきたいと考えています。
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