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「都市部から週1回、日帰りでへき地へ」新しいワークスタイルの可能性―奈良原裕氏

2017年2月15日

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日本有数の豪雪地帯として知られる、新潟県十日町市。深刻な医師不足によって診療所の閉鎖が続いていたこの地で外来診療をするために、毎週金曜日、遠く離れた神奈川県横浜市から通い続けているのが奈良原裕氏です。
普段は菊名記念病院(神奈川県横浜市)心臓血管外科に常勤勤務する奈良原氏。週1回のへき地勤務は、日常の良い刺激にもなると語ります。奈良原氏がはじめた新しいワークスタイルの可能性とは―。

週1回のへき地診療が、残りの6日間にも充実感を与える

―なぜ、「週1回の日帰りへき地診療」をはじめようと思ったのですか。

もともとは学会で地方に足を運んだときに、「こんな自然豊かで、古き良き日本の医療が残っていそうな環境で診療をしてみたい」という素朴な思いを抱いたのが発端です。2014年ごろから、この思いを実行に移そうと行動を起こしてきました。

当時わたしは心臓血管外科医としての土台づくりを終え、今後の医師人生をどう切り拓いていくべきか考えていました。医療が高度化・複雑化している昨今、生身の患者さんではなく、電子カルテ内にデータとして存在している患者さんを相手にしているような錯覚を覚える医療者も多いのではないのでしょうか。こういう時代だからこそ、医療の原点に戻れるような診療がしたい、社会問題の解決に寄与するような活動がしたい――そう考え、たどり着いたのが「週1回の日帰りへき地診療」を日常業務と並行して行うというアイデアでした。週1回でもへき地診療に携われれば、都市部の病院勤務医として過ごしている残り6日にも良い刺激を与えられると思いましたし、全国各地のへき地が少数の高齢医師によって支えられている現状、わたしのように都市部に拠点を持つ若手~40代の医師がへき地に貢献できるスタイルを提唱できれば、社会的意義もあると考えました。

もちろん、医師不足地域において最も必要とされるのは、週1回の非常勤医ではなく、地域に根差して患者さんと生活を共にするフルタイムの常勤医であり、わたしが行っているのはたかだか週1回の外来勤務に過ぎません。しかし、これを都市部で働く多くの勤務医が行えば、地域医療格差を埋める大きな動きになるはず―「週1回の日帰りへき地診療」を実現させた背景には、そんな思いもありました。

yutaka.narahara2―アイデアを実現させるにあたり、大変だったことはありますか。

最も大変だったのは、「週1回の日帰り勤務」という条件を飲んでくれる医療機関を探し出すことでした。都道府県にこだわりはなかったものの、通勤は疲れているなかでの自動車運転で事故を起こしてしまってはいけないと思い、公共交通機関だけで通勤できる立地にある医療機関をインターネットの地図でしらみつぶしに探しました。しかし、常勤求人ばかりで非常勤求人はなかなか見つかりませんでした。

―立地以外に何か、こだわった条件はありますか。

勤務先としてイメージしていたのは、「公的なへき地診療所」でした。医師不足が深刻な地域で公益性の高い事業を展開している診療所なら、普段勤務している都市部の病院とは異なる雰囲気で外来に携われると思ったのです。

ただ、「都市部の医師を非常勤採用する」という発想を持っている公的へき地診療所は少なく、受け入れを検討してもらうに当たっては、自分の思いや取り組みの意義を根気強く伝える必要がありました。好感触だった施設もいくつかあったのですが、勤務曜日が合わなかったりしてなかなか就任には至らず、医療機関探しには1年近く費やしました。最終的に採用してもらえたのは、新潟県にある十日町市国民健康保険松之山診療所。全国自治体病院協議会のマッチングサービスで紹介いただいた医療機関でした。

 医師1人が2つの診療所を支える―深刻な医師不足に悩む十日町市へ

―当時の松之山診療所は、どのような状況だったのでしょうか。

松之山診療所から見える山里の様子(奈良原氏提供)
松之山診療所から見える山里の様子(奈良原氏提供)

松之山診療所のある新潟県十日町市は深刻な医師不足に悩んでおり、市内にある4つの公立診療所のうち、2つが常勤医不在で閉鎖。残ったのが、松之山診療所と川西診療所だったのですが、松之山診療所も2016年4月から常勤医がいなくなり、存続の危機に瀕している状態となっています。

松之山診療所は、約800世帯2000人強が暮らす松之山地域における、唯一の医療機関です。常勤医不在という窮状を受け、川西診療所の常勤医が、午前は川西診療所、午後は松之山診療所という形で掛け持ちするようになり、月曜日から木曜日まで、何とか診療を成り立たせています。

その医師がお休みを取る毎週金曜日、わたしが松之山診療所で外来診療をすれば、患者さんの医療アクセスも改善されるはず。また、主な標榜科が内科・小児科だったこともあって、心臓血管外科医であるわたしが外科領域を診れば、この地域で受けられる医療の幅も広げられるとも思いました。松之山診療所においても「週1回の日帰り勤務」という形態での採用はわたしが初めてだったのですが、現場のスタッフ、行政の方とも勤務条件などについて調整し、2016年9月から、松之山診療所で毎週金曜日の外来枠を午前・午後ともに担当するようになりました。

綿密な準備で、ギャップ少なく

―実際に「週1回の日帰りへき地診療」をはじめてみて、いかがですか。

月並みな表現かもしれませんが、松之山診療所では患者さんとの距離が本当に近く、家族背景や生活の視点も含めて、全人的な視点で診療に当たることが求められます。当初思い描いていた通り、週1回、医師としての原点に立ち戻れるような診療に従事できることは、自分自身にとって大きな刺激になっています。

―松之山診療所には、どういった患者さんが来院するのでしょうか。

松之山診療所(奈良原氏提供)
松之山診療所(奈良原氏提供)

高齢者が多い地域ということもあって、慢性疾患の管理が治療の中心になっていますが、やはり、医療機関が少ないため関節穿刺や皮膚疾患など、基本的には幅広い患者さんの対応が求められます。検査は、レントゲンや心電図、血液検査と簡易なエコー検査が行えますが、血液検査は外注しているので結果はすぐには分かりません。問診、身体所見、聴診、そして臨床医としての勘が大切になってくるので、診察室では患者さんをより深く診ようと心がけています。わたしがいることで、外科的な治療を求めて基幹病院まで足を運んでいた患者さんが住み慣れた地域で医療を受けられるようになったりもしており、そう思うと大きなやりがいを感じます。

―診療業務において苦労は感じませんか。

もともと救急領域での経験も積んできている分、診療面での苦労は比較的少ないのですが、外科医として難しいと思うのは、慢性疾患の薬剤コントロールです。この点については赴任前に一度診療風景を見学させてもらっていて、処方や検査の方針について共有いただいているほか、判断に迷う時はベテランの看護師さんたちが普段のやり方をアドバイスしてくれるので、とても助かります。

yutaka.narahara5―週1回勤務だと、現地医師との引き継ぎ等もカギになりそうですが、予め治療方針などを共有した上で連携されているのですね。一方で、神奈川県の病院にフルタイムで働きながら、週1回松之山診療所で外来診療をするという生活は、とても忙しそうにも映るのですが、体力的にはいかがですか。

忙しさは、あまり気になっていません。
むしろ、アクセスにこだわって勤務先を検討したこともあり、通勤時間は本当に有意義で―。新幹線を2つ、さらに在来線へ乗り継いで診療所の最寄り駅である「まつだい」に到着するのですが、そこから先は十日町市がタクシーを手配してくれており、15分程度で診療所に到着します。トータルの通勤時間はおよそ3時間半。普段、なかなかまとまった時間を確保できないこともあって、この時間はわたしにとって本当に貴重で―読書や調べ物、勉強会の準備など、思い思いに過ごしています。

―一見大変そうに見える通勤の時間も、先生自身のライフスタイルにしっくりとはまるものだったのですね。

そう考えています。
週1回の日帰り勤務に取り組む中での苦労をあえて挙げるとすると、土地勘がなく方言も分からない分、診療所の方々や患者さんとの会話を聞いても、「ポカン」としてしまう場面がいまだにあることくらいでしょうか。ただ、そうしたわたしの様子を察して優しく接してくれる方が多いので、今のところ大きな問題は生じていません。

 医師人生に一区切りが訪れたら

yutaka.narahara6―今後の展望について教えてください。
わたしにとって「日帰りへき地診療」は、原点を見失わずに医師人生を歩んでいく上で大切なワークスタイルになりつつあります。

都市型病院に勤めていて、ある程度の業務は一人でこなせるようになった勤務医の方は、「週1回日帰りへき地診療」を検討されてはいかがでしょうか。きっとご自身の医師人生を豊かにしてくれる時間が持てると思います。そして、地域貢献モデルの一例として普及してくれたらとても嬉しく思います。

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