岐阜県の中心部に位置する、和良町。かつて人口2000人ほどの村だったこの地で地域医療に携わってきたのが、後藤忠雄氏です。20年以上に渡って地元住民とふれあってきた後藤氏にとって、大きな転機になったのは2004年。和良村を含む近隣7市町村が郡上市に組み込まれた当時、医療提供体制の見直しを迫られた後藤氏は「山間部などのへき地診療所を近隣の医療機関で共同管理する」という新たな枠組みを提言し、医師不足にあえいでいた実情に一石を投じました。後藤氏が考える、へき地医療を充実させるための処方せんとは―。
市境を越えて、医師一人の診療所を支える
―現在、どのような活動をされているのですか。
この地域の公的診療所と基幹医療機関で構成される「県北西部地域医療センター」のセンター長を務めています。県北西部地域医療センターの役割は、医療機関同士が連携して、へき地の医療を支えること。郡上市などが位置する岐阜県の北部地域には、いわゆる“へき地”に近い地域が多く、広大な面積に対し医療機関や医療従事者数が多いわけではありません。わたしが院長を務めている国保白鳥病院を基幹病院とした上で、この地域の医療従事者が地域や所属の枠を超えて代診支援をしたり、診療自体のバックアップをしたり、積極的にコンサルトに応じたりできる仕組みを構築しようというのが、「県北西部地域医療センター」の目的です。
―県北西部地域医療センターは、どのような経緯で設立されたのですか。
一番の契機となったのは、2004年。もともと郡上郡に所属していた7町村が対等合併して郡上市となり、人口偏在や財政問題など、さまざまな課題が顕在化したのがきっかけです。医療分野でも医師不足が問題視され、市内の実情を踏まえた打開策が示されましたが、診療所より中小病院の人員確保が優先される傾向にあり、へき地医療が量・質の両面で縮小傾向に陥ってしまうのでは、という危惧も募りました。少数の医師に支えられてきた診療所が地域で存続できるよう仕組みを考えなければという思いは日増しに高まって行きました。
また郡上市以外に目を向けると、隣接する高山市庄川地区の診療所は郡上市内の診療所と似た境遇にあり、白川村には、医師が1人で10年近くほぼ休みなく自己犠牲的に貢献してくれたおかげで成り立ってきたような診療所がありました。医師一人の診療所では、代診を頼もうにもなかなか決まらない、休みが取れない、学会に行けない、冠婚葬祭や子どもの行事にも参加できない―。そんな自己犠牲のうえに成り立つ医療を、メディアでは美談のように取り上げることがあるかもしれません。
しかし、それではへき地医療は維持できませんし、後進となる若手医師にも来てもらえない。持続的にへき地医療を守り続けるための方法を考えた末にたどり着いたのが、「郡上市内外のへき地診療所をまとめて管理運営する」というスタイルでした。
岐阜県の行政をはじめ、各方面へご協力を依頼した結果、わたしの構想がもととなって、2007年に郡上市地域医療センターを創設。2015年に隣接する白川村と高山市荘川地区の3つの診療所も含めた緩やかなネットワークを形成して「県北西部地域医療センター」と名称を新たにし、現在に至ります。
地域医療は、「地域を支える」医療
―センターの運営に当たって苦労されている点はありますか。
岐阜県の行政が後押ししてくれたおかげで成立した「県北西部地域医療センター」ですが、このシステムを長期的に根付かせるためには、地元住民の協力が不可欠。地域住民の地域医療に対する理解の向上、医師の労働状況の改善、今後持続可能であるかなどを判断するためにも、10年先ぐらいまでを見通して、しっかりとアウトカムを検証し、必要性を訴えていく必要があると考えています。
センターは医療だけではなく地域の保健福祉にも寄与していますが、幸いにも、郡上市長が健康づくりに積極的なこともあり、わたしたちも関わりながら第2期健康福祉推進計画を立てることができました。次の段階として、この計画が地域住民に自分事として受け入れてもらえるかどうかが重要だと考えています。
―地域医療に興味のある医師へのメッセージをお願いします。
短期間でも良いので、まずは医師が切実に必要とされている場所で、地域医療を体験してみてほしいですね。現場の医師と話すと、地域医療の面白いことやつらいこと、百者百様に教えてもらえると思いますが、百聞は一見にしかず、ですから。
わたしたちが大切にしている“地域医療”とは、場所としての「地域」ではなく、コミュニティとしての「地域」を支える医療。住民が医療のことを考え、わたしたちが彼らの健康を守るために医療を提供する――いうなれば、「community oriented medicine」です。地域医療にこれから携わろうとしている方々には、ぜひこの視点を忘れないでほしいですね。
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