何でも診られる“町医者”になるべく、生まれ故郷の福井県福井市に舞い戻った紅谷浩之氏。在宅療養を求めるニーズがある半面、外来医療中心で成り立っている医療提供体制に違和感を覚え、2011年に在宅医療専門クリニックを開業しました。紅谷氏が医療を通して実現したい地域の姿を伺いました。
開業のきっかけは“違和感”
―開業するまで、どのような経歴を歩まれたのですか。
医学生時代から一貫して、「どうやったら、子どもからお年寄りまで、けがも病気も何でも診られる“町医者”になれるのか」を考えていました。
転機になったのは、福井医科大学(現・福井大学医学部)6年の夏。当時、ER型救急の先駆者である寺澤秀一先生の講義を拝聴して、「ER型救急医は町医者に似ている」と確信したんです。大学卒業後はそのまま、福井大学医学部附属病院の救急・総合診療部で初期研修を受けることを決意しました。
初期研修で気付いたのは、医師は大きく、疾患を診る視点で患者さんにアプローチする方と、福祉や介護といった生活面からアプローチする方に二分されるということ。わたしなりに分析していくと、後者のタイプには自治医科大学出身者が多く、へき地での経験をお持ちの先生が多い印象でした。彼らに憧れて、「自分にもへき地での経験が必須だ」と思い、研修枠がなかった福井県名田庄村(現・おおい町)の診療所で3か月間無給で働かせていただいた後、そのさらに隣町の高浜町に新設された和田診療所で所長を務めました。
現在は、地元の福井市へと戻り、これまでの経験を活かして“町医者”として地域に貢献すべく、奮闘しています。福井市に戻ってきて感じたのは、この地域の医療体制に対する“違和感”。市内は外来クリニックが多く、施設医療や学校医、健診センターも充足しているものの、在宅医療に取り組んでいる医師がほとんどいない。ニーズはあるはずにもかかわらず、在宅医療にスポットが当たっていない状況に一石を投じられればと、在宅医療専門のクリニックを開院し、現在に至ります。
現在は、在宅医療以外の取り組みも
―開院して、どのような反響がありましたか。
患者さんの中には、外来診療を求める方も多かったので、“在宅医療専門”であることに対して、さまざまな意見をいただきました。良い悪いは別として、そのような議論も当院がなければ生まれなかったので、そういう意味では福井市にとって意味がある開院だったとも思っています。
今も在宅医療に軸足を置いていることに変わりありませんが、在宅医療以外の取り組みにも徐々に挑戦中です。2013年には、気軽に健康相談ができる「みんなの保健室」を福井駅近くの商店街に開設。訪問診療を通じて重度心身障がい児が高校卒業後に通える施設がないことを知り、2012年からは「オレンジキッズケアラボ」という医療ケアが必要な子どもたち向けのデイサービスのような支援を始めました。このほか、2016年1月からは外来診療を開始。こちらでは元気な住民と関わりながら、予防医療を推進しています。外来に来ている方を誘って勉強会を行うなど、「みんなの保健室」と外来が1つになったような取り組みも始めています。
―非常にさまざまなことにチャレンジされているのですね。地域医療に携わってきて、一番苦労した点はどのようなことですか。
「治療に焦点をあてる」という、病院感覚が強い方に、わたしたちの取り組みを理解してもらうことに苦労しています。これは、現在の課題でもありますね。
「疾患を中心に物事を見ることが悪い」というわけではなく、入院している期間だけにスポットを当てて、全ての物事を決めてしまうのは違うとわたしは思うのです。たとえば、1人暮らしで骨折した高齢者。その方は「いつか転ぶよ」と周囲に言われながらも懸命に1人で暮らしてこられたことが自信になっているかもしれません。わたしたち医療者はこうした患者さんの気持ちをくみ取り、支援していく必要があると思うのですが、医療者の考え方も一様ではありません。足並みを揃える難しさを痛感する場面は多いですね。
どんな病気でも、自宅に帰れる環境をつくりたい
―医療者同士の足並みをそろえるために、試みたことはありますか。
当院の在宅患者さんが入院されたときには、その患者さんの意向や在宅療養時の様子を入院先に伝えるようにしています。逆に、退院して在宅に移ってこられた患者さんについては、在宅療養の様子を「在宅療養移行報告」という便りにまとめ、紹介元に伝えています。「オレンジらしい」を読んだことで、病院で重い病にふさぎこんでいた患者さんが自宅で生き生き暮らしていることを知り、紹介元のスタッフがより前向きに、患者さんの在宅療養を進めてくれるようになりました。
開院から5年経ち、これまでに終末期の患者さんを治療している医師から「奥さんとの思い出の公園を散歩したいという願いを叶えていただけませんか」という紹介状をいただいたこともあります。少しずつではありますが、わたしたちの取り組みや姿勢を伝えられているのではと思っています。
―今後の展望について教えていただけますか。
地域住民が生き生きと暮らせるように、どんな病気でも自宅に帰れる環境をつくっていきたい。患者さんを医療という側面から支える方法をさらに考えていきたいと思っています。
認知症の方、障がいを持っている方、末期がんで残りの人生が少ない方―さまざまな方がいる中で、彼らの“弱み”ではなく“強み”に目を向けて、彼らが生き生きと過ごせるような居場所をつくっていく。そのような取り組みを進めることが地域医療者の役割であると思いますし、今後さらに求められていくのではないでしょうか。
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