過疎化・高齢化が進む秋田県由利本荘市。この地に8年前、東京都から家族で移住したのが谷合久憲氏です。谷合氏は、糖尿病外来、在宅診療、摂食嚥下ケアまで幅広く携わり、さらには、市民を巻き込んだまちおこしにも深く関わっています。その原動力を取材しました。
後期研修で、地域医療と在宅医療を志す
―東京都ご出身の谷合先生。秋田県の医療に携わるようになった経緯を教えてください。
後期研修のカリキュラムでのへき地医療研修で岩手県陸前高田市に赴任し、岩手県立高田病院院長の石木幹人先生に出会ったことが大きな転機となりました。石木先生は、高齢者を対象とした地域医療に取り組み、東日本大震災翌日から訪問診療を開始したりするなど、成果を出された方。腕の良い外科医であった医師が、町内会を回って認知症の啓発をしている姿は衝撃的でした。
わたしはもともと、消化器内科医として内視鏡治療に携わりたいという希望が強かったのですが、後期研修を通じて、地域住民の声を反映しやすい医療にも取り組みたいと思うようになりました。それができる病院を探している時に見つけたのが、秋田県由利本荘市の本荘第一病院だったのです。
―本荘第一病院では、どのようなことをされていたのですか。
地域に求められることなら何でも挑戦したいというポリシーから、さまざまなことに取り組みました。当初は一般内科や内視鏡治療、在宅診療が中心でしたが、ある時、糖尿病専門医が不在になってしまって―。それまで糖尿病を専門的に診たことはありませんでしたが、理事長に「糖尿病も担当させてほしい」と働き掛け、それまで3人の医師で診ていた1400人の糖尿病患者さんを、1人で管理しながら専門医を取得しました。そうするうちに、小児科や産婦人科の糖尿病も診られるようになりたいと思い、2015年4月に、秋田県由利本荘市にある、JA秋田厚生連 由利組合総合病院に移りました。
市民から巻き込む、NPO活動
糖尿病代謝内科の外来、在宅診療を担当しています。どんな仕事でも自分の身になると思っているので、急性期からお看取りまで、仕事の依頼は一切断りません。幅広く診る経験が、在宅診療で専門外の患者さんを診るときに特に役立っています。
臨床医として勤務する以外にも、「NPO法人由利本荘にかほ市民の健康を守る会」のメンバーとしても活動しています。こちらのNPOでは、コメディカルだけでなく一般市民も巻き込んだ摂食嚥下の勉強会を開催したり、疾病予防の啓発活動、大学生の社会参画や障がい者の就労支援、商店街や伝統的行事を活用したイベントを企画したりしています。
―NPO法人の勉強会では、摂食嚥下ケアに力を入れていると伺いました。
はい。患者さんに摂食嚥下のケアをした際に、その効果を実感することができたんです。胃ろう目的で入院してきた患者さんが「くるリーナブラシ」という口内に残った食べかすや痰などを清掃する専用ブラシで口腔ケアを行い、姿勢を整え、食形態を考えることで、自力摂取ができるようになり、退院したケースもありました。
当院の平均在院日数は15日ですが、当科は9日。退院日数が6日早いことでADLが落ちず、寝たきりになりにくいのです。入院初日にできるだけ退院日をご家族と決めること、また、誤嚥性肺炎の患者さんは体位ドレナージで排痰し、初日から経口摂取を始めることが効果的でした。
ただ、患者さんを早期に退院させることができたとしても、自宅でその後のフォローをできる人がいないと、患者さんのADLは下がっていきます。それを防ぐために、安全な食べさせ方を練習する場を作りたくて、コメディカルの方と勉強会の企画・立ち上げました。最初は在宅医療に関わる医療従事者の意識を変えていけばと感じていたのですが、過疎化や高齢化が進む中、彼らだけに頼っていてはいずれ疲弊すると感じ、一般市民にも参加を呼び掛けていきました。
地域が求めていることに、応えていきたい
―多くの市民を巻き込めている成功要因は、何だとお考えですか。
市民が何を求めているのか、徹底的に知ることでしょうか。市民の方と意見交換をしていると、自然と需要が分かります。こちら側が一方的に需要を予測して実行するのではなく、確実に需要があることを見極めて形にすれば、自ずと人は集まります。それを求めている人たちがいるわけですから。僕らはこれを「多職種連携」と呼んでいます。
参加者は少なくても、定期的、かつさまざまな分野の事業を同時に行うことが大事だと感じています。そうすることで、参加者がまちおこし事業のボランティアになって交通整理を取り仕切ってくれるなど、住民がさまざまな形で関わってくれるからです。
―医療介護の枠内にとどまらず、住民活動にも注力できる原動力はどこにあるのでしょうか。
極めて個人的な理由ですが、家族が住む町を良くしたい。そんな思いが一番のモチベーションとなっています。8年前、わたしの家族は一緒に由利本荘市に移住してくれましたし、東京に住んでいた両親も、この土地の人々や環境を気に入って、後から移住してきています。わたしたちにとってこの土地は、かけがえのない場所になっているのです。やはり、自分の子どもが成長する地域に小児科医がいないと困りますし、自分の両親が自宅で最期を迎えたいと希望するかもしれないのに在宅診療のサービスが整っていなかったら、叶えてあげることができません。自分の家族が望むような地域を、自分の手でつくり上げられる―そうしたところに使命感とやりがいを感じます。それが、結果的に地域のためになると考えています。
かなり幅広い取り組みをしているので忙しいですし、大変ではないと言ってしまうと嘘になります。しかし、周囲の方が助けてくれますし、忙しさ以上の充実感もあります。今後も、家族が住み、自分が好きなこの場所で、地域が求めていることに応えていきたいです。
地域医療にご興味のある先生へ
各地で奮闘する先生お一人おひとりのご活躍によって、日本の医療は支えられています。
この記事をお読みになって、もしも「地方での勤務に興味はあるが、なかなか踏み出せない」とお考えでしたら、一度コンサルタントにご相談いただけないでしょうか。
先生のご懸念やご事情を伺った上で、地方の実情や待遇、サポート体制など正直にお伝えし、前向きな気持ちで次のキャリアに踏み出せるように最大限のご支援をしたいと考えております
先生の決断が、地域を、医療を変えるかもしれません。新天地でのご勤務・転職をお考えでしたら、ぜひお問い合わせください。