香川県善通寺市にある、四国こどもとおとなの医療センター児童心療内科医長の牛田美幸氏のもとには、「泣きわめいたり暴れたりする子どもを何とかしてほしい」と、全国から多くの親が訪れます。そんな方々に向けて実践されているのが「コミュニケーション親プログラム」。ところがこのプログラム、対象者は子どもではなく母親である女性。なぜ児童心療内科で、母親であるおとなの女性に向き合うのでしょうか。
子どもの問題をきっかけに、母親となった女性たちを治療する
-現在、どのような活動をされているのですか。
香川県善通寺市にある、四国こどもとおとなの医療センターの児童心療内科医長を務めており、親子関係を修復する「コミュニケーション親プログラム」に注力しています。このプログラムを受ける方々は、子どもが泣きわめく、暴れるなど、さまざまな問題を抱えています。
現在プログラムを進行している方は約70名で、半数が遠方から来ています。東京や神奈川からは飛行機で、甲信越地方や東海地方、京阪神、九州地方からは新幹線で通われており、夏休みには海外在住の方も来られます。子育てに悩む母親が全国、そして海外から集まる―それだけ、この分野のニーズが高いと感じています。
-「コミュニケーション親プログラム」の具体的な内容について教えてください。
母親とその子どもを取り巻く環境をトータルで見ながら、親子関係を修復していくプログラムです。さまざまなことがきっかけで親子関係が悪循環に陥り、自力で抜け出せず苦しい状況に追い込まれている母親たちを、わたしたちは「子育て混乱症候群」と呼んでいます。
「子育て混乱症候群」のなかには、ご自身が愛着障害など根深い問題を抱えた母親たちもいます。そのような母親たちでも、当プログラムで子どもとの関係がよくなりますし、結果として、ご自身が抱えていた問題も改善へと向かいます。このように、子どもの問題を解決するために、母親たちへアプローチしていく点が特徴です。
似たような境遇の女性4人前後を1グループとして、全12回のプログラムを1年かけて受けてもらっています。海外在住の方に限っては夏休みを利用して、1週間泊まり込みで実践するダイジェスト版を受けてもらっています。
子どもの治療に関わる中で気付いたこと
-どのようなきっかけで、母親となった女性たちの治療に取り組むようになったのですか。
わたしは高知医科大学を卒業後、高知医科大学付属病院(現・高知大学医学部付属病院)の小児科を経て、香川小児病院(現・四国こどもとおとなの医療センター)の常勤医になり、子どもの心の問題に関わってきました。
一般的に、子どもが暴れると薬を飲ませたり、カウンセリングをしたりするだけで、親へのアプローチはほとんどされません。しかしわたしは、子どもの心を根本から治療するには、親が接し方を変えることが不可欠だと感じていました。そこで「子どもへの対応を変えるには、彼女たちの人生も含めてじっくり向きあうことが必要」と実感し、母親である女性たちに真剣に向き合うようにしました。そうすることで、親子関係が変わっていくことがはっきりと分かりました。
さらには、結果的に愛着障害など根深い問題を抱える女性たちの治療になっていることに気付きました。「大きな問題を抱えている女性たちがよくなるには、子どもとの関係に悩んでいる今がチャンス」「子どもとの関係がよくなれば女性はよくなる」と確信し、今の形でプログラムを進めています。
わたしが今、おとなの心の治療ができているのは、子どもの心を治療しているからです。子どもの治療をきっかけに母親にじっくり向き合ったため、愛着障害など大きな問題を抱える女性たちの治療をできています。おとなの心療内科が専門でしたら、今のような治療はできていなかったと思います。
―プログラムを始めてから今までで、苦労されたことはどのようなことでしょうか。
わたしが約6年前に児童心療内科を立ち上げた際、心理士や看護師とチームで治療する形態にシフトしたことです。当時このような治療形態をとっているところは他になく、全くの手探りでスタートしました。異なるバックグラウンドを持った心理士や看護師に、わたしが目指す治療がどうしたら伝わるのだろうかと悩んでいました。
しかし彼らは、プログラムを受けた女性たちが次々と変わっていくのを目の当たりにし、すべてを察知してくれました。現在は、皆の心が一つになって強力な治療できています。チームであることがわたしたちの大きな武器であり、わたし自身、このチームに精神的に支えられ、救われています。
“子育て期間”こそ、治療のチャンス
-今後の目標は、どのように見据えていますか。
これまでは、わたしたちが取り組む治療法を外部にあまりアピールできていなかったので、今後はそこに注力していきたいです。また、後進の育成にも力を入れていきたいと考えています。
そのためにも、子どもの問題を解決するためにはまず母親に向き合うこと、そして、愛着障害などを持ちながら母親になった女性でも、子育て期間に治療することで改善できることを伝えていかなければなりません。一般的に、「子どもの問題は子どもの問題」と考えられていたり、対処療法で解決したりする傾向があります。また、親へのアプローチが重視されてないなど、改善点が数多くあると思っています。わたしたちは当分野の先駆者として、この概念を全国に伝えていきたいです。
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