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在宅医療で「その人らしく最期まで生きること」を支える―安井佑氏(やまと診療所)

2016年3月2日

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24時間365日対応の在宅医療は、医師の負担が大きい分、運営体制が課題になりがち。東京都板橋区で在宅医療に取り組む安井佑氏は、医師の負担を軽減するための体制づくりとして、米国のPA(Physician Assistant)制度を取り入れています。安井氏が在宅医療に取り組む中で感じる課題や、注力しているPA育成の意義や役割などを伺いました。

「その人らしい最期」を支えたい

―先生が在宅医療に携わるようになったきっかけは何ですか。

医師になって3年目から1年半ほど、ミャンマーで医療活動をさせていただいたときの経験が今の活動につながっています。それまでわたしは医師でありながらも、人の生死というものを肌で実感できていないコンプレックスをずっと抱いていました。その思いを先輩に話したところ、吉岡秀人先生が運営する国際医療ボランティア団体「ジャパンハート」の活動を紹介してもらいました。

平均寿命が65歳前後のミャンマーでは、日本よりも若くして亡くなる方が多いです。当時20代前半だったわたしよりも若い方が目の前で亡くなっていく場面に立ち会うこともありました。亡くなっていくのが若い方であるほど、本人や周囲の人の悲しみはどうしても強くなります。しかし、ミャンマーの人々には「輪廻転生」の死生観が根付いているため、死を自然なものとして受け入れていました。その姿をとても素敵だなと感じ、日本人も彼らのように死と向き合えたら良いのではないかと思うようになりました。それを実践できる場としてたどり着いたのが、在宅医療でした。

日本では終末期においても「死んではいけない」「死なせてはいけない」という概念に支配され、「死」に抵抗し続けることが多いように感じます。しかし、誰しもいつか必ず死にます。どうしたらその人らしい最期を過ごせるのかを現場からサポートしていきたいと思い、生まれ育った板橋区で在宅医療に取り組むことにしました。

在宅医療におけるPAの重要性

―板橋区で在宅医療に取り組まれる中で、地域の特色を感じる場面はありますか。

やまと診療所_map板橋区は病院が多いため、「最期は家で過ごしたい」と強い意志を見せなければ、比較的病院が受け入れてくれる状態です。そのため、わたしたちが現在診ている患者さんは、自ら在宅療養を選択されている方が多いです。

本来、病院は治療をするための一時的な場所。療養するのであれば、普段患者さんが生活している家で過ごすのが自然だとわたしは思います。病院で亡くなっていくことが当たり前な現代においても、「最期は家で過ごしたい」と言う方が大半。とはいえ、世間一般的には「自宅で最期を過ごすのは難しい」「病院でないと死ねない」という感覚が強いため、最期に過ごしたい場所を自らの意志で選べていない方が多くいらっしゃいます。

今後高齢化が進み、慢性期患者の受け皿として在宅医療のニーズがますます高まる中で、「老々世帯や独居世帯なので自宅での生活が難しい」「入院を継続できない」「受け入れてくれる施設がない」となる人々―いわゆる「看取り難民」が増えてくることが目に見えています。板橋区でも、「看取り難民」に該当する方々が少しずつ増えてきている印象です。

―在宅医の負担を軽減するために、米国のPA制度を導入されていると伺いました。詳細を教えてください。

yu_yasui3PAとはPhysician Assistantのこと。米国では医師監督のもと、自らの判断で診療を行える国家資格の専門職です。当院の在宅医療PAは、医療行為は行いませんが、担当患者さんの診療に同行して運転や物品準備など細かいサポートを行う、患者や家族の意向やニーズを聞いて信頼関係を構築する、在宅医が他機関・他事業者とスムーズな連携を行えるよう働きかける…など、業務内容は多岐に渡ります。医療版ケアマネージャーのような役割を担うPAを置くことで、医師は職務に専念して、患者さん一人ひとりにじっくり対応することができます。

本院で育成しているPAには、資格要件がありません。医療・介護未経験者でも、命の現場に対して興味関心がある人や、患者さんとより深く関わっていきたい人が専門性を身につけられるよう、OJTやOFFJTを取り入れた育成プログラムを実施しています。患者さん一人ひとりに寄り添い、残された時間をどう過ごしたいか、「その人らしい生き方」を一緒に考える。そんな在宅医療のサポート体制を、PAの育成によってつくっていきたいと思っています。

最後は在宅という選択肢を増やしていきたい

患者さんがどう生き、どう死んでいきたいのか。本人や家族に寄り添った指針を立てるためには、患者さんの性格やこれまでの歩みを把握して、現在の病状を踏まえ、一人ひとりの話にじっくりと耳を傾け、対話していくことが重要となります。

わたしたちの診療所では、患者さんが在宅で最期を過ごす選択をしたときに、必ずサポートできる体制をつくることが最初の使命だと考えています。そのためには、かつての日本がそうであったように、個人レベルではなく、社会的に「最期を家で迎えるのは当たり前」という感覚を取り戻すことが必要だと思います。家で過ごしたいと思っていても、これまでの概念から在宅療養を選択できなかった人たちが「住み慣れた場所で最期まで過ごしたい」と自然と在宅を選択できる。必ずしも最期は在宅がいいというわけではありませんが、在宅という選択肢を選べる人を1人でも多く増やしていきたいと思っています。

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