札束を積んで引き抜きをかけられる、病院に突然封書が届く……といったイメージが先行しがちなヘッドハンティングですが、本当のところはどうなのでしょうか。医師ヘッドハンティングの実態を、元ヘッドハンターが全3回にわたり解説します。
ヘッドハンティングの仕組みとは
──ヘッドハンティングについて教えてください。
ヘッドハンティングとは、医療機関側が希望する条件を満たす人材を探し出す「サーチ・スカウト型」のことを指します。
これには大きく2パターンあります。1つは恐らくみなさんがヘッドハンティングと聞いてイメージされる、エージェントを介してヘッドハンティングするパターン。もう1つは院長なり、著名な先生が自らヘッドハンターとなり、さまざまなネットワークを使って直接交渉で口説かれるパターンです。
米国の企業では、会社の人事部でひたすらそれを業務としてやります。自分たちでリサーチし、優秀な人材を見つけ、自分たちで獲得する。応募者の中から選ぶのではなく、こちらから仕掛けて戦略的に採っていく。それが当たり前のスタンスとして根付いているといいます。
これが本来の意味でのヘッドハンティングだと思いますが、最近は「登録型」も含めて、広義でヘッドハンティングとしているようです。登録型とは、まず求職者が登録し、その人材のデータを医療機関にオープンにして、医療機関側が「この人が欲しい」と手を挙げるイメージです。
──人材紹介会社には、「成功報酬方式」と「リテイナー方式(前払い制)」があると聞きました。
登録型は1件成立ごとに費用が発生する「成功報酬方式」を、サーチ・スカウト型は「リテイナー方式(前払制)」を採用しています。リテイナー方式では、成約にかかわらず、契約時点から費用が発生します。この点が、成功報酬方式との大きな違いです。
──成功報酬方式か、リテイナー方式かの違いで、どんな影響があるのでしょうか。
成功報酬方式は、採用が決まるまでは、クライアントには一切費用が発生しません。逆に言うと、人材会社側は費用を回収できないわけです。局所戦で外したときのダメージは大きい。だからじっくり吟味するというより、短期集中で決めたがるという傾向はあるかもしれません。
ストックから回す、というパターンもあります。優秀な先生をある程度抱え、その人たちを順繰りに動かす。極論すると、たらい回しにしているケースもあるにはあります。
一方、サーチ・スカウト型のヘッドハンティング会社のほとんどが、リテイナー方式を導入しています。恐らく料金の3分の1くらいは、採用前に「着手金」「活動費用」として前払いされていると思います。
成功報酬方式だからいい加減、リテイナー方式だから手間をかけている、というわけではありません。そこは当然ながら、会社ごとに違います。
ただ、実際、私はリテイナー方式の会社でヘッドハンターをしていましたが、入職後に「こんなの聞いていない!」というミスマッチはほとんどありませんでした。毎回時間をかけ、お互いに何度も面談して、いい部分も悪い部分も腹落ちした上で決めてもらっていました。クライアントにも成功報酬式で失敗したので、リテイナー方式の会社に乗り換えたというところも少なくなかったようです。
主な対象は、40代半ばから50代前半
──どんな人がヘッドハンティングの対象になるのでしょうか。
ヘッドハンティングの対象になる年代は、40代半ばから50代前半が中心で、20年ぐらいのキャリアがある人が多いです。なぜなら、それなりのコストをかけて採用するのですから、スペシャリストにもなれるし、マネジメントもできる、キープレイヤーとして活躍してくれる人が欲しいわけです。
次に多いのが、その下のポジションで優秀なナンバー2がほしいというニーズです。マネジメント層と実働部隊の間の立場です。その場合、30代後半から40代が対象になります。
──特にニーズが高い診療科目というのはありますか。
医師不足による求人が9割以上を占めますが、「特にこの診療科が」というのはありません。特に医師が足りないと叫ばれる領域のニーズが高いかというと、一概にそうとは言えません。なぜなら、例えば小児科であればどんどん集約化が進んでいるからです。このため患者サイドから見ると小児科医は足りないが、医療機関的には足りている、という状況です。ただ、なかなか先生が集まりにくいエリアなどでは、今でも札束で釣るというケースもあるようです。
──ヘッドハンティングのプロセスを教えてください。
クライアントの要望を聞くことから始まります。「ぜひこの先生で」と具体的な名前が出るのは全体で5%くらいです。残りの95%は「この診療科のこんな先生」とふわっとした要件定義です。そこをできるだけ具体的に詰めたら、エージェントは一次マーケティングで一定の条件を満たしている人を探して、先方に示し、了解を得られたら、候補者にアプローチします。
ヘッドハンターからのコンタクト方法は…
──ヘッドハンティングというと、病院に封書が届くといったイメージがあります。実際にはどんなふうにファーストコンタクトを取っているのですか。
封書を出す場合もあります。ただ、医療機関によっては、私信も含めて全部事務が開けてしまう。特に、企業が運営している病院はすべてチェックするといっていいかもしれません。加えて、あまり頻繁に手紙を出せば、ほかの人の目につきやすくなります。だから手紙だけで何とかなるものではありません。
病院に電話することもほとんどありません。あるとすれば、学会の会場というのはありだと思います。その場で名刺や連絡先を交換したり、懇親会で話したり。現在ではありえないことかもしれませんが、行き過ぎたケースだと、昔は先生の名刺が高く売れることもあったと聞きます。私は一度も売買したことはありませんが、そういう市場すらあったと聞いています。
──手紙だけではなく、いろいろアプローチ方法があるわけですね。
最初に会うのは、ヘッドハンターです。1、2回くらいお目にかかって状況を説明したら、後は当事者同士を引き合わせていました。前段階でわれわれが会う回数が多過ぎると、余計なバイアスがかかったり、情がわいたりしてしまうからです。
──先方との面談回数は平均何回くらい?
少なくとも3回はありますね。5回くらいは普通です。先方の幹部と会食という場合もありますし、単純に面談形式もあります。職場見学のほか、コメディカルの方々と会ったり、ミーティングに参加したりすることもありますよ。それもこれも入職後のミスマッチを防ぐためです。
こうしたプロセスを経るため、お声がけしてから成約するまでにどんなに短くても半年はかかります。概ね1年半から2年くらいかかるケースが多いですね。それだけお互い慎重に決めているということです。
- 元ヘッドハンターが語る「医師引き抜き」の舞台裏―ヘッドハンティングされる医師の条件(前編)【本記事】
- ヘッドハンターが気にする医師の「意外な評価ポイント」とは―ヘッドハンティングされる医師の条件(中編)
- 好待遇でも…医師のヘッドハントに潜む罠―ヘッドハンティングされる医師の条件(後編)
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