電子カルテシステムなど、医療の電子化が進んでいる韓国。その様子は一部、日本のメディアでも紹介されており、日本はその後塵を拝しているとも言われる。私自身も現地への視察へ赴いたが、実際にその勢いには驚いた。再生医療研究などに積極的に取り組む同国では幹細胞を使った実験的医療も進展を見せており、人類が想像してきたような「未来の医療」を実現させようという本気度を感じた。とはいえ、同国の医療現場においても、課題は多いそうだ。今回は、小児科医として現地と双方の小児医療の状況について意見交換した時の様子について、紹介したい。
「なぜ日本では病診連携がスムーズなのか」韓国医師の疑問
「日本の小児救急医療体制について、教えてほしい」。韓国の小児科学学会から連絡をもらったのは、2013年ごろだった。
当時、日本においても小児医療の体制をどのように構築するかは、大きな命題であった。少子化が進む中、各病院も小児科医療の規模を縮小しようとする傾向がある一方、夜間や休日の初期救急では、小児患者がその数を占める割合は高い状況。小児科医の疲弊と自殺、救急患者の「たらい回し」といった問題も多く取り上げられ、「医療崩壊」という言葉がたびたび聞かれるような状況であった。
2007年に英国から帰国した私は当時、日本小児科学会の委員会運営に携わりつつ、上記のような問題に向き合っていた。具体的に言えば、交通事情が許される範囲で病院の機能を集約化したり、夜間や休日の初期救急診療を地域ごとに整備したり、というのが、持続可能な医療システムを構築していくための対策であり、こういったことについて勉強したり、関わらせていただいた。夜間や休日の診療所の多くは、自治体や地域の医師会が中心になって整備し、同地域の開業医と勤務医がともに少しずつ負担を分け合うことで、運営されていることが多い。こういった制度があるため、開業医・勤務医双方の負担を減らせるということで、現場からも一定の支持が得られ、今も前向きに施策を走らせ続けられている。
話を戻して、韓国である。
「日本ではなぜ、診療所と病院の連携がそこまでスムーズに進むのか」。韓国側から投げかけられた疑問を一言に集約すると、このようになるだろう。日本と同じく、小児の救急医療と小児科医の疲弊の構造を持っている韓国でも、日本と同様、夜間や休日の公的な診療所の設置を試みたのだという。しかし、その先に待っていたのは、地域の小児科開業医だったそうだ。
制度の枠組みは、日本と同じような構造をしているのにもかかわらず、なぜ施策の進捗が日本と異なるのか。「日本の救急医療を視察し、成功の秘訣を探りたい」とのことだったので、1次救急から3次救急まで、その最前線をしっかりと視察いただき、日韓の小児科医でディスカッションを行った。その過程ではユニークな着眼点をいくつもいただいたが、特に日韓の医療に大きな違いを生み出している要因として挙げられたのが、“出来高制が基本”という韓国の状況であった。
韓国で、患者の奪い合いが起きたわけ
前述の通り、韓国は日本と同じように、公的な医療保険制度を採用している。医療行為の値段もそれに準じて決まっているが、特筆すべきなのは「基本的には出来高制を採用している」点だ。韓国の小児科医曰く、もともとの医療行為の値段設定が、さほど高くないため、結果としてこれが、韓国の小児科開業医同士で、患者の奪い合いにつながってしまうのだという。とくに夕方の時間帯は、就業を終えた親が病気の子どもを救急に連れてくるため、一番の「かき入れ時」なのだそうだ。
前述の通り韓国政府は、こういう状況下で、公的な資金を用いて夜間や休日の初期救急のための診療所を強化しようと打ち出したということになる。公的な診療所であることから、診療の値段が少し安く設定されていることもあり、周辺地域の開業医からは、「お客さんがとられてしまう」という懸念が大きく、件の猛反対につながったというのが、韓国人医師たちの見立てだった。もちろん、こういった過当競争は、診療時間の延長を生み、労働時間が長くなり、小児科医たちは自らの首を絞めることにもなるはずだ。実際に韓国の小児科医も日本と同様、疲弊状態にあるという。とはいえそれでも医師自身が一定の生活をしていくためには収入が必要であり、政府による介入をまるで民業圧迫のようにネガティブにとらえる向きがあるのにも、一定の合理性はあるようであった。
医療保険を含め、制度の枠組みは日韓で同じような構造をしているのにもかかわらず、値段設定一つで、政策(この場合は公的な夜間休日診療所の設立)が吉にも凶にもなりうることを、両国の小児科医がともに学んだケースであった。
終わりに
一国の医療制度や医療そのものは、その国の中だけを見ていても、分かることは少ない。さまざまな国のなかで、有機的に紡ぎだされた医療のかたちを比べることで、ようやく自らの全体像を見ることができ、そうしてはじめて、自らの医療への処方箋がみえてくる。日本の医療を改善していくためにも、日本の医療が他国に貢献するためにも、医療という有機体を国際的に比べる機会を持ちたいものである。
短い連載であったが、私自身が国連職員として再び海外勤務となるため、今回で、この連載は終わる。読んでくださった方には、この場を借りてお礼を申し上げる。引き続き、医療を中心に、社会という有機体を比べてみながら、勉強の旅を続けていきたい。
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