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コラム

バングラデシュ、公的医療への不信感はこうして生まれた―海外の医師はこう考える vol.5

2019年1月7日

日本を含め、多くの国々において医療は公的な制度に組み込まれて運用されている。しかし、そんな公的医療に対する信頼感は、国によっても大きく異なる。バングラデシュで見た光景は、公的医療のあり方について深く考えさせるものであった。
バングラデシュと聞けば、テロなど恐ろしい情報もあり、いささか後ろ向きな印象を抱かれる方も多いかもしれない。しかし実際は、カオスの中で元気に生きる人々がおり、多くの人々、特に現場の人々は志を持ち、親日の国であり、居心地は決して悪くない。今回は、そんなバングラデシュの医療のあり方について考察したい。

公的医療の下での出産をためらう女性たち

現地の女性たち

先日、バングラデシュの村に訪れ、村で主導的な役割をしている女性にお願いして、最近出産を経験した村中の女性に集まってお話を聞いた。話が聞けた8人の女性のうち、5人は帝王切開で出産したとのこと。どこの病院で出産したのか聞いたら、5人が全員、プライベートの医療施設だった。帝王切開をした理由を聞いたが、ほとんど理由にならないような理由であった。

バングラデシュでは、公的医療の枠組みであれば、基本的には医療にかかわる費用は無料である。とはいえ、薬代がかかったり、賄賂が必要だったり、交通費がかかったりということで、実際にはお金がかかる。また、病院に受診しても、肝心の産婦人科医が配置されていなかったり、配置されていてもいなかったりと、公には知られていない問題もあって、うまく機能していないケースは多い。こういう背景があるため、住民の公的医療に対する不信感は大きい。

そこで跋扈するのが、私的医療である。実は公的病院に勤める多くの医師たちも、午後になると、病院の近くで私的医療のいそしむ姿が見られる。午前中に公的病院で診た患者を、自分のしている私的医療のクリニックに集めていることも多い。私的医療では患者はお客さんとして扱われるので、満足度は自然と高くなる。公的病院に勤める医師の給料も高くないため、医師としても重要な収入源となっている。

公的医療と私的医療のバランス

公的医療では、保健省の進めるガイドラインや、財政的な圧力、さらには定期的な監査が入ることもあって、「あるべき」医療の実現が追及される。とはいえ、上記のような人的資源の問題や、病院の過度の混雑など、適切な状況下であったとしても帝王切開が行われず、救えるべき母児が救えないような状況すら起こってしまっている。一方私的医療では、患者と医師の関係性は、サービス提供者とお客さんとなるため、商業化した「お客さんを満足させる」医療がみられる。その分患者にとっての満足度は公的医療よりも高いものの、不必要な医療介入が商品のように売りつけられるため、過剰な医療介入による健康被害が後を絶たない。

本来であれば、国民が生活を営めるだけの最低限の医療を公的医療が担保したうえで、公的医療から抜け漏れたニーズを私的医療がカバーする、というのが理想的なバランスと言えるだろう。このバランスは、公的医療の信頼度が高まることで、適正な方向に行くのだが、バングラデシュは、政治の不安定、脆弱な政府、他国のさまざまな組織の規律のない介入により、公的医療はぜい弱なままである。

>公的医療の不信を招いた悪循環

先述の通り、こうした実情に対して現場の医療者も有効打を打てていないのが現状だ。

首都からほど遠い地域に配置された医師は、自らの待遇改善のために、私的医療で収入を増やそうとし、政府高官や政治家との関係性を駆使して、できるだけ首都に近い地域に配置してもらおうという競争になる。地域医療に根ざすという高い志を本人が持っていても、子どもの教育問題など、そうは言っていられないこともある。
また、旧英連邦でもあり、医療は英語で教育されることもあるため、こういった負のサイクルから抜け出したいと考える優秀な医師たちは、英国や豪州など英語圏で医師となることを夢みて、努力する。典型的な頭脳流出である。もちろん英国をはじめ、英語圏の先進国では、こういった優秀な医師たちがいなければ、それぞれの医療システムは維持できないため、こういった流れを止めることは困難である。つなぎとめるのは「愛国心」であったり「志」であったりと、大変心もとない。

そこで、「なんとかしたい」という外部者が、予算の執行もできない政府の応対をみて幻滅し、「勝手な」活動をはじめ、統一した政府の方針ができなくなったり、一時的にこういったプロジェクトでよい状況にならされた住民が、プロジェクト終了後に、路頭に迷う状況を作ったり、結局事態を悪化させていることも多い。

こういった苦しい負のサイクルを改善するには、きっと、一つ一つのサイクルを逆回しにしようとする小さな工夫を重ねることと、少なくとも「悪くさせることを取り除くこと」しかない。こういった難しい状況の中でも、公的病院で、公共心に基づく医療を提供し、地域と一緒に病院を運営して、地域の信頼を集める施設もある。こういった、取り組みを公的に促進できるような環境づくりも重要である。

現地の人々と(中央左が筆者)
森 臨太郎
もり りんたろう
国立成育医療研究センター政策科学研究部長/コクランジャパン代表

1995年岡山大学医学部卒業(同大学院博士課程修了)。淀川キリスト教病院小児科・新生児科などで勤務。2000年に渡豪し、アデレード母子病院などで新生児科診療に従事。2003年に渡英し、ロンドン大学熱帯医学大学院で疫学・公衆衛生学を修めた後、英国立母子保健共同研究所に勤務。出産ケア、小児の尿路感染症の英国国立医療技術評価機構(NICE)診療ガイドラインの作成にも携わった。帰国後、東京大学大学院国際保健政策学准教授などを経て、2012年より現職。2014年、コクランジャパン代表に就任。

提供:m3.com Doctors LIFESTYLE

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