長文インタビュー

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐

2014年1月9日

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐

武藤真祐の無謀なまでの純粋。
世界に先駆けて超高齢社会に突入した日本で「高齢先進国モデル構想」を掲げ、 在宅医療を基点とした高齢者をトータルで支える社会システムの構築に向け邁進する 医療法人社団鉄祐会祐ホームクリニック(以下、祐ホームクリニック)理事長の武藤真祐。
東京大学医学部を卒業、循環器内科医として充実した日々を送るも、 疲弊する医療現場にいて構造的な問題があるのではないかと2年と期限を定め、マネジメントの世界へ。 勤務の傍ら、MBA資格、米国公認会計士資格を取得後、超高齢社会における新たな社会システム構築に乗り出した。 多くの人が、エリート医師が緻密な計算のもとに社会問題に挑む姿を想像するかもしれない。 しかし、質問を重ねた取材でわかったのは、武藤の無謀なまでの純粋さだった。

医師が総合力を身につければもっと社会貢献できる

まず、前提としての事実関係を記述する。武藤は東京大学医学部を卒業後、循環器内科を専門に選び、恩師にも恵まれ充実した日々を送っていた。だが、充実はしていたものの、疲弊して構造的な問題も露呈していた医療現場の改革の必要性への思いを強くしていた。そこで、いったん医療から離れ期間を定めてマネジメントを学ぶことを決める。

「医師の潜在能力を専門職の枠にとどめておくのは、もったいない。専門知識に加えて総合力を高めるトレーニングをすれば、医療現場の構造的問題の解決も含めて、もっと社会に貢献できるのではと思ったのです」

選択した鍛錬の場は、世界のトップコンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニー(以下、マッキンゼー)。そこで日本内外の様々な問題解決に取り組んだ。そして2年後に医療界へ戻る際、自らに課した使命が3つある。

(1)未曾有の高齢社会を迎える日本の問題を医療者の立場から解決すること
(2)その過程では地域の患者、家族と心からの信頼関係を構築しヒューマンケアを実践すること
(3)結果、現在及び次世代に希望ある社会を創造すること

総合力を携えた医師が、社会に貢献するためにテーマにすべきは、喫緊の課題の超高齢社会における高齢者の幸福だった。

使命実現の端緒として2010年、東京都文京区に在宅医療専門の祐ホームクリニックを開院した。都営地下鉄三田線千石駅にほど近い閑静な住宅街の一角のマンションの一室に同クリニックはある。30前後のデスクが並び、医師、看護師、事務スタッフ等が、職種に垣根なく打ち合わせを展開していた。筆者が持つ医療機関のイメージとはかけ離れた様相だ。

軽率か、迅速かは結果が決める大義があれば失敗はない

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐前述の事実関係を知れば、誰もが、祐ホームクリニックは用意周到な準備のもとで順風満帆の滑り出しをしたと思うはず。しかし実際は、構想してから半年、具体的な開設への準備は3ヵ月程度という駆け足での開院。ひと通りの準備は行ったが、きめ細かなマーケティングや緻密な市場分析などは行わなかったという。

「『とりあえず始めてみるか』とつぶやいた記憶があります。

潜在需要が見込めるのはどこか、競合はどこにいるか、優位性の高い立地はどこかなどを仲間が調べてくれましたが、だからといって患者さんが来てくれるかどうかは、また別の話です。確かな成功を指し示す計画書のようなものはいっさいありませんでした」

本人も認めているが、思いつくとやってしまう性格である。

「思い立ってから準備に時間をかけないのは、僕の中には『絶対的な意義、つまり大義がある行為は失敗しない』と楽観している部分があるからです。これは、幼少期に確立した考えで、6歳で野口英世に感銘を受け、医師になって人を助けたいと胸に誓った瞬間からずっと、信じて疑わずに行動してきました」

曰く、自分の想いに従ったこれまでの人生で大きな失敗をした記憶がないそうだ。

「祐ホームクリニックでは、通院できない高齢者の方や終末期に近いがん患者さんを診ます。

そういった方々に対して医療を提供することには絶対的な大義がある。すなわち、失敗しない。実行の決定に時間は要しませんでした。

もちろん、患者さん集めは重要ですが、比較的、技術的な話です。大義さえあれば、技術的な部分はあとからでもなんとかなるものです」

最初の月の患者数は9名。開業後すぐに、患者を増やすには「B to C」ではなく「B to B」だと見抜き、「技術的な」対策が即座に実行された。訪問看護師やケアマネジャーのリストを作成し、訪問やFAXで存在をアピール。さらに、積極的なカンファレンスや在宅医療をテーマにした勉強会・実習を開催するなどして、徐々に認知度を上げていった。結果、開院以来1年で、延べ500名の患者を診るようになっていく。

「マッキンゼーにいて得た学びのひとつは、事前のプランの周到さよりも、実行段階で予想しない課題が発生したときへの対処が大事だということでした。

コンサルタントは、緻密なリサーチをもとにプロジェクトを成功に導くプランを立て、クライアントに提供するのが仕事。その先、本当に成功するか否かはコンサルタントの範疇外です。そして、プロジェクトが暗礁に乗り上げるさまを数多く見ました。

クリニック設立において準備に注力しなかったのは、コンサルタント業の専門家集団の中に身を置いた実体験を通して、『大義にもとづいていれば、必ず最後には成功する』との自分の信念に確信を持ったからでもあります」

記憶の棚卸しに興味を持たない苦労話はしたくてもできない

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐

今回の取材での最大の難関、それは「彼から苦労話は聞き出せない」ということだった。

「朝起きると、今日やることや明日やるべきことについては、ピコンと明確に見えます。でも、昨日こうしたから今日はこうしなければといった発想はない。

昨日の出来事を若干は覚えていますが(笑)、今日の自分にほとんど影響は与えませんね。あまつさえ、それ以上の過去について全体を振り返っての『棚卸し』のような作業は、僕の中ではまったく行われません」

唖然とする取材陣に、詳しい解説が提供される。

「正確に申し上げれば、事実関係は覚えていますが、事実にまつわる心象風景が思い出せない。もちろん、何かする都度、なんらかの苦労、あるいは努力をしているのは確実ですが、けっこうすぐ忘れちゃいます。意識して辛い事象を自分の中にとどめないようにしているからでしょう。

著書にも書いたのですが、今日の自分が昨日の自分よりも良いというか、高いところにいるようにするには、『あのとき成功したな』とか、『努力してがんばったな』といった記憶が、けっこうマイナスに働きます。

『あのとき、がんばって良かった。成功したな』と振り返ると、ついそれに頼りたくなる。

過去の達成感は、プライドや自信につながりますが、『一度、感じられたのだからもういいじゃないか』ともなりがち。だから、成功体験をともなう苦労や辛さは、あえて自分の意識の中から消してしまうので、聞かれても、たいていは答えられません(笑)」

パラダイム・シフトに合わせ社会的システムの創出をめざす

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐

推し進めるのは、単なる在宅医療ではなく、高齢者をトータルに支える社会システム。所信は祐ホームクリニック公式ホームページ上に、「高齢先進国モデル構想趣意書」として開示されているので参照されたい。構想を実現するための組織、一般社団法人高齢先進国モデル構想会議(以下、高齢先進国モデル構想会議)は、クリニックを開設して1年後の2011年に立ち上げた。

要約すれば彼は、今後高齢化が進む日本や世界において、人々がそれぞれに必要なサービスを享受しながら、幸せに生活し、孤独でない環境で人生の最期の時間をすごせる仕組みを構築しようとしている。人類が経験したことのない超高齢社会で、もし、そんなモデルができれば、世界が目を見張るだろう。

「僕らが今やろうとしているのは、地域包括ケアの実現と思われがちですが少し違います。現在、各地で芽生えている地域包括ケアのモデルに、技術的にもスキーム的にも、さらなる進化をもたらしたいのです。これまで世界は健常者を中心として技術やサービスを進化させてきました。けれども、今後はそうはいかない。

世界的な超高齢社会へのパラダイム・シフトに際し、社会システムを劇的に進化させるべく、世の中にある最先端の技術を取り入れること、これまでなかったような組み合わせでシナジーを図ること、そしてかかるコストは公に依存しすぎず民間の経済循環性を持たせること――こういった視点を取り入れ、社会システムにイノベーションを起こしたいと思っています。

技術的なイノベーションでの例を挙げれば、今や誰もが持つようになったスマートフォンやタブレット。世界中の人々が見て、『いいね!』と思っている。あっという間に、人々の生活に入り込んで社会構造まで変えてしまいました。僕たちは驚きましたが、スティーブ・ジョブズには見えていた世界に違いありません。

僕は、『こうありたい』と思うものを既成概念にとらわれずに大胆に構想したい。そして、これまでできなかったこと、なかったものを自らの手で創造したいのです。『たいへんでしょう』と言う人もいます。ですが、僕はむしろ楽しんでいる。この変革期に生きてチャレンジができるエキサイティングな人生を楽しんでいます」

「医療」や「福祉」といった既成のプラットフォームが念頭にあっては、結局その枠を超えられない。「高齢化した社会で、社会資本として人々の幸せに資するような何か」というくらい漠然としたイメージで医療を真剣に追求することで、皆が驚き、喜ぶような仕組みが生み出せる。それは日本の社会構造や産業構造にまで影響を与えるものになるだろう。手がける挑戦は、とてつもないスケールだ。

大義にもとづき赴いた石巻予期せぬブレイクスルーを得る

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐

武藤は、医療現場重視を旨とする。患者と接し、患者を診て、信頼関係を作っていく。患者や家族と苦しみや喜びを共有し、時に感謝されるのが、すべての原点。「原点から離れてものを言っても、100パーセントの自信を持てない」と彼は言う。「動機も根拠も方法論も現場にある」が信条だ。だから医療現場から離れようとせず、そこにもっとも力を置く。

現場主義が功を奏した好例が、宮城県石巻市に開設した祐ホームクリニック石巻だろう。東日本大震災の発災直後、医療者の本能に従い石巻を訪れ、クリニックの開設を即決した。当初は「新しい社会システムの構築」との接点など考えてもいなかったという。

「深い考えもなく1週間のうちに半分、石巻で診察する生活が始まりました。当時は片道5時間かかる道のりを毎週往復しました。今では延べ250名を超える方が、もしかしたら無理だったかもしれない在宅での生活を送っておられます」

加えて、そんな暴挙を実行しなければ遭遇できなかった気づきがあった。高齢者の孤立、行政の力の相対的な低下、コミュニティの崩壊――被災地の問題は、超高齢社会の問題であるということだ。気づいたなら即実行。高齢先進国モデル構想会議のスタッフとともに始動した。

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐

「延べ約2万軒の被災者宅を戸別訪問し、身体や心といった健康面のみならず、生活面も含めて状態を詳細に聞き取りました。1軒1時間以上かけて集めた情報はデータベースに入力、それらの情報を専門職が精査し、サポートが必要な人には健康・生活の専門家がフォローにまわった。支援状況のログは、データで残し、継続的・複合的な支援を円滑に行うスキームを構築しました。

医療、福祉、保健に関する事項はもちろん、住まいや食事、買い物など生活全般のことから、被災者の心の問題までの相談を受けつけるほか、社会参加の機会提供や生き甲斐づくりなど、人々の生活を支え、生きる力を引き出すようなサービスプラットフォームの誕生です。

そして高齢先進国モデル構想会議は期せずして、小さいながらもブレイクスルーを得ました。プラットフォームの誕生で、たとえば、同会議に参加する約50社の企業が、より鮮明に被災地で貢献のかたちを描けるようになりました。

健康と生活の融合、官民の役割分担と連携など、これまで課題とわかりながらもブレイクスルーできなかった問題が、この地では氷解しました。高齢先進国モデル構想会議を立ち上げ、東日本大震災を経た現在、石巻を舞台に僕たちのモデル構想は、ものすごいスピードで実現しつつあります」

祐ホームクリニックの約束 You Credo

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐祐ホームクリニック 祐ホームクリニックの存在意義および提供価値を示すものが、この「You Credo」です。わたしたちを常に適切な方向へ導く指針として、集うスタッフ一人ひとりが大切にし、一つ一つの判断の基準、行動の基本にします

患者さん、ご家族との約束
わたしたちは、患者さんが安心してその人らしい人生を送ることが できるよう、患者さんとご家族の言葉に真摯に耳を傾け、適切な支援を行います。

地域の医療、介護チームとの約束
わたしたちは、ともに活動する医療・介護に携わる方々に対し、 いつでも、親身で丁寧、かつ迅速に、適切な対応をします。

クリニックとの約束
わたしたちは、祐ホームクリニックのパートナーであることを誇りに思い、 常に成長を続け、個々の責任を果たすとともに、互いに尊重・協力しあいます。

社会との約束
わたしたちは、患者さんとご家族が安心して過ごす環境づくりを通じて、 希望ある社会を創造します。

患者と対しているときがいちばん幸福な瞬間

医師インタビュー企画 Vol.4 武藤 真祐

ああ、こんな表情で患者と向き合っていたのか――。取材の数日後、撮影のために石巻を訪ね、訪問診療に同行させてもらい、初めて武藤が診療をする姿を見て、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

クリニックでスタッフに的確な指示を与える、高齢先進国モデル構想会議で明晰な議論を行う、厚生労働省の分科会で発言をする――論理的で冷静な立ち居振る舞いは、エリート医師のイメージにぴったりと合っていた。彼の言う「動機も根拠も方法論も現場にある」との言葉が、実のところ、ピンときていなかった。

しかし、患者に対する彼の姿、公の場では見せない幸福そうな顔を見て、正直「まいった」。ステレオタイプな人の見方に飼いならされ、真実の武藤の姿がまったく見えていない自分に気づいたのだ。

途端に、武藤の想像を絶した純粋さが迫ってきた。彼の生活に休みはない。以前、そのことについて聞いたときの発言を思い出す。

「こういう生活状態では、いつ突然死が訪れても不思議ではありません。でも、そういう顛末があるなら受け入れます。常にたった今がピークであるような生き方が貫けている自負がありますから、いつでも後悔せず死ねます」

大義への確信、実行への漠たる自信、過去への無執着。これだけのファクターがそろえば、周囲には一歩引く者が出てきても不思議ではないだろう。だが、そうはなっていない。むしろ共感者がさらに話を乞う空間が生まれ、緩やかな協働の輪が広がっている。

なぜか。彼が、現場で生きているから。壮大も微細も、常に立ちつづける医療の現場にぶつけて検証しているので机上の空論のうわつき、わずかな自己主張さえないからだ。あるのは、ただ、無謀なまでの純粋さのみ。将来、日本の超高齢社会が、あるモデルを世界に示せる日の到来の予感を武藤の姿の後ろに見た。

武藤 真祐
むとう しんすけ
医療法人社団鉄祐会祐ホームクリニック 理事長
一般社団法人高齢先進国モデル構想会議 理事長

1990年 開成高校卒業
1996年 東京大学医学部卒業、東京大学医学部附属病院、三井記念病院にて循環器内科、救急医療に従事
2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2004年 宮内庁で侍医を務める
2006年 マッキンゼー・アンド・カンパニー勤務
2010年 祐ホームクリニック開設
2011年 医療法人社団鉄祐会設立、一般社団法人高齢先進国モデル構想会議設立、祐ホームクリニック石巻開設

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