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医科×歯科の成功モデルを Wライセンス医師の野望―松本朋弘氏(練馬光が丘病院)

2019年7月30日

歯科医師として再生医療の研究に関わったことから、医師免許の取得を決意した松本朋弘氏。現在は総合診療科で内科専攻医として研鑽を積みながら、歯科と医科のダブルライセンスを活かした活動も始めています。医師としてのキャリアは短いものの、これまで培った知識・技術をアドバンテージに新しいキャリアを歩む松本氏に、ダブルライセンスに至った理由や、自身の強みを活かした活動を伺いました。(取材日:2019年5月30日)

歯科/医科の区別なき環境は?

―歯科医師になった理由から教えてください。

親から医師か弁護士、歯科医師のどれかを勧められ、叔父が歯科医師だったことから歯学部に進学しました。入学後はアメリカンフットボール部に所属し、部活三昧の日々。決して勉学には励んではいませんでしたね。真面目に勉強するようになったのは、解剖学のレポートが滞り、留年しそうになってから。必死に勉強を始めたら、徐々に学ぶことが面白くなっていったんです。歯科医師の9割がする開業にはあまり興味がなかったので、卒業後は口腔外科に進もうと決めました。

―歯科医師としては、どのようなキャリアを積んできたのですか。

卒業後は、鶴見大学歯学部附属病院で、口腔外科に重点を置いた研修プログラムを選択しました。そこで関谷秀樹先生という、大学病院の口腔外科医でありながら、摂食嚥下障害対策に取り組んでいる先生に出会ったのです。当時のわたしは、摂食嚥下障害についてはもちろん、外科で摂食嚥下障害対策に取り組んでいること自体が珍しいことなど、何も知りませんでした。振り返ってみると、関谷先生と出会った歯科医師1年目のときに、歯科医師の概念が変わったように思います。この頃から、歯科医師としての自分に何ができるのだろうかと、考えるようになっていました。

翌年、研究にも関わったほうが今後のためになるだろうと思い、大学院に進学しました。iPS細胞が発表される前でしたが、再生医療が非常に話題になっていた時期で、わたしも再生医療の研究室に入りました。すると、すぐに兵庫県尼崎市の産業技術総合研究所の再生医療研究グループへの赴任が決まって――。ここで4年間過ごした経験が、医学部進学を考えるきっかけになりました。

―なぜでしょうか。

研究所のボスが整形外科医で、配属されたグループの中にも基礎研究者の他に整形外科医がいました。研究に関わっていく中で、生命に携わる点では皆一緒なのに、なぜ歯科/医科と線引きされているのか、歯科と医科の違いは一体何なのかと考えるようになったのです。
そして、ここで学んだことは歯科にはあまり活かせそうになく、それならば医科に活かすにはどうしたらいいか、むしろ歯科も医科も区別なく関われる環境はないのかと思いました。そこで最初に浮かんだのが、理学部に行って研究すること。
しかし、この時わたしはすでに28歳。理学部進学は両親から大反対され、「医学部なら学費は出してもいい」と渋々許してもらえました。当時婚約していた今の妻からも許可を得られ、1年限定で受験勉強し、幸いにも東海大学に学士編入で合格することができました。

ダブルライセンスを活かせるのは……

―現在は総合診療科の専攻医2年目ですね。診療科は、どのように選んだのですか。

まず、医学教育を受けて衝撃を受けたのが、最初の時期は本当に座学だけだったこと。歯学部だと卒業時には、少なくとも歯が削れて当たり前、入れ歯が作れて当たり前。即戦力として研修1年目を迎えるのです。一方、医学部では実習はあるものの、講義中心の教育なので、研修1年目では正直まったく使い物になりません。

そんな医学教育に疑問を抱き、調べていくうちに医師が「診断学」を教わる機会がほとんどないことに気が付きました。さらに調べたり勉強会に参加したりしていくと、日本の医学教育に欠けている診断学は、総合診療科の先生方が中心となって勉強会を開催し、補っていることに行き着いたのです。そこで、「総合診療科医として医学教育に携わろう」と考え、総合診療科に進むことを決意しました。

―「歯科/医科の区別なく関われる環境」を求めていたかと思いますが、その観点からはいかがでしょうか。

歯科医師免許を持っているからこそのポジションをどう確立するかは、ずっと考え続けていました。結果的に自分が取り組むべきと考えたのは、摂食嚥下障害対策と誤嚥性肺炎の治療です。

総合診療科に所属してわかったのが、当院では入院患者さんの多くが誤嚥性肺炎を発症していたことです。誤嚥性肺炎の治療プランは、数日間絶食して抗菌薬を投与し、呼吸を安定させてから食事を再開、熱が出なかったら退院。口から食事が摂れなくなった場合、胃ろうや経鼻胃管での栄養摂取――というケースが多いです。ところが、しばらくすると、また誤嚥性肺炎で再入院となる場合が非常に多いんです。再入院になってしまうことが最初からある程度は分かっているので、このような治療に情熱を注いで取り組む医療従事者にはあまり出会いませんでした。しかし個人的には、再入院になってしまうことに不毛さを感じていて――。認知機能の低下などがない場合、1日3回の食事を止められたら絶対に空腹を感じるはずなので、1日絶食させることは倫理的にも問題があるように思っていました。

違う治療はないのかと調べていると、「NPO法人 口から食べる幸せを守る会」の理事長である看護師・小山珠美さんに出会いました。早速、小山さんが開催するワークショップに参加すると衝撃の連続で――。誤嚥性肺炎治療の絶食にはエビデンスがないこと、1日3回の食事を止めることで口や喉といった食事に関わる筋肉が3〜7%低下すること、胃ろうや経鼻胃管は誤嚥性肺炎の再発予防にはならず、むしろ、早期の経口摂取再開が患者さんの予後に直結するというのです。

歯科医師1年目のときに、関口先生が摂食嚥下障害対策に取り組んでいたことも、頭の片隅にひっかかっており、「これは自分がやるべき取り組みだ」と実感。医学教育に取り組みつつも、一層力を入れるべきは摂食嚥下障害対策と正しい誤嚥性肺炎治療だと思い、医学教育からこちらに注力するべくシフトチェンジしようとしているところです。

自分の「おせっかい」で美味しく食べられる社会へ

―最近の取り組みを教えてください。

過去2回、当院に小山さんを招いてワークショップをしてもらったことがあり、現在3回目も企画しているところです。次回は当院の運営母体である、公益社団法人地域医療振興協会(JADECOM)の全病院を対象に、参加者を募集して開催する予定です。
とはいえ、当院だけで摂食嚥下障害対策を頑張っても意味がありません。退院後も患者さんが経口摂取できるよう、積極的に取り組んでくれる回復期病院や在宅診療所、介護施設が必要です。そこで練馬区医師会と連携し、「練馬区摂食嚥下研究会」を立ち上げました。例えば、座り方1つで食べる量が変わることなど、知らなければうまく口から食べさせられない知識やスキルはたくさんあります。そういった知識啓発のための勉強会を、今後は年4回開催していく予定です。

実は、練馬区は都内で最も医療機関が少なく、マンパワー的にも充足しているエリアではありません。しかしそれは、医科だけに目を向けているから。歯科にまで視野を広げると、練馬区の歯科医師会は摂食嚥下障害のための予算を取って活動しているのです。歯科医師会の診療所で週2日の摂食嚥下外来を開いたり、30〜40名いる摂食嚥下登録医たちが摂食嚥下スクリーニングとフォローアップをしたりしています。歯科/医科の垣根を取り払い、歯科医師と医師が協力すれば、マンパワーの問題もある程度は解決できるのではないでしょうか。

―練馬区での前例づくりが、先生のまず取り組むべきことですね。

そのように考えています。現在、わたしが担当している誤嚥性肺炎の患者さんで自宅退院の方は、今話した摂食嚥下スクリーニングといった歯科医師の取り組みを入れています。
誰が声を上げたら一番効果的かと考えると、やはり医科と歯科の両方のライセンスを持っている自分だと思います。実際に声を上げれば共感し、動いてくれる人がいると考えています。せっかく練馬区というフィールドがあるので、特に医科歯科連携に関しては、成功モデルをつくりたいですね。そして、それを全国へ広げるためには、臨床研究も欠かせません。この分野の連携に関するエビデンスがほとんどないのが現状ですが、医師に納得してもらうためにはエビデンスが不可欠です。

実は、急性期病院で口から食べられるようにする取り組みを積極的に行っていることや、胃ろうに対する疑問を呈したことで非難されたこともありました。地域に出ていけば、病院の仕事をちゃんとやっているのかと言われたことも――。そのため、患者さんの経口摂取に対してどこまで「おせっかい」していいのか分からなかった時期もありました。そんな時、健康の社会的決定要因を研究されている先生から「多くの人が知らないことを代弁していくことこそ、医師の基本ではないか」と言われたのです。その一言で、気持ちがすごく楽になり、自分の「おせっかい」は患者さんのためには絶対にいいことなのだと肯定でき、このまま続けていっていいのだと自信が持てました。

練馬区という活動フィールド、JADECOMの医療機関に在籍していることを活かし、あらゆる領域にどんどん介入していって、誤嚥性肺炎で入院することなく、最期まで口から美味しく食べられる人が1人でも増える社会にしていけたらと思います。

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