集中治療室があるものの集中治療専門医がいない病院に対して、24時間365日遠隔モニタリングをすることで、早期に患者さんの治療方針の提案、診療サポートをする「遠隔集中治療」の普及を目指している医師がいます。中西智之氏は心臓血管外科医、麻酔科医として臨床現場でキャリアを積んできましたが、40歳で起業。遠隔集中治療の普及に注力するようになりました。このキャリアチェンジの裏側にある思いを取材しました。(取材日:2018年3月27日)
「現場の課題感」を事業に
―株式会社T-ICUを設立するまでのキャリアを教えてください。
起業前はフリーランスの麻酔科医として働いていましたが、もともとは心臓血管外科医として勤務していました。心臓外科の患者様は、術後管理のために必ず集中治療室に入りますが、ある時、自分がやっている集中治療はごく一部だということに気付いたのです。そこで集中治療に興味を持ち、まずは麻酔科に関わろうと思い、横浜市立大学の麻酔科に入局した経緯があります。麻酔科医の先輩の中には、フリーランスとして全国各地の病院を飛び回っている方がいて、自分もそういう働き方をしてみたいと思い、フリーランスへ転身。これが起業のきっかけになりました。
―フリーランスの麻酔科医になったことが、なぜ起業へつながったのですか。
非常勤の麻酔科医を必要としてくださる病院の多くは、250床前後の中規模病院で、そのような病院には集中治療室はあるものの、集中治療専門医がいない場合が非常に多い。つまり、他の診療科の医師が集中治療を担当しているという状況なのです。このことは、フリーランスの麻酔科医として、さまざまな医療機関と信頼関係を築いていく中で知ったのですが、漠然とした課題感を覚えました。
麻酔科医も少ないけれども、集中治療医もそれ以上に足りていない。この状況を改善できる方法はないのだろうか――そのように考えている時、知り合いの医師から、アメリカでは15年前から遠隔集中治療が普及しているという話を聞いたのです。日本では全く普及していない遠隔集中治療に興味を持ち、情報収集を始め、国内でもそれを普及・実現させるべく、2016年10月に株式会社T-ICUを設立しました。
遠隔集中治療を拡げて、患者も医療現場も助ける
―現在のT-ICUの状況を教えてください。
現在は、システム開発が終わり、遠隔集中治療を導入してくれる医療機関を探したり、口コミで興味を持っていただいた医療機関に出向いてサービスの説明をしたりしている段階です。拠点は兵庫県芦屋市ですが、説明に伺っている医療機関は、岩手県や千葉県、静岡県など全国にあります。
―これから提携先を増やしていく段階にありますが、現在どのような点に課題を感じていますか。
わたしたちは医療機関に遠隔集中治療のシステムを導入してもらい、その契約料をいただくビジネスモデルを考えています。ところが、医療機関側からすると米国でのエビデンスはありますが、日本での実績がまだない中で出費も増えてしまうので、なかなか導入に踏み切っていただけません。これが大きな課題ですね。
先程お伝えしたように、多くの病院では、集中治療の専門ではない医師たちがその分野を担っています。しかし、遠隔集中治療を導入することで専門的なサポートを受けられるため、死亡率やICUの滞在日数、人工呼吸器の装着日数などが短縮されるといった治療成績の向上につながる可能性があります。専門外の集中治療を担当する医師や看護師のストレスや負担を軽減でき、在院日数が減り病床回転率が上がるというように、診療面でも経営面でもメリットがあると考えています。しかしながら、治療成績が上がっても保険点数に反映されるわけではありません。遠隔集中治療を導入していなくても、現場が回ってしまっているので、お金を払ってまで導入しようと決断する医療機関がなかなかないのが現実です。
医師には、多様なキャリアがある
―臨床現場での課題感から、大きなキャリアチェンジをされた中西先生の原動力は。
いくつかの専門医がいない集中治療室を見て、現場がいかに困っているかを痛感しました。専門医がいない中でなんとか回している状態は、医療者にとっても患者さんにとっても、好ましくありません。遠隔集中治療を普及させることは、集中治療のレベルアップになるはず。それを実現してより良い医療提供につなげたいというのが、原動力になっているように思います。
医師として働きながら、遠隔集中治療を事業化するために奔走する――。起業した当初は、医師としてすごく変なことをしているのではないかと思っていました。ところが、ベンチャー企業の代表としてさまざまな場に出ていってみると、同じように起業している医師が大勢いることを知ったのです。医師として臨床以外の働き方をされている方たちに出会ったことで、医師も起業していいんだと思うようになり、自分も頑張ろうとモチベーションを高く保ち続けられています。
―今後の展望について教えてください。
現在、全国には約1100の集中治療室があります。そのうち、集中治療専門医がいる医療機関は約300施設、残りの800施設は集中治療医がいない中で運営されているのです。そのため、まずは集中治療専門医がいない集中治療室全てに、遠隔集中治療システムを導入し、専門医がいなくてもサポートが受けられる状態にしたいですね。一方、集中治療室がなくても、手術数の多い病院は多くあります。そのような病院は、術後の患者さんを病棟で診る医師が少ないので、そこもカバーしていきたいですね。
医師には、多様なキャリアがあると思います。わたしは臨床現場である程度のキャリアを積み、40歳で起業しました。目の前にいる患者さんを助けることはもちろん大事なことですが、遠隔集中治療という少し違った角度から助けることも、大きな意義があると考えています。目の前にある課題に向き合い、医療のさらなる発展に貢献していきたいですね。
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