1. m3.comトップ
  2. キャリアデザインラボ
  3. キャリア事例
  4. 事例
  5. 一般患者と何が違う?バレエ外来が目指すもの―私の専門外来Vol.2バレエ外来(後編)
事例

一般患者と何が違う?バレエ外来が目指すもの―私の専門外来Vol.2バレエ外来(後編)

2018年12月5日

1994年より国内初となるバレエダンサーを対象とした専門外来を開設した、東京・上野にある永寿総合病院・整形外科。その歩みを紹介した前編に続き、後編では、バレエダンサーを対象にした診療の特徴や今後の展望について、現在同外来を担当している平石英一医師に聞きました。

手術をするかどうかの見極めが重要

バレエダンサーに生じやすいケガや故障に対して基本的には、まず保存的治療、理学療法や物理療法、内服薬や注射などで痛みをとめます。また、障害の原因となった動作を制限することも必要です。「ただ、まったくその動作をしないと練習に支障を来たしたりしますので、制限をつけてその人に適切な正しい動作を指導する場合が多いですね」(平石医師)。単に内服薬や注射で痛みを和らげることだけを考えればいいのではなく、その後のダンサーとしての活動をどう支えるかという観点からの治療アプローチが重要というわけです。

保存的治療で状態が改善しない場合は手術による根治を目指します。その場合も可能なら切開手術は避け、侵襲度の低い関節鏡下手術を選択して、術後のパフォーマンスに影響が出ないよう配慮します。

ただし、多くのダンサーにとって自分の足にメスを入れるのはバレエ人生を左右しかねないだけに勇気がいるもの。「手術してもすぐ直るわけではありませんし、後遺症もまったくゼロとはいえません。ただし、長年診ていると手術したほうがよい症例、手術をしないと治らない症例の判断が概ねできるようになります。それを見極めるのが自分の仕事だと思っている」と平石医師は話します。

もちろん、バレエを行われなければ痛みがないケースがほとんど。必ずしもすべての方に手術を勧めているわけではありません。そこはバレエにどう向き合い続けていくかどうか患者自身の判断に委ねられます。バレエダンサーを専門的に診療する医師として、患者の思いをくみ取ることがより重要になるのだそうです。

バレエ活動を支える役割も担う

バレエダンサーはレッスン中に多少痛みが生じても日常生活に支障が少ないため、重症化してからの受診も少なくないようです。「コンクールやオーディション、公演が近づくと痛みを我慢して無理をしてしまうのでしょう。ただし、多くの疾患やケガと同様、早期受診が大切で、治療が遅れれば遅れるほど治癒までに時間がかかり、痛みが慢性的に残ってしまう場合もあります」と平石医師は警鐘を鳴らし、タイムリーに受診することを呼び掛けています。

同時に受診後、ケガや故障を再発しないようにする動作の指導など予防に関する啓発も欠かしていません。同外来の患者には身体が成長途中の10代の患者が多く、もともとの関節の可動域なども個人差や左右差があります。「外来診療の短い時間の間で十分とはいえませんが、1人ひとりの違いを踏まえて負担のかからない練習の仕方などをお話するようにはしています」。こうした予防的な指導も平石医師の重要な役割の1つになっています。ダンサーとのトレーナーと連絡を取り合い、レッスン中にチェックしてもらうこともあるといいます。

そのため、バレエダンサーの障害の治療や予防を研究するInternational Association of Dance Medicine and ScienceのAnnual Meetingにもほぼ毎年参加し、最新の治療や指導が提供できる準備も怠っていません。まだまだ確立された方法は少なく、またダンサーたちの練習の取り組み方との兼ね合いもあり、どこまで介入していいかという問題もあるようです。確かに負担のかからない動作にばかり気を使っていてはバレエの上達が遅れるというトレードオフ的な面もなくはありません。

「ですので、基本的には無理に使いすぎないことが一番大切。ダンサーそれぞれの身体の許容範囲は違いますから、それをよく知ってもらって自分で考えていくようにするのが最良の方法かなと思います」と平石医師は話します。

口コミで世界中から患者が来院

平石医師のきめ細やかな治療や指導を求め、これまで2,000人以上のダンサーが同外来を訪れています。10代が多いですが、40、50代からバレエをはじめ、カルチャーセンター通いをしている方が痛みを感じて受診する人も結構いるようです。

また、バレエダンサーを専門に診療する医療機関は今もなお多くはなく、また長い間続いていることから、国内ばかりではなく世界中に知られています。イギリス、フランス、ロシアなどのヨーロッパやアメリカ合州国、カナダ、アジアの国々を拠点に踊っている日本人ダンサーが帰国する際、同外来を立ち寄ることもめずらしくありません。「世界で活躍する日本人ダンサー同士の口コミで広がっているようです。有名なダンサーを診ていた小川先生の影響が大きいと思います。私は第二走者で走っているだけですから」と平石医師は謙遜しますが、20年にわたって同外来を維持してきた功績はもちろん大きいといえるでしょう。

この間、バレエダンスの医学に関してもだいぶ変化しています。例えば、冒頭で紹介したようにバレエダンサーは股関節に傷害が起こすことが多いですが、同傷害の治療方法が進歩してきたことです。現在では、平石医師は足部・足関節を専門とするため、股関節の手術の判断は他の専門医に紹介しますが、そのような連携もかなり円滑に行うことができるようになりました。また、専門である足の外科についてもこの20年間で認知度が進み、日本足の外科学会の会員数も1,500名ほどに増えてきました。まだまだ十分とは言えませんが、バレエダンサーをめぐる治療環境は改善されつつあるといえそうです。

後進の育成にも力注ぐ

一方、同外来の患者数はこのところあまり増えていません。1つはバレエ外来を標榜する医療機関が若干ですが開設されているほか、先ほど記したように足の外科を専門とする医師が増加してきたことも無関係ではないでしょう。ただし、最も大きな要因は経済的な問題が大きいようです。「大病院の外来機能を縮小する観点から、昨今の医療政策で紹介なしの初診患者は5,000円の自己負担がかかります。この負担増が大きい。何かシステムを変えてアクセスしやすいようにしていくことも考えていかなければなりません」(平石医師)
そのため将来的には、例えば同外来をサテライトとして診療所にし、手術は病院、通院治療や相談・指導は診療所というように役割分担と連携を図っていくことも検討しています。また、これまでの専門外来では人員やスペース、時間等の関係でリハビリテーションを行えませんでしたが、サテライト化してリハビリを行うことにより、傷害を抱えたダンサーたちの利便性を図れればとも考えています。

「また、この外来の治療成績は年を重ねるごとによくなっていますが、いまだにわからないことは多々ありますし、完全に治りきらない患者さんもいます。研究する余地はまだまだたくさんあるのです」と平石医師は強調します。そのため、手術や診察を見学したいという医師を積極的に受け入れたり、学会活動を通して後進の育成にも力を入れていく構えです。

「痛みというのはメンタルな部分も関係してくるので画像検査ではどうしようもない症例もあります。そういう意味では足という特定領域の疾患も全身疾患であることがわかってくる。こういうことが見えてくるのが医療の醍醐味。行うべきことは山積しているので、お手伝いいただける方がいたらいつでもウエルカムです」

【提供:m3.com Doctors LIFESTYLE

従来の価値観に とらわれない働き方をしたい先生へ

先生の「やりたい」を叶えるためには、従来の働き方のままでは難しいとお悩みではありませんか。

  • 医師業と、自分のやりたいことを兼業したい
  • 病院・クリニック以外で医師免許を生かして働きたい

もし上記のようなお考えをお持ちでしたら、エムスリーキャリアのコンサルタントにご相談ください。

エムスリーキャリアは全国10,000以上の医療機関と提携して、多数の求人をお預かりしているほか、コンサルタントの条件交渉によって求人を作り出すことが可能です。

この記事の関連キーワード

  1. キャリア事例
  2. 事例

この記事の関連記事

  • 事例

    ウガンダ勤務を経て医師になり、ベンチャー企業に入社したわけ―谷川朋幸氏・後編

    アフリカでの難民支援NGO、東証一部上場企業勤務を経て、医師になった谷川朋幸氏。公衆衛生、国際保健への関心から、聖路加国際病院公衆衛生大学院に進みました。現在は、自宅で治療ガイダンスを受けられる「治療アプリ」を研究・開発する株式会社CureApp の最高医療責任者(CMO)として、治験や薬事申請などを進めています。多彩なキャリアを築く谷川氏が、自身の道を選択する上で重視してきたことは何でしょうか。

  • 事例

    日本初の“治療アプリ”を目指す最高医療責任者の異色キャリア―谷川朋幸氏・前編

    日本初となる“治療するアプリ”の薬事承認・保険適用を目指している株式会社CureApp。最高医療責任者(CMO)として、治験や薬事申請などを進めるのは、医師である谷川朋幸氏です。東京大学法学部を卒業後、アフリカでの難民支援NGO、東証一部上場企業経営企画スタッフを経て、呼吸器内科医になった異色の経歴を持っています。どのようなキャリアを描き、医師になったのでしょうか。

  • 事例

    検疫所長が教える、検疫所で働く医師の働き方やキャリアパスとは?(後編)

    国内に常在しない感染症の病原体が海外から持ち込まれることを阻止するために、検疫所で働いている医師がいます。那覇検疫所で所長を務める垣本和宏氏に、検疫所の医師のキャリアパスや働き方、検疫所から見た日本の医療の課題について聞きました。

  • 事例

    医師が選んだ職場は、エキサイティングな“検疫所”(前編)

    東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年。国は訪日外国人数の目標に、2015年の倍に値する4000万人を掲げています。訪日客の急増に伴い、高まっているのは、国内に常在しない感染症の病原体が海外から持ち込まれるリスクです。重大な感染症の流入を水際で阻止するために、全国の空港や港にある検疫所で、医師が働いていることをご存じですか。

  • 事例

    刑務所で働く医師、待遇は?―岩田要氏・vol.3

    大学の基礎研究者から、矯正医官にキャリアチェンジした岩田要先生。最終回の今回は、気になる待遇ややりがいなどについてお聞きしました。

  • 事例

    患者は受刑者たち。危険はないのか?―岩田要氏・vol.2

    大学の基礎研究者から、矯正医官にキャリアチェンジした岩田要先生。矯正医官になるまでの経緯をまとめた前編に続き、今回は矯正医官の仕事の実際について伺いました。

  • 事例

    EXILEきっかけで刑務所の医師に―岩田要氏・vol.1

    刑務所や少年院などの矯正施設で医療を行う「矯正医官」。その業務については、表立って報道されることがほとんどないため、ご存知の方はごくわずかではないでしょうか。『知られざるニッチキャリアの世界vol.1』では、この矯正医官をご紹介します。お話をうかがったのは、全国に8つある矯正管区のうち、東京管区で矯正医官を務める岩田要先生です。大学でがんの基礎研究をしていた岩田先生が、なぜ矯正医官という新たな道を選んだのか。矯正医官の仕事とはどのようなものなのか。待遇ややりがいはどうなのか、等々。その実態に迫ります。

  • 事例

    「減酒でもいい」 その考えを広めたい―私の専門外来Vol.4~減酒外来(後編)

    2017年5月に国立病院機構 久里浜医療センターに新設された「減酒外来」。その名の通り、お酒を減らす治療方針で患者さんを診る外来です。後編では、立ち上げ時に苦労したこと、具体的な治療内容、今後の展望などについて、外来担当の湯本洋介先生にお話を伺いました。

  • 事例

    断酒ではなく「減酒」という選択肢を―私の専門外来Vol.4~減酒外来(前編)

    臨床精神医学、アルコール依存症を専門とする湯本洋介先生が、国立病院機構 久里浜医療センターに赴任したのは2014年4月のこと。アルコール依存症の患者さんに寄り添い、回復に尽力されてきた湯本先生は、2017年5月、同センターに新設された「減酒外来」の担当に抜擢されます。前編では、外来立ち上げの経緯やアルコール科との違いについてお話を伺いました。

  • 事例

    予約が取れない「ネット依存外来」の実情―私の専門外来Vol.3~ネット依存外来

    2011年7月、日本初の「ネット依存治療専門外来」(以下、ネット依存外来)を開設した(独)国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)。立ち上げの中心となったのは、同センター院長の樋口進先生です。ネット依存外来を始めた経緯や、実際の診療内容などについて語っていただきました。

  • 人気記事ランキング

    この記事を見た方におすすめの求人

    常勤求人をもっと見る