1. m3.comトップ
  2. キャリアデザインラボ
  3. キャリア事例
  4. 事例
  5. 年の半分はオンコール、片道数時間の通院患者…若手医師が北海道で見た衝撃とは―齋藤宏章氏(一般財団法人厚生会仙台厚生病院)
事例

年の半分はオンコール、片道数時間の通院患者…若手医師が北海道で見た衝撃とは―齋藤宏章氏(一般財団法人厚生会仙台厚生病院)

2017年12月27日

これまで縁もゆかりもなかった北海道北見市で、医師としてのキャリアをスタートさせた齋藤宏章氏。地元である福岡県、大学時代を過ごした東京都とは全く異なる環境を選んだからこそ見えたもの、研修を通じて変わった将来への展望について伺いました。(取材日:2017年10月26日)

あえて、自分に厳しい環境へ

―齋藤先生は福岡県で生まれ育ち、東京大学医学部を卒業されています。初期研修先を北海道の北見赤十字病院に決めた理由を教えてください。

初期研修を受けるにあたり、環境を大きく変化させたいと思ったためです。都内には実習で訪れた病院が多く、有名病院には多数の同級生たちがマッチングの希望を出しており、東大医学部の先輩方も勤務されている―。このような顔見知りが多い環境に身を置くと、どうしても甘えが出てきてしまうのではないかと思いました。

一方、北海道北見市にある北見赤十字病院には、近年東大出身者がいませんでしたし、なじみのある福岡県や東京都の環境と全く違います。福岡県出身のわたしからすると、特に雪国での医療は全く想像がつきませんでした。医師数が少なく、雪国である地域の救急医療や広域をカバーする拠点病院の現状を知り、経験することで、医師として大きく成長できるのではないかと考えたのです。

片道数時間かけて通院 へき地医療の実態

―実際に北見赤十字病院に行ってみてどうでしたか。

まずは、北見赤十字病院がカバーしている面積が広大ゆえ、ものすごく遠くから患者さんが通院するケースもあることに驚きました。

北見赤十字病院は、オホーツク第三次医療圏に属しています。オホーツク圏は、オホーツク海に面した北見市や網走市、紋別市などで構成されており、人口約30万人ながらも、新潟県よりも広い面積を誇っています。北見赤十字病院は、この医療圏の最後の砦。ここで対処しきれない患者さんは、旭川市や札幌市に搬送されます。旭川市は約150km、札幌市は約290㎞離れていますが、これは横浜―静岡間、横浜―名古屋間に相当する距離です。遠くから通院されている患者さんから「お薬が切れた時に、雪で道が閉鎖されていたらどうしたらいいですか?」と聞かれたとき、この医療圏ならではの質問であると同時に、課題だと感じました。片道数時間もかけて通院している患者さんに対して、「道が閉鎖する前に来てください」と簡単には言えませんでした。この件を通じて、患者さんの生活環境をより慎重に考慮できるようになれたと思います。

次に、よく耳にしていた地方の医師不足を肌で実感しました。北見赤十字病院は、2008年に内科医が一斉に撤退するという事態に陥ったことがあります。わたしが研修に行った時には、内科をはじめ消化器内科や循環器内科などでチーム主治医制を導入。コメディカルの方々も非常に勉強をされていて、病院全体として医師の負担を減らす工夫をしていました。このため、常勤医も休みを取れるようになりましたが、医師の少ない科によっては、1年のうち半分はオンコールを持たざるを得ない医師もいました。広大なオホーツク圏の最後の砦として、少数の医師が責務を果たしている姿を間近で見て、地方の医師不足という問題意識を以前よりも強く持つようになりました。

将来も何らかの形で北見市の医療に携わりたい

―後期研修先を仙台厚生病院の消化器内科に決めたのはなぜですか。

仙台厚生病院は「選択と集中」の理念のもと、呼吸器科、循環器科、消化器科に特化した病院で、手術などの治療件数や技術力はいずれの科も全国トップレベルです。少しでも早く専門性を高めるために、技術的にトップレベルの医療機関でさまざまな症例を積みたいと考え、仙台厚生病院で後期研修を受けることに決めました。全国各地から医師が集まり、多様性があるところも魅力的でした。初期研修では、これまでとは違う環境に飛び込んで、さまざまな経験を積めたり新しい発見ができたりしたので、後期研修でもそのような環境に身を置いてみようという思いもありましたね。

―なぜ消化器内科を選択したのですか。

わたしはもともと外科志望だったのですが、消化器内科は急性期から終末期まで幅広く関われる可能性があること、1つの臓器に興味を持ったらその専門性を突き詰めていくこともできる裾野の広さに興味を持ちました。初期研修で初めにローテートしたのが消化器内科だったことも影響しているかもしれませんね。やはり、自分が医師として初めて患者さんに関わり、貢献できた経験は忘れがたいです。

―来年は、後期研修2年目を迎えます。今後のキャリアの展望を教えてください。

まずは、仙台厚生病院で消化器内科医としての実力を付けていきたいですね。一方で、常日頃から論文などを通して世界に発信したいとも考えています。スキルを十分に身に着けた後は―いつになるかはまだわかりませんが、何らかの形で北見市や地方の医療に関わっていければと思っています。

実際に、わたしの周りにはさまざまなロールモデルがあります。ある血液内科の先生は、東京の大学病院に長年勤めた後、北海道釧路市に移住。釣りなど趣味の時間を思いきり楽しむ一方、釧路市の医療機関に勤務しながら、全国の血液内科医を市内に集めて定期的に勉強会を開いています。また、北見赤十字病院で初期研修修了後、整形外科医として都内の医療機関で研さんを積み、将来的には北見赤十字病院に戻ることを目指している方もいます。
この他にも、移住をせずとも、定期的に北海道での診療に携わっている方もいるので、関わり方は自分次第でいかようにもできると思っています。北見赤十字病院での初期研修時に多くのことを学ばせてもらったので、将来的には何らかの形で北見市での医療に関わっていきたいと思っています。そのためにも、まずは自らの専門性をしっかり高めていきたいですね。

この地域の医師求人情報
・ 北海道の常勤医師求人情報を検索する

地域医療にご興味のある先生へ

各地で奮闘する先生お一人おひとりのご活躍によって、日本の医療は支えられています。
この記事をお読みになって、もしも「地方での勤務に興味はあるが、なかなか踏み出せない」とお考えでしたら、一度コンサルタントにご相談いただけないでしょうか。

先生のご懸念やご事情を伺った上で、地方の実情や待遇、サポート体制など正直にお伝えし、前向きな気持ちで次のキャリアに踏み出せるように最大限のご支援をしたいと考えております

先生の決断が、地域を、医療を変えるかもしれません。新天地でのご勤務・転職をお考えでしたら、ぜひお問い合わせください。

この記事の関連キーワード

  1. キャリア事例
  2. 事例

この記事の関連記事

  • 事例

    「深刻な問題だ」救急科新設した30代医師の挑戦―柴崎俊一氏

    医学生時代から、いずれ茨城県内の医療過疎地に貢献したいと考えていた柴崎俊一先生。医師8年目で1人、ひたちなか総合病院に飛び込み、救急・総合内科を新設します。診療科を新設し、病院内外に根付かせるにはさまざまな苦労がありますが、どのように取り組まれたのでしょうか。

  • 事例

    LGBTQs当事者の医師がカミングアウトした理由―吉田絵理子氏

    川崎協同病院(神奈川県川崎市)総合診療科科長の吉田絵理子先生は、臨床医の傍ら、LGBTQs当事者として精力的に活動しています。不安を抱えながらもカミングアウトをし、LGBTQs当事者の活動を続ける背景には、ある強い想いがありました。

  • 事例

    院長のラブコール「帰ってこい」Uターン医師の新たな挑戦―光田栄子氏

    お看取りのあり方に課題を感じ、介護士から医師に転身した光田栄子先生。諏訪中央病院を経て、現在、岡山市内のベッドタウンにある有床診療所「かとう内科並木通り診療所」に勤めています。地元にUターンした光田先生がこれから取り組んでいきたいことについて、お話を伺いました。

  • 事例

    「診療科の隙間を埋める」院長の挑戦とは―中山明子氏

    大津ファミリークリニック(滋賀県大津市)院長の中山明子先生。外来、訪問診療をしながら、家庭医として、相談先を見つけにくい思春期の子どもや女性のケアに力を入れています。

  • 事例

    最期まで自分らしく生きる「緩和ケア」を文化に―田上恵太氏

    最期までその人らしく生きるためには、病気や人生の最終段階に生じるつらさを軽減する緩和ケアの普及が必要だと感じた田上恵太(たがみ・けいた)先生。現在は東北大学病院緩和医療科で「緩和ケアを文化に」することを目標に、臨床・研究・社会活動の3点を軸に取り組みを進めています。

  • 事例

    1年限定のつもりが…在宅診療所で院長を続ける理由―細田亮氏

    千葉県鎌ケ谷市にある「くぬぎ山ファミリークリニック」の院長・細田亮(ほそだ・とおる)先生は、2015年、1年間限定のつもりで同クリニックの院長を引き受けました。ところが、院長のまま6年目を迎え、現在はクリニックの新築移転も計画中です。今もなお院長を続ける理由とは――?

  • 事例

    医師の夢“ちょっと医学に詳しい近所のおばさん”―吉住直子氏

    医師としてフルタイムで働きつつ、地域での社会活動にも尽力している吉住氏。「幅広い世代が集まる場所」をつくろうと、奮闘しています。なぜ、忙しい時間を縫って社会活動をするのか。どのような医師を目指しているのかを伺いました。

  • 事例

    元ヘルパー医師が考える、引き算の医療―吉住直子氏

    臨床検査技師や介護ヘルパーを経て、呼吸器内科医となった吉住直子氏。研修先や診療科を選ぶ際は、常に「理想的な高齢者医療」を念頭においていました。実際に診療を始めると、前職の経験がプラスに作用することがあるとか。また、以前は見えなかった新しい課題も浮き彫りになってきたと語ります。

  • 事例

    2つの職を経た女医が、介護にこだわる理由―吉住直子氏

    「ちょっと医学に詳しい近所のおばさんを目指している」と朗らかに話すのは、医師の吉住直子氏です。医学部に入るまでは、臨床検査技師や介護ヘルパーの仕事をしていて、介護現場に立つうちに医師になろうと決意しました。どのような思いで、医師というキャリアを選んだのでしょうか。インタビューを3回に分けてお届けします。

  • 事例

    南海トラフ巨大地震に備えて、医師にできること ―森本真之助氏

    森本氏は専門医取得を目指すことに加え、「災害に強いまちづくり」の活動をさらに広げています。診療にとどまらず、地域の大きな課題に取り組む森本氏に、これまでのキャリアと活動を伺いました。

  • 人気記事ランキング