父の背中を見て何でも診られる医師を目指した今立俊輔氏。離島医療を経験したのち、医師12年目で選んだ道は、父の運営する今立内科クリニック(福岡県久留米市)での在宅医療部門の立ち上げでした。医師のキャリアとしては比較的早期に実家のクリニックへ戻ろうと考えた、その道に至るまでの思いを取材しました。(取材日:2017年9月28日)
離島で学んだ“地域に出る”重要性
―医師のお父様を持つ今立先生ですが、総合診療医を目指すまでの経緯を教えてください。
父が地域に根差したクリニックの運営をしている姿を見て、年齢や科目を問わず何でも診られる医師になりたいと思っていたので、医学部卒業後は総合診療科のある国立病院機構長崎医療センターで研修を始めました。
研修を行う中でたくさんの素晴らしい先輩方にお会いしました。ところが、研修を続けていくうちに、自分が思い描く総合診療医像に近づけていないと感じるようになったのです。当時のわたしは疾患や怪我、救急などを問わず、あらゆる事態に対応できるようになりたかったのですが、大病院の総合診療科は、どうしても内科の患者さんが中心になっていました。ここでは理想の自分に近づけないと思い、五島列島北部にある小値賀島という人口約3000人の離島での研修を行うことを決めました。
-離島の診療所に勤務してみてどうでしたか。
何でも診なければいけない状況は想像以上にハードでしたが、地域住民の健康に責任を持って診療ができている充実感はありましたね。一方で、診療所での診察だけでは島民の健康は守りきれず、自分から地域に出ていく大切さも学びました。
例えば、自治体に働きかけて肺炎球菌ワクチンを公費負担にした時は、0.2%程度の接種率を約30%まで引き上げることはできましたが、それ以降の接種率は伸び悩みました。この時、予防接種はお金の問題ではなく、自分から島民への啓発活動が必要だと気が付いたのです。そこで保健師が島内巡回に週に1度ほど同行して健康相談に乗ったり、自治体広報誌のコーナーで健康に関する記事を書いたりしてきました。
本土での高度医療だけでなく離島での診療経験を積んだことで、幅広い視点をもつ医師として成長できたと思います。
医療資源が豊富な街でも、在宅医療のニーズは満たされていない
―その後、家庭医療専門医を取得し、医師12年目に、今立内科クリニックで在宅医療を立ち上げることになったのはなぜですか。
さらなる高齢化を迎える時代に、地域でクリニックとしての役割を果たすには、在宅医療が必要だと考えたからです。久留米市は病院数や人口10万人あたりの医師数は全国平均を大きく上回っており、医療資源は充実しています。しかしわたしが経験した離島同様、在宅医療のニーズはかなりあり、それがまだ十分に満たされていないように感じます。
正直、医師12年目で父が運営するクリニックに勤めるのはまだ早いと思ったこともあります。しかしあと10年後に入職するよりも、今の時点で入職した方がより長く地域の中で診療できるため、最終的にはより深い関係性の中で診療ができるようになると思ったのです。
あと、現在共に勤務している江口幸士郎先生との出会いも大きな理由の1つでした。江口先生とは共通点が多く、同世代で同じ出身地、何よりお互いに家庭医療専門医と専門領域も同じ。彼は久留米市で在宅医療を立ち上げたいという思いや、地域医療に貢献できる医師を地域で育てたいという思いを持っていました。わたしもこれからは教育に携わっていきたいとも思っていたので、二人で協力して在宅医療を立ち上げることになったのです。
コミュニティクリニックとしての使命
―2016年4月に在宅医療部門を立ち上げたばかりですが、今後取り組んでいきたいことはありますか。
2つあります。
1つは、地域コミュニティ向けの意思決定支援の取り組みです。わたしたちは、在宅医療の導入をやみくもに推進するのではなく、まずは選択肢の1つとして在宅医療が住民に受け入れられるよう発信していきたいと考えています。現在は、当院の広報誌で在宅医療の利用例を取り上げて認知を広げようとしてしますが、ゆくゆくは広報から切り離し、患者さんの意思決定支援の活動として広げていきたいと思っています。
2つ目は教育施設として力を入れていくこと。2016年4月には久留米大学医療センターに総合診療科ができ、当院も教育連携施設になったため、2017年には医学生70名を受け入れました。来年からは医学生だけでなく、総合診療専門研修プログラムの研修施設として医師の受け入れ機関になる予定なので、将来的には総合診療医を目指す若手医師たちが、地域に出ていくフィールドとして機能させたいと考えています。
―今後、今立内科クリニックはどのような姿を目指しますか。
わたしたちが目指しているのは、コミュニティクリニックです。その使命は地域住民に寄り添い、必要とする医療をしっかり提供し、責任を果たしていくこと。在宅医療を立ち上げたのも、子供からお看取りまで、地域の方が最期まで健やかに過ごせるように関わっていくためです。
そうは言っても、どの取り組みも始めてからまだ1年半足らず。始めてみて、まだまだ在宅医療連携は十分でないという課題も感じています。もちろん、横のつながりがないわけではありませんが、よりスムーズな連携を計っていき、強化していく必要があると思います。地域にある資源に目を向けながら、少しずつ形にしていきたいですね。
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