1. m3.comトップ
  2. キャリアデザインラボ
  3. キャリア事例
  4. 事例
  5. 都市部ではできない医療を、岡山県山間部集落で―玉井友里子氏(岡山家庭医療センター)
事例

都市部ではできない医療を、岡山県山間部集落で―玉井友里子氏(岡山家庭医療センター)

2017年11月20日

都市部で家庭医として成長する難しさを感じた玉井友里子氏。「何でも相談に乗れるかかりつけ医」を目指すために選んだ場所は、岡山県美作市でした。現在は、美作市内にある2医療機関で診療をしながら、週1回限定で自宅のある“上山集楽”で診療所を開くワークスタイルをとっています。地域との関わり合い、そして、家庭医としての想いを取材しました。(取材日:2017年9月7日)

都会での「家庭医」に限界を感じた

―現在の勤め先である、岡山家庭医療センターに赴任するまでの経緯を教えてください。

わたしの父は、子どもからお年寄りまで診る、深夜に熱が出たと連絡が来れば往診もする、いわゆる「町医者」です。そんな姿を見て、父のような医師になりたいと思うようになりました。

大学入学後は専門分化された先生方から学びつつも、自分のなりたい医師像とは違うと感じていて、何科に進みたいのか決められずにいました。初めて家庭医療を知ったのは、マッチングに向けて病院見学をしている時。見学先で悩んでいることを話したら、「家庭医療がいいんじゃない?」と教えてもらったのです。直感的に、これがわたしの進みたい道だと思い、名古屋市の協立総合病院で初期研修を、尼崎医療生協病院で家庭医療後期研修を受けました。充実した研修期間だったものの、尼崎市での診療を通して、徐々に都市部での家庭医療に限界を感じるようになってしまったのです。

―どのような点に限界を感じたのですか。

医療機関が揃っている都市部では、患者さんはある意味選びたい放題です。例えば整形外科を受診したいと思ったら、複数の施設から選択できますし、頭が痛くて心配だと思ったら、すぐに脳神経外科でCTを撮ることが可能です。患者さんの選択肢が多いこと自体は良いことだと思います。しかし、医療資源が充実している分、都市部では個々の医療機関が実践している診療の幅が狭いようにも感じ、「何でも診られる家庭医」になりたいのであれば、地方に赴いて経験を積んだほうが良いと思うようになったんです。

小さなコミュニティで医療資源も少なく、何でも診なければいけない環境に身を置いて、家庭医としての経験を積みたい―。その思いが募り、岡山家庭医療センターに就職。湯郷ファミリークリニックで勤務することになりました。

上山集楽に移住して、医療をやりたい

―湯郷ファミリークリニックに勤務して1年後、なぜ上山集楽に診療所を開設したのですか。

湯郷ファミリークリニックから車で30分程の山間部にある上山集楽には、「英田(あいだ)上山棚田団」という棚田再生などに取り組む団体がいます。もともと、彼らのことを本で読んで知っていたこと、“地域”に興味があったこともあり、就職後に先輩に連れて行ってもらいました。そこからわたしも英田上山棚田団に参加して、上山地区に移住を考えるようになり、ここで医療をやりたいと思うようになったのです。

家庭医は仕事場と住む地域を分けるタイプと、仕事場と住む地域を同じにしたいタイプに分かれると思います。わたしは父の影響もあり、絶対に後者がいいと思っていました。家庭医は地域の良い点やリスク、1年間のリズムなどを知らなければ、患者さんとの距離を縮められませんし、地域を知るには、その地域に住むことが自然なことだと思うからです。そのため、英田上山棚田団に参加するようになってから、ずっと「ここに移住して開業したい」と言っていました。するとある時、長年空き家になっていた民宿の大家さんが、「ここで診療所を開いたらどう?」と声をかけてくださり、そのまま診療所をつくることになったのです。やりたいと言ってはいたものの、あまり具体的に考えていなかったので正直戸惑いましたが、岡山家庭医療センターが運営母体となることでスムーズに話がまとまって―。さまざまなご縁があり、移住と同時期に上山診療所を開設することができたのです。

―現在は、どのようなスタイルで勤務されているのですか。

上山診療所と隣の英田地区にある美作市立英田診療所、湯郷ファミリークリニックの3カ所で診療しています。上山診療所は週1回、1時間半だけ開けていて、それ以外の日は他の診療所に行くスタイルです。上山診療所の外来は1回につき1~2人程度で、訪問診療は一人で行っています。上山診療所の開業時間は短いですが、空いた時間は、気にかけている患者さんや一人暮らしの方のお宅を訪ねています。

―上山地区で診療するにあたり、どのような点が課題だと感じていますか。

この地域には元気な方が多いと言われていますが、裏を返せば、元気でなくなると住めなくなる地域でもあるという点です。山間の集落なので坂が多く、自宅の前が坂というお宅はたくさんあります。そして、移動には車が必要不可欠。つまり、“移動”が生活のキーになっていて、運転できなくなったり、歩けなくなったりすると1人で暮らしていくことは非常に困難になり、地区の外にある施設に入所しなければならなくなります。そのため、移動に支障がある一人暮らしでも、いかに自分の家に住み続けられるか、ということを考えていかなければいけないと思っています。

また、上山地区は移住者が多く、若い世代もたくさんいるのですが、ちょうど働き盛りで介護できる世代は日中集落外に働きに出てしまうことも課題として挙げられます。先程挙げた課題を解決するには、介護する世代が必要ですので、ここを解決しないと、動けなくなったり認知症になったりしても住み続けられる地域にしていくことは難しいと感じています。

地域活動と医療の距離を縮めていきたい

―上山地区の魅力は、どのような点だと感じていますか。

わたしの実家は奈良県にありますが、育ちは大阪市でした。そのため、上山地区の自然豊かな山間も、小さな集落で住民同士の距離が近いからこそ生まれる地域の独自性も、すごく新鮮です。大阪市や名古屋市、東京などの都会には、あまり大きな地域差はないように思います。しかし田舎と呼ばれるような地域は、山に囲まれているのか平地なのか、田んぼが多いのか畑が多いのかといった生活環境、住民の方々の気質などで、地域の色は全く変わります。上山集楽は、理由はさまざまですが移住者がたくさん来ています。昔からこのような傾向にあったようで、だからこそ、元々暮らしている住民の方が快く受け入れてくれる。その結果、英田上山棚田団のような新たな取り組みが生まれることが魅力だと感じています。

―今後の展望を教えてください。

現在、一般財団法人トヨタ・モビリティ基金の助成を受け、「上山集楽みんなのモビリティプロジェクト」というものを進めています。これは、超小型電気自動車を活用して、日常生活から農林業、そして観光利用まで、地域におけるモビリティ機能を高めること、それを通じて生活・経済活性化を図るものです。

このプロジェクトを通して、介護領域の困りごとが数多く顕在化してきました。具体的には、家の片付けや電球の取り換え、庭の草むしり、中高生の習い事や部活動に伴う送り迎えなどです。これらは介護保険ではカバーできないため、英田上山棚田団と地域住民と「助け英田しちゃろう会」を結成。地域通貨を運用しながら、お互いに助け合う取り組みを始動させました。それぞれの取り組みが今後どのように発展していくかは未知数ですが、だからこそ面白いと感じています。このような動きに、医療面からどのようにアプローチできるか、それが住民の幸せにどうつながるのかを地域のみなさんと話し合い、落とし込んでいるところです。上山住民、地域の医療者という立場から「地域のためにできること」を考え、実践していきながら、これからもこの場所で暮らし続けていきたいですね。

地域医療にご興味のある先生へ

各地で奮闘する先生お一人おひとりのご活躍によって、日本の医療は支えられています。
この記事をお読みになって、もしも「地方での勤務に興味はあるが、なかなか踏み出せない」とお考えでしたら、一度コンサルタントにご相談いただけないでしょうか。

先生のご懸念やご事情を伺った上で、地方の実情や待遇、サポート体制など正直にお伝えし、前向きな気持ちで次のキャリアに踏み出せるように最大限のご支援をしたいと考えております

先生の決断が、地域を、医療を変えるかもしれません。新天地でのご勤務・転職をお考えでしたら、ぜひお問い合わせください。

この記事の関連キーワード

  1. キャリア事例
  2. 事例

この記事の関連記事

  • 事例

    「深刻な問題だ」救急科新設した30代医師の挑戦―柴崎俊一氏

    医学生時代から、いずれ茨城県内の医療過疎地に貢献したいと考えていた柴崎俊一先生。医師8年目で1人、ひたちなか総合病院に飛び込み、救急・総合内科を新設します。診療科を新設し、病院内外に根付かせるにはさまざまな苦労がありますが、どのように取り組まれたのでしょうか。

  • 事例

    不公平?2児の女性医師が抱える家庭事情

    最近では当たり前になりつつある、夫婦共働き。千葉大学病院脳神経内科准教授の三澤園子先生は出産のタイミングに悩み、34歳、40歳で2児を出産。今も仕事と家庭の両立方法を探り続けています。後編では出産・育児にまつわるエピソードと、共働き夫婦でキャリアアップするための秘訣を聞きました。

  • 事例

    LGBTQs当事者の医師がカミングアウトした理由―吉田絵理子氏

    川崎協同病院(神奈川県川崎市)総合診療科科長の吉田絵理子先生は、臨床医の傍ら、LGBTQs当事者として精力的に活動しています。不安を抱えながらもカミングアウトをし、LGBTQs当事者の活動を続ける背景には、ある強い想いがありました。

  • 事例

    准教授のママ医が、常勤にこだわる理由

    最近では当たり前になりつつある、夫婦共働き。特に医師は、仕事の頑張り時と出産・育児の時期が重なりがちです。医師23年目の三澤園子先生は、仕事と家庭の両立に悩みながらもフルタイム勤務を続け、現在は千葉大学病院脳神経内科の准教授と2児の母、2つの顔を持ちます。前編では、三澤先生のキャリアについて伺いました。

  • 事例

    院長のラブコール「帰ってこい」Uターン医師の新たな挑戦―光田栄子氏

    お看取りのあり方に課題を感じ、介護士から医師に転身した光田栄子先生。諏訪中央病院を経て、現在、岡山市内のベッドタウンにある有床診療所「かとう内科並木通り診療所」に勤めています。地元にUターンした光田先生がこれから取り組んでいきたいことについて、お話を伺いました。

  • 事例

    「診療科の隙間を埋める」院長の挑戦とは―中山明子氏

    大津ファミリークリニック(滋賀県大津市)院長の中山明子先生。外来、訪問診療をしながら、家庭医として、相談先を見つけにくい思春期の子どもや女性のケアに力を入れています。

  • 事例

    最期まで自分らしく生きる「緩和ケア」を文化に―田上恵太氏

    最期までその人らしく生きるためには、病気や人生の最終段階に生じるつらさを軽減する緩和ケアの普及が必要だと感じた田上恵太(たがみ・けいた)先生。現在は東北大学病院緩和医療科で「緩和ケアを文化に」することを目標に、臨床・研究・社会活動の3点を軸に取り組みを進めています。

  • 事例

    1年限定のつもりが…在宅診療所で院長を続ける理由―細田亮氏

    千葉県鎌ケ谷市にある「くぬぎ山ファミリークリニック」の院長・細田亮(ほそだ・とおる)先生は、2015年、1年間限定のつもりで同クリニックの院長を引き受けました。ところが、院長のまま6年目を迎え、現在はクリニックの新築移転も計画中です。今もなお院長を続ける理由とは――?

  • 事例

    「自分が理想とする糖尿病診療を追い求めて」開業へ

    小児糖尿病の宣告を受けるも、「糖尿病だってなんでもできる」という医師の言葉をお守りに自らも医師を志すことを決意した南昌江内科クリニック(福岡市)の院長、南昌江先生。現在の糖尿病専門科医院を経営するようになった軌跡を伺います。

  • 事例

    小児糖尿病にならなければ、医師の私はいない

    福岡市にある糖尿病専門科医院、南昌江内科クリニックの院長・南昌江先生は、ご自身が中学2年生の際に小児糖尿病を宣告された身の上です。病気を発症した前編に続き、今回は医療への水差し案内人となった医師との出逢いや転機となった出来事について伺います。

  • 人気記事ランキング