1. m3.comトップ
  2. キャリアデザインラボ
  3. キャリア事例
  4. 事例
  5. 50歳を超えた医師が選んだ職場は、エキサイティングな“検疫所”(前編)
事例

50歳を超えた医師が選んだ職場は、エキサイティングな“検疫所”(前編)

2020年1月7日

中国の深センから那覇港に入港した客船。着岸検疫時に船医への聞き取りや症状のある乗客乗員を診察(左端が垣本和宏氏):提供

東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年。国は訪日外国人数の目標に、2015年の倍に値する4000万人を掲げています。訪日客の急増に伴い、高まっているのは、国内に常在しない感染症の病原体が海外から持ち込まれるリスクです。重大な感染症の流入を水際で阻止するために、全国の空港や港にある検疫所で、医師が働いていることをご存じですか。現在、那覇検疫所長を務める垣本和宏氏が、検疫所勤務へキャリアチェンジをしたのは50歳を過ぎてから。責任がある仕事は「非常にエキサイティング」だと話します。さまざまなバックグラウンドを持つ医師が働く検疫所の業務には、どのような魅力ややりがいがあるのでしょうか。(取材日:2019年11月14日)

「絶対に感染を拡大させてはならない」という緊張感

――現在、那覇検疫所長を務められていますが、どのようなときにやりがいを感じますか。

分かりやすいのは、検疫所長の役割かもしれません。

たとえば感染症法では、感染症の予防などに関するほとんどの権限を都道府県知事に与えています。これ以外にも、国や自治体レベルの医療に関する法律は大臣や知事に権限のあることが多いと思います。
一方、検疫法では、船の入港許可といった国レベルの決定や隔離など人権に関わる決定に、検疫所長の判断を求めています。こうした権限のほとんどが、厚生労働大臣ではなく、検疫所長に与えられているのです。つまり、所長の権限がかなり大きいのです。それだけ、国内に常在しない感染症の侵入防止が重視されています。だからこそ、難しい判断を迫られるときは勇気がいることもありますが、その分やりがいがある仕事です。

――50歳を超えてから、検疫所での勤務をスタートされたと伺いました。実際に検疫所で働いてみていかがでしたか。

想像以上にエキサイティングですね。働く前は、検疫所は旅行者に対する診療所のようなイメージがありました。ところが実際は、重大な感染症が疑われる旅行者がいたときなどに、非常に緊張感があります。医療機関や保健所、厚生労働省本省と相談しながら対応を進めていき、絶対に感染を拡大させてはならないという責任も感じます。

公衆衛生という観点が必要なので、医療機関や保健所、厚生労働省本省との連携やコミュニケーションも非常に重要なポイントになってきます。
感染症は、国民の方々に関心を持っていただくことが大事な一方で、必要以上に不安視されると、いわゆる「無用な騒ぎ」に発展してしまい、国民の方々や医療機関などにご迷惑をお掛けすることになります。そうした事態はちょっとした対応ミスでも起こり得ます。ですから、小さなことが起きても、大きな事態にならないように早急に対応していかなければなりません。平時から、さまざまな訓練を重ねたり、マニュアルを整備したりして危機管理をしています。

診断前から「疑わしきは隔離」の責任

――検疫所での医師の業務の特徴は何ですか。

病院勤務との大きな違いは、検疫法などの法令に基づいて業務が進むことです。検疫官は事務官や看護師がほとんどですが、中でも医師は最終的な判断をする立場になります。

検疫所が検疫の対象とする感染症を「検疫感染症」と言います。これは、国内に常在しない感染症で、エボラ出血熱や、新型インフルエンザ、鳥インフルエンザ、MERS(中東呼吸器症候群)、デング熱などがあげられます。

検疫の業務の一つを具体的にお話すると、海外から日本に入国する旅行者に熱を出している方がいた場合、検疫官は、「どこから来たか」「その前はどこにいたか」「いつごろからいたか」などを質問して、どのような検疫感染症の可能性があるか確認していきます。可能性があると判断されれば、医師が診察して、「検疫感染症に感染していると疑うに足るかどうか」を判断するのです。

十分な検査結果が出る前段階で、「疑うに足りるかどうか」を判断しなければいけません。検疫感染症であれば、本人の同意なく、隔離などの措置を取ります。確定診断なしに個人を拘束するのですから責任重大です。

あまり知られていないと思いますが、検疫所の仕事として訓練の実施も大きなウェイトを占めています。ある感染症の侵入や状況を想定し、どこに連絡が必要で、どうやって疑い患者を搬送するのか、マニュアルに沿って訓練します。実施は、医師がイニシアチブをとることが多いです。

―――検疫所で働く医師は全国に何人ほどいるのですか。

現在、全国の検疫所に約50人の医師が勤務しています。検疫所は、全国に本所が13カ所あり、支所、出張所(無人含む)まで合わせると110カ所に上ることを踏まえると、医師は不足しており、全国の検疫所で募集している状況です。

現場の緊張感と国レベルの仕事を味わえる

国際クルーズ客船内の医務室で船医に船内での感染症対策を尋ねる垣本和宏氏(右):提供

――検疫所にはどんなバックグラウンドを持つ医師が働いていますか。

医師が検疫所で勤務するまでのキャリアはさまざまです。私が知っている範囲でも、外科医や消化器内科医、研究職、保健所勤務などがありますし、初期臨床研修を終えてすぐに検疫所に来た医師もいます。もともと感染症の専門家ではなくても、検疫業務はマニュアルが整備されているので、それほど心配しなくても大丈夫だと思います。

――垣本先生も、アフリカ、東南アジアなどで国際保健のキャリアを築いてこられています。検疫所で働こうと思ったのはなぜですか。

私はもともと産婦人科医で、感染症の研究に従事していました。国際協力への思いが強く、JICA長期専門家として、ケニアに派遣されたことをきっかけに、感染症対策や公衆衛生にとても興味を持つようになったんです。国立国際医療センター国際医療協力局では、カンボジアやインドネシアに派遣され、医療現場での対応もしながら国レベルの仕事をすることは、非常にやりがいがありました。

検疫所での医師の仕事に興味を持ち始めたのは、2009年に新型インフルエンザが発生したときです。検疫業務を支援するために、国立病院機構や自衛隊から多くの医師が集められ、私も成田国際空港の検疫所に呼ばれました。新型インフルエンザは、患者さんとの濃厚接触者は、ホテルなどの停留施設に一定期間停留する措置が行われます。私はその人たちの診察や定期健診にあたっていました。これは国際保健と同様に、現場の緊張感を持ちながら、国レベルのことができる魅力的な仕事だと感じました。

しかし、その時点では検疫官になろうという発想はなく、その後、大学の教員になりました。しばらくして、検疫所見学を希望した看護学生を引率して検疫所に訪れたのが今の仕事につながる大きなきっかけですね。引率で行ったはずの私がなぜか、当時の所長から熱心に検疫の仕事を勧めていただき、次第に気持ちが傾いていったんです。

法の強制力に頼り過ぎない


――どんな医師が、検疫所勤務に向いていると思いますか。

臨床的な能力だけでなく、コミュニケーション力が求められる仕事だと思います。

例えば、滞在歴などの状況から、MERSの感染の疑いがあると判断した人がいたとします。その場合、対象者を一定期間は毎日、体調と体温を検疫所に電話で報告しなければならない「健康監視」措置が検疫法で定められています。MERSの場合は、14日間の報告が必要で、報告をしない場合、対象者には罰則もあります。

対象者の方に、簡単に納得していただけないこともあります。強制力はあるのですが、「ご自身の健康の問題だけでなく、あなたが日本での感染拡大の原因になってしまうかもれない」ということをしっかり理解していただくことが大事です。毅然たる態度が必要な反面、あまりに威圧的だと反発されることもありますのでそのバランスが腕の見せ所です。

また、検疫は検疫所だけでは完結できず、行政や交通機関など関係機関の協力が不可欠です。日ごろから検疫への協力をお願いしたり、共同参加の訓練を開いたりするなどして連携を強めています。有事、平時ともに、さまざまな関係機関との調整を図ることが多いため、目の前の業務だけではなく、広い視野を持てる人は向いていると思います。また、管理職になっていくにつれ、公衆衛生の理解が必要になります。
検疫所長が教える、検疫所で働く医師の働き方やキャリアパスとは?(後編)に続く)

垣本 和宏
かきもと・かずひろ
厚生労働省那覇検疫所長(取材時)

1986年、奈良県立医大卒業。同大 産婦人科学教室で感染症研究に従事。
1997~99年、JICA長期専門家としてケニア中央医学研究所に派遣。
2001年、国立国際医療センター国際医療協力局。同センター在職中にJICA長期専門家としてカンボジア保健省とインドネシア保健省に派遣。
2010年、大阪府立大学教授(国際保健)。
2015年、厚生労働省関西空港検疫所検疫課長。
2018年より現職。社会医学系専門医指導医、日本国際保健医療学会理事、長崎大学客員教授。

従来の価値観に とらわれない働き方をしたい先生へ

先生の「やりたい」を叶えるためには、従来の働き方のままでは難しいとお悩みではありませんか。

  • 医師業と、自分のやりたいことを兼業したい
  • 病院・クリニック以外で医師免許を生かして働きたい

もし上記のようなお考えをお持ちでしたら、エムスリーキャリアのコンサルタントにご相談ください。

エムスリーキャリアは全国10,000以上の医療機関と提携して、多数の求人をお預かりしているほか、コンサルタントの条件交渉によって求人を作り出すことが可能です。

この記事の関連キーワード

  1. キャリア事例
  2. 事例
【記事特集】医師の転職カルテ
キャリアの悩みに、コンサルタントが答えました


・いつ、どうやって転職したらいいのかわからない
・新たな環境で働きたいが、不安
・育児や介護、持病との両立はできる?

【詳しくはこちらから】

この記事の関連記事

  • 事例

    1年限定のつもりが…在宅診療所で院長を続ける理由

    千葉県鎌ケ谷市にある「くぬぎ山ファミリークリニック」の院長・細田亮(ほそだ・とおる)先生は、2015年、1年間限定のつもりで同クリニックの院長を引き受けました。ところが、院長のまま6年目を迎え、現在はクリニックの新築移転も計画中です。今もなお院長を続ける理由とは――?

  • 事例

    「自分が理想とする糖尿病診療を追い求めて」開業へ

    小児糖尿病の宣告を受けるも、「糖尿病だってなんでもできる」という医師の言葉をお守りに自らも医師を志すことを決意した南昌江内科クリニック(福岡市)の院長、南昌江先生。現在の糖尿病専門科医院を経営するようになった軌跡を伺います。

  • 事例

    犬猫の脳腫瘍は、一度私に診せてほしい

    医師・獣医師の安部欣博(あべ・よしひろ)先生は、ヒトと動物の脳神経外科医として、両方の臨床を並行して行っています。どちらの臨床も行っているからこそ感じる双方の特徴、相違点や刺激について伺いました。

  • 事例

    小児糖尿病にならなければ、医師の私はいない

    福岡市にある糖尿病専門科医院、南昌江内科クリニックの院長・南昌江先生は、ご自身が中学2年生の際に小児糖尿病を宣告された身の上です。病気を発症した前編に続き、今回は医療への水差し案内人となった医師との出逢いや転機となった出来事について伺います。

  • 事例

    ウガンダ勤務を経て医師になり、ベンチャー企業に入社したわけ―谷川朋幸氏(株式会社CureApp最高医療責任者)(後編)

    アフリカでの難民支援NGO、東証一部上場企業勤務を経て、医師になった谷川朋幸氏。公衆衛生、国際保健への関心から、聖路加国際病院公衆衛生大学院に進みました。現在は、自宅で治療ガイダンスを受けられる「治療アプリ」を研究・開発する株式会社CureApp の最高医療責任者(CMO)として、治験や薬事申請などを進めています。多彩なキャリアを築く谷川氏が、自身の道を選択する上で重視してきたことは何でしょうか。

  • 事例

    日本初の“治療アプリ”を目指す最高医療責任者の異色キャリア―谷川朋幸氏(株式会社CureApp)(前編)

    日本初となる“治療するアプリ”の薬事承認・保険適用を目指している株式会社CureApp。最高医療責任者(CMO)として、治験や薬事申請などを進めるのは、医師である谷川朋幸氏です。東京大学法学部を卒業後、アフリカでの難民支援NGO、東証一部上場企業経営企画スタッフを経て、呼吸器内科医になった異色の経歴を持っています。どのようなキャリアを描き、医師になったのでしょうか。

  • 事例

    検疫所長が教える、検疫所で働く医師の働き方やキャリアパスとは?(後編)

    国内に常在しない感染症の病原体が海外から持ち込まれることを阻止するために、検疫所で働いている医師がいます。那覇検疫所で所長を務める垣本和宏氏に、検疫所の医師のキャリアパスや働き方、検疫所から見た日本の医療の課題について聞きました。

  • 事例

    刑務所で働く医師、待遇は?―知られざるニッチキャリアの世界Vol. 1(後編)

    大学の基礎研究者から、矯正医官にキャリアチェンジした岩田要先生。最終回の今回は、気になる待遇ややりがいなどについてお聞きしました。

  • 事例

    患者は受刑者たち。危険はないのか?―知られざるニッチキャリアの世界Vol. 1(中編)

    大学の基礎研究者から、矯正医官にキャリアチェンジした岩田要先生。矯正医官になるまでの経緯をまとめた

  • 事例

    EXILEきっかけで刑務所の医師に―知られざるニッチキャリアの世界Vol. 1(前編)

    刑務所や少年院などの矯正施設で医療を行う「矯正医官」。その業務については、表立って報道されることがほとんどないため、ご存知の方はごくわずかではないでしょうか。『知られざるニッチキャリアの世界vol.1』では、この矯正医官をご紹介します。お話をうかがったのは、全国に8つある矯正管区のうち、東京管区で矯正医官を務める岩田要先生です。大学でがんの基礎研究をしていた岩田先生が、なぜ矯正医官という新たな道を選んだのか。矯正医官の仕事とはどのようなものなのか。待遇ややりがいはどうなのか、等々。その実態に迫ります。

  • 人気記事ランキング