整形外科で保険診療・自由診療という枠組みにとらわれず、目の前の患者さんに必要な治療を提案している長田夏哉先生。「医学ではなく医療」の視点で、自分が正しいと思う医療を突き詰めています。長田先生はAI時代の到来が叫ばれている今こそ、「医学ではなく医療」の視点が医療者に求められているのではないかと指摘します。今回は長田先生の診療スタイルやそこに至った思いについて聞きました。(取材日:2018年11月1日)
「医学ではなく医療」、自由診療はそのための選択肢
―先生の診療スタイルについて教えてください。
クリニックでは、1日80名ほどの方とお会いして診療を行っています。肉体面はレントゲンやMRIをとって調べつつ、患者さんの思いや悩みを聞き、その方全体を診て、5分ほどで直感と思考を使って必要な治療法を提案する一般的な外来診療です。ただ、わたしのクリニックではウェルネスプログラムをはじめ、さまざまな治療の選択肢があることが特徴です。クリニックの収益におきかえると保険診療が7割、自由診療が3割といったところでしょうか。
―整形外科とリハビリテーションの保険診療をベースにしつつ、鍼灸やヨガ、パーソナルストレッチといった保険外の診療も取り入れているのはなぜですか。
「医学ではなく医療」の視点で治療をしたいからです。そもそも医学部で学ぶことは統計学や過去のデータ、経験に基づくもの。それは「医学」、つまり肉体という物質の学問のことです。しかし、いざ患者さんと向き合えば、その人の社会的背景や思いなども感覚として感じるので、教科書通りにはいかないことが多い。それは「医学」ではなく、人間そのものをみることが「医療」だからです。そう考えたとき、それぞれの患者さんに提案する治療法は合う・合わないがあるので、複数の選択肢があったほうがいいと思い、自由診療も取り入れています。自院で完結しなければ、もちろん他院をご紹介しています。
こう考えるのも、これからはAI時代に入るからです。過去のデータに基づき肉体だけを捉えている「医学」はAIで代替できるかもしれません。一方、患者さんの主訴を汲み取って直感を使ってその人にあった治療法を提案する「医療」は、しばらくは人間の方がきめ細やかではないかと思います。
決められたルールの中で視点を変える
―「医学ではなく医療」というと総合診療のようなアプローチが想像しやすいですが、長田先生は専門とする整形外科をベースにし続けているのはなぜでしょうか。
後々気付いたことではありますが、整形外科でも患者さんの「視点を変える」ことができ、その変化も味わえるからです。
たとえば命にかかわるような大病を患えば、誰もが自身の生活習慣を振り返るのではないでしょうか。でも、私のようなクリニックの外来にいらっしゃる患者さんは肩こりや腰痛など、生命にかかわらないと思い込んでいる病状で来院されることがほとんど。そうなると「年齢が原因だから早く痛みをとってほしい」と思い込んでいることがあります。もちろん、肉体的な処置は施しますがそれだと対症療法になってしまうので、自分で自分を客観視してほしいとお話します。
そもそも身体に出ている症状は結果で、痛みを通して全体のバランスをとろうとしているのかもしれません。その痛みに気付いたとき、一度自分のことを山頂から眺めるように考えてほしいとお伝えしています。『こういう時にこんな行動をする癖があるなあ』とか『こういう時に怒りや悲しみを感じやすいなあ』など、自分で自分を振り返り、認めてあげることが大切だと思っています。そうすれば自分に必要なことを徐々に選択できるようになると思うので、当クリニックでも多様な治療法を用意しているのです。ある意味、患者さんが自覚していない段階から予防医療に携われているのかもしれません。
―整形外科で自由診療を取り入れていることについて、周りからどのような反応がありますか。
非難や批判をされることは、ほとんどありません。もとより保険診療・自由診療は認められていますし、混合診療ができないという社会ルールがあるにすぎません。ルールの中で何ができるのかを考えることは、とてもクリエイティブな作業だと思います。
私は科学的、つまり肉体的な診察は確実に押さえているからこそ自由診療もできていると感じています。逆に言えば、医学はできて当たり前。私は医師が保険診療を行うことは、プロ野球選手がバットを振るのと同じことだと考えています。
―長田先生は自分の好きなことに挑戦できている一方、他の先生方が「できない」と一歩踏み出せていないのはなぜだとお考えですか。
自分で「できない」と思っているうちはできないと思います。そういう方は、できない理由を見つけては「ほら、だからできない」と自分を肯定してしまっているのではないでしょうか。私はできないならできるように変えればいいと思っていますし、それぞれの治療法に固執しているわけでもありません。紹介されて、自分がいいなと思ったものを取り入れているまでで、自分の考えにあえて揺らぎをつくっています。そもそも「できない」と諦めがつくくらいなら、最初からやらない方がいいでしょう。医師は生命と向き合う仕事なので、社会性の「理不尽さ」を楽しめることが、医師としての前提条件となるはずです。
私自身は、他人がやっているかどうかはあまり気にしていません。やり方は人それぞれですから、周りの評価がどうかではなく、自分が納得できる人生を歩みたい。今のわたしには夫、父親、医師というさまざまな役割がありますが、年をとるにつれてそういった役割は失われていくものです。だからこそ、いざすべてを失う日が来たら自分はどうありたいのかを考えて、今を生きているだけです。この診療スタイルを続ける中で、批判的な言葉が聞こえたとしても「そうなんだ、そういう考え方もあるんだ」と客観視できればいいのではないでしょうか。私は〝人を診る〟ことから多くのことを学んでいます。
―最後に、長田先生の今後の展望を教えてください。
総じて「視点を拡げる」というメッセージを伝え続けたいと思います。患者さんには病気の一点を見つめるのではなく、自分の状況を俯瞰して見てほしい。病気・怪我を患えば誰もがショックを受けると思いますが、その裏では実は家族が支えてくれていたと気付くなど、幸せもあるからです。
他方、医師・医療従事者の皆さんには「医学ではなく医療」の視点をお伝えし、一人ひとりの可能性を広げたい。特に医師の場合はフリーランスもいれば、大学で教育に力を入れている人もいるし、自分で自分の道を切り拓けるようになっています。私は医師として「これがわたしの医療です」と胸を張れるよう、クリニックでの診療や講演会、メディアなどを通して、自分の視点を伝え続けていこうと思っています。
『患者役をやめればエネルギーが変わり症状は消えていく~5分で変容に導く直感診療~』
(ヒカルランド、2018年)
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